書く字のごとく、己の身を護る術か。もともと霊力が高めだったナマエ。一護と関わるようになってからこのような力がついた。
「その一護?とやらに教えてもらったのか?」
『いいえ、教えてくれたのは浦原さんという人です』
浦原?うらはら?聞き覚えがある名だ。しかし誰だか思い出せない。ここ最近聞いた気がするのだが・・・
『何を考えているのかわからないけど・・・いつも私たちのピンチを救ってくれるんです』
妙に信頼しているその人物に少しばかり膨らむジェラシー。やめろ、顔も知らぬ者に嫉妬してどうする。けれど嫉妬という単語で、阿散井が言った一言を思い出した。
彼女・・・男がいるかもしれないッス
もしかしたらただの勘違いかもしれない。けれど本当だったら?浦原って男なのか?知りたい・・・けれど知りたくない。心の中で葛藤する俺。
『浦原さんには本当に感謝しているんです。何の取柄もない私に手取り足取り教えてくれて・・・』
「てっ!手取り足取りっ?!」
妙にその単語が気になり繰り返してしまった。頭にハテナを浮かべるナマエ、何もわかっていない様子。男とは皆どんな時でもどんな言動でも瞬時に厭らしいモノに変換できる能力を身に着けている。咄嗟に彼女を脳内で乱れた姿にしてしまった。
「そ・・・その浦原って奴とは、どういう関係なんだ?」
『どういう関係って・・・何て言えばいいのかな?行きつけの駄菓子屋の店長です』
駄菓子屋とは何かと訊くと菓子が売ってある店と教えてもらった。なんだ、尸魂界でいう甘味処みたいなものらしい。その店を経営している者がナマエに戦い方を教えた。ただの人間じゃないことは確かである。しかし待て、俺が訊きたいのはそういうことではない。その浦原という男とそれ以上の深い関わりがあるのか確かめたいのだ。
「・・・ただの店主と客の関係か?」
『そうですけど・・・・・・、何でそんなこと気にするんです?』
不思議そうなこちらを覗き込む彼女。あ、詮索してるのがバレたか?!なんだかんだ理由をつけて必死に取り繕う。
「いやだって、そんなあまり知りもしない男と二人きりで修行だなんて危ないじゃないか」
『ふふ、なんかそれ聞いたことある。一護も最初はそんなこと言ってたな』
浦原さんは別に危ない人じゃないですよ。と言いながらくすくす笑うナマエ。そして再び出てきた"一護"という人物。また男かよ、勘弁してくれ。
『えっと一護は、中学高校の同級生です。喧嘩ばっかりするし口が悪いし・・・だけど、本当は優しくてすごく家族想い・・・』
「・・・・・・」
『不良とか絶対に縁がないって思ってたけど、なんだかんだいつも助けられて、一護のこと頼り切ってる自分がちょっと嫌なんですけどね』
先ほどの浦原という者の説明をしている時と明らかな違いがあった。"一護"という者に対する感情が溢れかえっているのがこちらにも充分伝わってくる。嗚呼、きっとその男が好きなんだな彼女は。阿散井の「彼女・・・男がいるかもしれないッス」という情報は間違いではなかったのか。やっと会えて、やっと彼女のことが知れると思ったのにすぐ失恋かよ。俺のテンションはぐんぐん下がる一方で―
「そうか・・・そいつとは既に恋仲なんだな」
『はい、私一護と恋な・・・・・・え?!』
「え?」
すごく不安だし、彼に心配かけない為にも早く落ち合って無事を確かめたいんです!そう続くと思っていた。しかし、瞳を大きく見開いて驚くナマエの姿。その姿に俺も驚く。
『ななな、何言ってるんですか?別に付き合ってるとかそんなじゃなくて!』
「ん?なんだお前の片想いってことか?」
『ええええ、片想いとかでもなくて!!そそそんな好きとかじゃないです!!』
顔を真っ赤にして否定する彼女。想いを寄せていることは恐らく間違っていない。しかし男の方がどう思っているのかはまだわからないってとこか。付き合ってない分まだ俺にもチャンスはあるな。尸魂界にいる間は俺の物だ、なんとしても口説き落とさなければ。
「よし、まあお前の戦い方の由来が知れてよかった。今後もそういう場面があるかも知れないからしっかり気を引き締めとけよ」
『あ、はい(一護のくだりは何だったんだろう)』
空を見上げる。尸魂界に来てからどれくらい時間が経ったのだろうか。時計がない為今が何時なのかもわからないし、だいたいこの世界に時計というものが存在するのかが不明だ。
『ところで檜佐木副隊長、今どちらへ向かってるんです?』
空は暗く普段なら眠りについている時間であろう。旅禍騒動で各隊交代しながら見張り番をするのだが副官の俺にはそれが課せられてない。つまるところ就寝して良いのだ。どこへ向かっているワケでもなく只々何となく瀞霊廷を歩き回っている。彼女が朽木を助けたがってるのも知っている。直接手助けはできないものの歩き回ることによって何か得られるかもしれないという理由も兼ねているのだ。けれど流石に夜は何もないな。
『見張りの死神も減ってきましたね』
「夜は交代でするからな、みな寝てるのだろう」
『え・・・じゃあ檜佐木副隊長も寝てる時間なんですか?』
まあ、そういうことになる。朝からは定例集会があるからできれば早めに就寝したい。けれどナマエをどうするか全く決めていなかった。彼女を外に一人野ざらしにするわけにもいかない。まいったな。
『私のことは気にしなくていいので檜佐木副隊長はご自分のことを優先して下さい』
俺の心情を汲み取ったのか自分のことは気にするなという。そんなことできるわけねえだろうが。まさか自分の寝床へ連れていけるわけもなく(連れて行ったら最後だ、襲わない自信がねえ)ここは一旦彼女と休める場所へ移動しなくては。
「お前は何も気にするな、俺が何とかする」
『え・・・でも・・・』
適当に小屋を見つけ、とりあえず入ってみる。埃まみれで清掃道具などがごちゃごちゃしていたが、使われていないのは目に見えて分かった。結界張ってれば誰も来やしないだろう。
「布団なんてねえから、適当に寄りかかって寝てくれ。悪いな」
『檜佐木副隊長が謝る必要なんて・・・』
結界を張るために一旦外へ・・・。特に敵だと悟られることもねえだろう、平隊員でも俺の霊圧ぐらいわかるはずだからな。数分後、小屋へ戻るとこっくりこっくり頭を揺らしているナマエ。やっぱりこんな場所じゃ寝にくいよな。仕方なしに彼女の隣へ座り、軽く肩を抱き寄せる。するとこれっぽっちの抵抗もみせずに頭が俺の肩へ乗りかかった。熟睡である。あどけない少女の姿に思わず愛しさが増す。これからどうすれば良いだろうか。旅禍騒動の真っ只中いつまでもこうしてはいられない。いつか別れがあるはずだ。そんな不安を抱えながら隣の少女を見やる。会いたくて会いたくてやっと捕まえた愛しい存在・・・離したくない。少しだけ首を動かし顔を近づければ彼女の香りが俺の中をいっぱいにする。嗚呼、自分だけのもにしてしまいたい。どこにもやりたくない。このひとときをめいいっぱい噛みしめる。幸せは長く続かないと知っているから。結局彼女がもたれかかったまま自分も眠りへ着いてしまった。
(失恋してもめげるな、俺!)
(私の片想い・・・かあ・・・)
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