034
ふん♪ふん♪ふん〜♪キッチンから聞こえる鼻歌。夕飯の準備をしているのは織姫、手伝おうかと言ったら客人はテレビでも見ててと言われてしまった。手伝おうかというのはアレだ、純粋に作業を手伝いたいのも理由だがもう一つは得体の知れないものが出てきそうだからである。だって、ネギとバターにバナナとようかんでしょ?不安すぎる。そっとキッチンをのぞくと意外にも鍋からはいい匂い。
「あー!のぞきは禁止だよナマエちゃん。できてからのお楽しみ」
『ごめんごめん、気になっちゃって』
その場を追い出されると同時にインターホンが鳴る、きっとたつきだ。織姫の代わりに玄関を開けると驚いた様子、そうだね来るって言ってなかったし。
「たつきちゃんナイスタイミング!ご飯できたよ〜」
お椀に注がれたそれ、匂いはいい感じだったのに食べると不思議な味がした。え、これ何入れたの?まさか今日買ったもの全部?
「もちろん、バナナとようかんは隠し味だよ」
『・・・隠す必要もないし、入れちゃまずいよそれ』
「あ、あたしは食べてきたから遠慮しとくわ」
たつきは上手く逃げる、餌食はナマエだけとなった。食事も終わりガールズトークに花を咲かせる。恋バナはいつの時代も盛り上がるもの。
「で?織姫、最近はどうなのよ?」
「どうって・・・特に何も」
『進展じゃないんだけど、今日こんなことあってさ』
公園での出来事を事細かくたつきに話す。すると食べていたお菓子の手を止めた。
「バカじゃないのあんた!?」
「しっ・・・失敬な!バカじゃないっすよ!」
一護からの誘いを断った織姫に説教するたつき。そ、そんなに責めないでおくれ・・・悪いのは簡単に引き下がる一護なんだ。会話を黙って聞いているとあらぬ方向にすすむ話。
「人気のないあたりまで送ってもらったら・・・力まかせに暗がりに連れ込んで・・・」
押し倒す!!!!
織姫とナマエはお茶を拭き出す。た、たつきってこんな子だったっけ?千鶴と話してる気分になるんだけど。
「たたたたたたつきちゃん!!」
「だーいじょうぶ!あんたなら乳でも掴ましゃむこうから襲ってくるって!そしたら全部むこうのせい!」
『そ、そんな上手くいくもんかな』
確かに織姫は胸が一際でかい、とてもそりゃあ私と比べものにならないくらい。どうしたらそこまで大きくなるんだ、遺伝だろうか。それに織姫はよくご飯を食べる、太らないのは全部乳に栄養がいってるんだと誰かが言っていた。羨ましい限りである。
「しかし・・・来たばっかりの転入生と早くも仲良くなるとは・・・」
「そういえば話が逸れて聞いてなかったけど、黒崎くんと何してたの?」
『え!あ、えーっと・・・アレよアレ!や、野球の練習?』
ピッチングマシーンがあったでしょ?と訊くもそれには気づいてなかったらしく。確かに、織姫が来た時には特訓は終わっていたな。するとたつきからの痛い程の視線が―
「・・・で?ナマエは何で練習に呼ばれたの?」
『えーっと、手伝ってほしいって』
「ほお〜」
『ほら、私と一護って家近いし・・・っ』なんて言い訳してみても疑いの眼差しは変わらない。ああもう!偶然会ったことにしとけば上手く誤魔化せたものを一護の奴!最近はそうだ、いつもたつきに二人の仲を探られる。
「ナマエ〜、あんた織姫が一護の事好きって知ってる癖に妙に仲いいわよね」
『はっ?ええ?そ、そんなことないよ!』
「ま、いいけどさ!誰が誰を好きになろうとそんなの人の勝手だし」
「そうだよナマエちゃん!あたしナマエちゃんが黒崎くんの事好きでも全然へっちゃらだよ」
やっぱりそういう偏見になるのね。好きなんて一言も言ってないし、しかもへっちゃらって何よ。私はへっちゃらじゃないっての。すると近くの戸棚から何かが引裂けるような音がした。ボトリと、何かが落ちる―
「な・・・・・・何?今の・・・―音・・・」
「ああっ!エンラクが落ちてきた!大丈夫!?エンラク!!」
『ただのヌイグルミか・・・』
しかし織姫がぬいぐるみを拾った瞬間ぞわりと背筋が凍った。身に覚えがあるこの感覚・・・いやだ、また?頭部から右目にかけて深く亀裂が入っている。どうも可愛いと思えないテディベアの顔。
「うおっ、スゲー。布が寿命だったんじゃない?」
「そんなあ〜〜・・・・・・」
『だ、ダメ・・・二人ともそれに近寄っちゃ・・・』
恐怖から声が震える、虚の感覚はするのに姿が見えない。どこだ、どこにいる?けれどやはり一番怪しいのはエンラクだった。すると綿しか入ってないはずのエンラクから血糊のようなものが出てくる。
「・・・何これ・・・・・・?なんか・・・―血・・・・・・みたいな・・・」
『ダメ!織姫離れてえ!!』
「―っ」
ズブリ、ぬいぐるみから出てきた奇形な腕。それは織姫の身体を貫通して出てきた。彼女の身体は床に横たわる、死んだような顔をして・・・
「ちょっと!何!?どうしたの織姫!!」
『たつきそこどいて!!』
忠告も虚しくブンと振りかざした虚の尾に吹き飛ばされるたつき。肩からは出血をしていた、首を押さえつけられ苦しんでいる。ああ、ダメだこのままでは殺されてしまう。どうしよう、どうしようこんな時はいつもどうしてた?近くには壁に寄りかかり怯える織姫の姿、何故織姫が二人?
『・・・っ!』
そこで思い出す、昨日のことを。確か虚に向かって右手をかざしたんだ、できるかわからないけどやってみよう。頭は既にパニックでとにかくたつきを助けることに気を向ける。熱くなってくる右手、淡い青をしたオーラが纏う。そうだ、これだ。ジンジンと痺れるのを我慢して出てきた霊圧を放つ―
『・・・ぐっ』
「ぷはっ・・・はぁっ、え゛ほっ」
「ナマエちゃん?たつきちゃん?」
霊圧は見事虚の手に当たりたつきを解放することに成功した。けれど前回とは違い頭に当たったわけではない。虚はゆらりとこちらを振り向く。
「・・・何故オマエは俺が見える?今のは何だ」
『・・・』
今のは何・・・か、そんなの私が聞きたいぐらいだ。とりあえず織姫を背に庇うように立つ。ジャララと鎖がついてるけど、あれは何だろうか。
「たつきちゃん大丈夫!?にげて!今のうちに!」
「・・・ムダだよ織姫・・・彼女には俺たちの声はおろか・・・姿を見ることもできないよ・・・」
こいつを除いてね!!!
『―はっ』
たつき同様太い尾で吹き飛ばされた。壁に激突して吐血する、身体を強打した・・・ああ、やばい。感じたことにない痛み・・・すごく痛い。
「ナマエちゃん!!」
『・・・ダメ・・・お、り姫・・・』
もう一度攻撃しようと試みるが、視界がぐらつき手は震えて標的が定まらない。それでも、と霊圧を数回放つが見当違いの方向に飛んでいき虚には当たらなかった。
「―どうして・・・・・・あたしの名前・・・知ってるの・・・」
「・・・俺の声も忘れたのか・・・・・・悲しいな織姫!!」
もう、ダメだ・・・やられてしまう。不意に一護の姿が浮かんだ、俺を呼べよ。護ってやるから・・・と。お願い・・・一護・・・―
『・・・助けて・・・』
―ガキインと響く鉄の音、ぼやけた視界の先には黒い死覇装に明るいオレンジ色。ああ、やっぱり来てくれた。彼はピンチの時、必ず助けてくれる。
「・・・邪魔する気か・・・!」
「・・・悪ィが・・・・・・それが死神の仕事なんでね・・・」
「・・・黒崎・・・・・・くん・・・?」
戦闘を一時中断する、虚は様子を見るかのように距離をとった。対峙しながらも周りを窺う一護。するとナマエを視界に捉える。
「ナマエっ!オマエまで・・・くそっ」
「やっぱり!黒崎くんだ!!」
薄らと透けている織姫が呼び止める、鎖でつながれたもう一人の織姫は相変わらず倒れたまま。もしかしてユウレイになってしまったの?死んでしまったの?
「・・・おまえ・・・どうして俺の姿が見えて・・・」
「え・・・?えっと・・・?どうしてって・・・・・・?」
不思議がる一護、当然だ、普段死神の姿は人間には見えない。だが、背後で虚が呟く―織姫はもう―死んだのだと。嘘だ、嘘だ、嘘だ・・・織姫が死んだなんて・・・。はっと気づくと一護が窓を突き破り外に放り出される。
『・・・っ一護おお!!』
追いかけ外に出て行こうとする虚を呼び止める。一護にばかり迷惑をかけるわけにはいかない。痛い身体に鞭を打ち、何とか立ち上がる。
『こっち向、きなよ・・・バケモっ・・・ノが』
右肩に骨折したかのような激痛が走る、さっきの衝撃で折ったのかもしれない。それを庇いながら対峙するが圧倒的に不利なのは確か。虚の手が伸びてきて身体を掴まれた。
「・・・お前も俺の邪魔をするなら殺すっ!!」
『うわあ―』
「・・・っナマエ!!」
窓から同じように放り出されるが外にいた一護に受け止めてもらう。壁にぶつかる衝撃は一護越しに伝わってきた。けれど、離すことはなくしっかりと抱き留めてくれたおかげで無傷に終わる。
「・・・っ大丈夫か!ナマエ、おいっ!」
「案ずるな、こやつは私が治療しておく。オマエは虚を!」
傷の痛みに目が覚める、どうやら少し気を失っていたみたいだ。仰向けになり隣にはルキアの姿。手をかざして何かをしているみたい。
「よく頑張ったな、ナマエが霊圧を外に放ってくれたおかげで居場所が特定できた。助かったぞ・・・」
『・・・そっか、役にたてたんだね・・・っ』
気づくと虚は消えており織姫も元の体に戻って眠っていた。そして今度はたつきの近くへ行き治療に向かう。そこへ突然視界が黒で覆われる、一護だ。
「もう、平気か・・・?」
『・・・うん、だいぶ』
「・・・心配させんなよ、無茶しやがって・・・」
ごめん、でも来てくれるって信じてた。上半身を起こしそう微笑めばほんのり頬を染め後頭部を掴まれ胸に押し付けられる。ボフッと音をたてれば視界が真っ暗になった。照れ隠しなのか顔を見られない為だ。
「・・・だから、護ってやるって言っただろ?」
『うん、そうだね・・・』
「もう送ってやらねえとか・・・嘘だから」
『うん』
「・・・オマエは黙って送られてろ」
『・・・うん―』
顔を押し付けられたままの為くぐもった言葉での会話。けれど一護の言葉はしっかりと聞こえた。照れくさそうに言ってるの、見えなくても想像できる。腕を緩めてくれたので顔を離すと、まだほんのり染まったままの頬。
『まだ顔赤いよ』
「ばーか、てめえもだ」
治療を終えたルキアだが、二人の世界を作っている為中々戻りにくい。この後会話に参加できたのは三十分後だったとか。
(どうしよう一護の腕の中、すごい落ち付く)
(し、心臓の音聞こえてねえよな?)
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