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戸を開けると子供が二人、おまえは誰だと言わんばかりの顔に苦笑い。覚えてねえか、ここに居たのだって一日だもんな。店主に用事があると伝えると地下勉強部屋なるもの、そこにいると教えてくれた。時は午後、昼過ぎだから彼女がここにくるにはまだ早い時間だろう。あえて見計らってきた、あんまり聞かれても良い話じゃないかもしれねえしな。
「・・・すげえ場所だな」
地下へ降りると霊圧の衝突を感じた。広い部屋を見渡すと修行の相手をしている恋次の姿。卍解して現世の人間と戦っている。嫌がってた割には意外と楽しんでそうだ。俺が来たことに気づいた商店の店主はパタパタと扇子を仰ぎ「買い物っスか?だったら雨たちが店番してたでしょ?」と。いや、気づいてんだろ。俺が何しに来たか。
「違いますよ、貴方に用があって来たんです」
「アタシに?・・・もう!阿散井サンに続き貴方まで、なんでこうみなさんアタシに質問してくるんスか!」
心底面倒くさそうに返事をした浦原、阿散井の時も同じだった。雑用を任されるなら答えても良いと言っていたのを思い出す。謎に包まれた男、この人に護廷十三隊の力になって貰えるか聞かなければいけない。確か元々死神だったんだろ。
「なんスか?ナマエサンのスリーサイズなら教えませんよ?」
「いや、そうじゃなくて・・・って!ナマエのスリーサイズ!?知ってるんですか!何で?!」
「食いつき方が気持ち悪いスね。彼女とアタシの仲ですよ。知ってるに決まってるじゃないですか!」
確か、最初はこの人に護身術を習ったと言っていたナマエ。もしや・・・その時に測ったのか?・・・ハンドメジャーとか言うんじゃねえだろうな!衝撃的すぎる展開に開いた口が塞がらない。休憩なのか一旦修行をやめた恋次が近づいてきた。
「檜佐木さん、この人の言うこと信じちゃだめっスよ。適当なことばっかり言うんで」
やだなー、なんてこと言うんっスか阿散井サン。と笑う姿は確かにふざけている様。この人・・・真剣に答える気あんのか。怪しいが仕事はしなければならない、書類を出し書き込む準備を始める。
「護廷で貴方の話題になったんです。答えられるだけで結構なのでお願いします」
時々ふざけながらも俺達死神に協力すると言ってくれた浦原。彼なりに護廷には負い目があるらしい。技術開発局の初代局長、その名は紛れもなく本物で義骸の調整などは簡単だと言った。霊具の調達も可能、特殊ルートで取り扱っているらしい。なんだよ、繋がってるところがあんのか。一通りの話を聞き終えて、最後にずっと考えていた話題を振った。
「あの・・・昔、尸魂界を追放されたっていうのは・・・本当っスか?」
「・・・それをどこで?」
ふざけた口調から一変して真剣味を帯びる。一連の流れは藍染から聞いた。けれど詳しい情報は書物からだ。判が押されていないあの頁に霊力全剥奪の上、現世へ永久追放と。それなのに今こうして目の前にいる現実。知りたかった、何故そんなことが出来るのか。もしかすると・・・ナマエと向き合ったときに役に立つのではないかと。
「それは教えられません」
やはりか、予想はついていた。簡単には教えてくれないらしい。彼なりの事情があり誰にでも教えることができるものではないと。阿散井の心配そうな瞳、冷たい視線を向ける浦原は何かを勘ぐるように口を開く。
「知ったところでどうするんです?情報を得るには犠牲が必要なんスよ。貴方にその犠牲が払えるとは思えないんスけどね」
喉まで出かかった言葉を飲み込む。可能ならば自分にもその方法を、と。・・・犠牲か、俺にはまだ早かったのかも知れない。外堀から埋めようと思ったが厳しいことがわかった。彼にも見透かされている。ナマエのことを想って訊いておきたかったがまだ先送りになりそうだ。
学校の帰り道、織姫と二人。今日は彼女の家に遊びに行くことに。檜佐木さんは仕事で帰りが遅くなるって言ってたし夜一さんとの修行もたまには休暇を与えるとか言われて予定が空いたのだ。久しぶりの放課後、ここは女子トークでもしようという彼女の提案に賛成。数日前、死神たちが大勢押しかけて来て宅呑み状態になったことを話した。乱菊に漏らしたのは織姫だろう、そう問い詰めるとごめんね。と笑いながら謝られる。色々大変だったんだから。
『乱菊さんかなり酔っ払ってたみたいだけど・・・大丈夫だった?』
「朝起きたら廊下で寝ててびっくりしちゃった」
寝床に辿り着く前に力尽きたということだろう。日番谷が怒るのも頷ける。呑んでる時は楽しくて止められないのだろう、実際にあの場にいた日番谷以外全員楽しそうにしていた。恋次くんは檜佐木さん抑えるのに必死だったけど。自分もいつか呑めるようになるのか、呑んだとしてもあのようにはなりたくないと心に誓った。
「あら!おかえり織姫ちゃん!」
声をかけてきたのはご近所に住んでいる新村さん。自宅の前を掃除していると彼女らを見つけて挨拶してくれた。織姫はこう見えてご近所付き合いもきちんとしている。天真爛漫な彼女は人から好かれる性格をしておりこうやって声もかけられるのだ。挨拶を返す彼女の隣でぺこりと会釈だけした。
「そういえば、あの人達ホントに大丈夫なの?」
織姫の部屋に最近入り浸ってる二人組。と怪訝そうな顔をして彼女の心配を。何故かと問うと部屋に随分とヘンなモノ運び込んでたから・・・。それを聞いて二人顔を見合わせる。何を・・・運び込んだというのか。ただごとじゃないことは確か。
「・・・うわあ・・・かっこい・・・じゃないよ!何これ冬獅郎くん!?」
バタバタと駆け足で家に帰るとそれは見るも無惨な部屋に。大きなスクリーンに砂嵐の映像。井上宅は見る影もない部屋に変わり果てていた。ゴプ、やらジュルグチュ、と気持ち悪い音を出していてあまりの変貌ぶりに息を呑む。
「・・・ちっ、間の悪い時に帰ってきやがったな・・・」
そこには日番谷と乱菊の姿。彼が舌打ちをする、聞きたいことは山ほどあったけれどその大きさに圧倒されて口を噤む。彼は映像に向かって名乗った、そしてスクリーンに現れたのは数か月前に尸魂界で見た総隊長の姿。
「・・・流石に仕事が早いのう日番谷隊長」
回線を繋いだのは他でもない、大罪人の藍染惣右介の真の目的が判明したとのこと。何だか難しそうな話だし、織姫の手を引いてその場を離れようとしたのだけれど人間にも関係のある話だから聞いていけと言われた。敵は王鍵を手に入れようとしていると、その創生法は十万の魂魄とその半径一霊里に及ぶ重霊地が必要、そして重霊地は現世における霊的特異点を指す。その場所は時代と共に移り変わりその時毎に現世で最も霊なるものが集まり易く霊的に異質な土地をそう呼称する。
「藍染の狙う"重霊地"それは"空座町"じゃよ」
総隊長が自分たちの住んでる町の名を口にする。こめかみから垂れた冷やせが首まで伝った。どうしてこんなことに。今まで呑気に考えていた自分が馬鹿らしくなる。敵は現世を陥れようとしている、現世側に力添えも必要だと言った。黒崎一護にもそれを伝えてくれと。もう、これは遊ぶどころの話ではなくなってしまった。兎にも角にも先遣隊へ伝えなければ。
「あたしは一角達に知らせて来ます。総隊長」
「ナマエちゃん・・・黒崎くんのところに行こう!」
乱菊は一角と弓親へ伝えに行くという。そして日番谷も同行しようとしたが何故か総隊長に足止めされていた。・・・となると、恋次くんに伝達が遅くなる。私はそちらへ向かおう。一護の所へ向かわなかったのは居場所を知らないというのもあるけれど、檜佐木さんへ間貸ししているという後ろめたさが働いたからだ。
『私は恋次くんと茶渡くんのところに!一護は・・・織姫に任せて良い?』
そうして日番谷一人は部屋に残り、三人は各々霊圧を辿り目的地へ向かった。
「勝手に虚化解くな言うてるやろハゲ!!!」
がん、と足蹴りが顎にヒットする。虚化の修行、仮面の持続時間を長く保つ為の修行だ。長く出せば出すほど自身が呑まれそうになる。それを抑える為にやっているのだが、その修行相手がどうも気に食わない。
「アホかてめえ!!今のは解いてなかったらヤバかったっつーの!!」
「やかましいわっ!ヤバいとこまでやんのが修行や!!ナメてんやったらやめてまえ!!」
畜生、こんなチビに修行して貰うこと自体腹立たしいと言うのに。言葉は悪いし、すぐに蹴ってくるし、ハゲハゲうるせえし。早く身につけて戦える準備にかからねえと・・・藍染が動き出してからでは不味いというのに。気持ちばかりが急く、もう一度というひよ里に斬りかかろうとした瞬間、周りが何やら騒ぎ始めた。
「黒崎くん!!」
声の主を確認するとそこにいたのは井上だった、何故彼女がここに?場所を教えたこともなければ、張っていた結果を壊せるとも思えない。不服そうにする連中の間をすり抜け自分の元までやってくる。なんでお前がおんねん。というひよ里に一先ず休憩を願い出た。一つ一つ頭の中を整理しながら話す彼女の話を聞く。
「・・・そうか・・・」
藍染の手にした崩玉は昏睡状態にある為完成まで四月程かかる。本当の目的は王鍵の創生法、多量の魂魄と重霊地である空座町が狙い。そう井上から説明してもらった。なんだか話の規模が大きすぎて上手く想像もできないが、要は決戦は冬。それまでの各々が力をつけておけということらしい。そう頭の中で考えていると言葉を失す彼女。
「大丈夫だ。藍染は俺が止める」
「・・・く、黒崎くん・・・!」
そうはっきりと告げた言葉にきゅうっと胸が締め付けられた。ああ、黒崎くん。やっぱりカッコイイ。この人と一緒に戦いたい。黒崎くんと共に皆の役に立ちたい。そう感じたのは一瞬で、次に口を開く彼の言葉に別の意味で胸が痛くなった。
「ナマエは今、どうしてる?ちゃんと学校来てるか?」
「え?ナマエちゃん・・・?うん、来てるよ」
「そっか、特に変わった様子はねえか?」
何故、そんなことを聞くのか。石田くんでもなく茶渡くんでもなくナマエちゃん。彼は友達思い、家族思いの青年。仲間は自分が護る、誰一人傷つけさせないと責任感も強く。けれど、どうしてもひっかかる。ナマエだけを贔屓していることが。彼が好きで、想いを寄せているからこそ気づいた、ナマエにだけ特別な感情があるだろうということに。中学時代、二人は襲われている自分を助けてくれた。それから彼女とは友達になり、高校に入学してからは休み時間も一緒にいることが多くなった。自分の兄の件で霊力が覚醒し、ルキアを助けに尸魂界まで乗り込んだ。大事な大事な友達、仲間。彼に想いを寄せ、いつも目で追っているけれど隣には必ずと言っていいほどナマエがいる。二人の関係性を深くは知らない。知りたくない、どれだけ私がわかろうとしても二人の間には揺るがない何かがあるから。
「・・・?井上?」
「・・・っあ、ナマエちゃん!ナマエちゃんの変わった様子ねー・・・えぇっと」
彼女の状況を教えてくれという一護。実際にナマエは今、尸魂界からきた死神と過ごしている。彼女からそう聞いた。同棲だというとただのシェアハウスだと言い訳して。自分のことを好いている男と同じ屋根の下で一緒に暮らすというのは何があってもおかしくない。これを目の前の彼に言ってしまっても良いのか。私が判断できるものではない。
「もしかして・・・何かあったのか?」
中々口を開かない織姫に訝しげな視線を向ける。何かあった、と勘ぐる彼に本当のことを・・・言ってしまおうかと考える。もし、彼がナマエに気があるのならばこれはとても心苦しい話だろう。事実を知ったらどんな反応をする?男がいるとわかれば彼女を諦め、彼女に抱いていた感情を自分に向けてくれるのではないか。そんなことを思ってしまった。嫌だ、私・・・性格悪い。こんな自分嫌だ。けれど彼に向けた感情だって捨てきれない。
「黒崎くんはナマエちゃんが心配?」
「・・・え?!そ・・・そりゃあ一緒に戦ってきた仲間だし・・・心配はする、よな」
「そっか、石田くんとか茶渡くんもいるのにナマエちゃんだけ?」
石田とチャドは野郎じゃねえか。心配するまでもねえよ、と。一緒に戦ってきた仲間。本当にそれだけの理由なの?どんどん心の中で広がっていく黒い部分。黒崎くんとナマエちゃん、二人が隣で寄り添って歩く姿を想像するだけで胸が痛い。汚い、こんな汚い心持ってちゃダメなのに。
「井上・・・?なんか、お前おかしいぞ?大丈夫か?」
「・・・っ!あ、あのね!」
本当は真意を確かめたくて、彼女に想いを寄せているのか・・・そう聞きたかった。けれど彼を目の前にそんな勇気は消え失せて。だってもし肯定されたら立ち直れない。ナマエちゃんともどう接して良いかわからなくなる。そんな気持ちを抱えたまま皆と一緒に戦うことなんて、私にはできない。
「実はナマエちゃん、今一人暮らししてるの」
「ああ、それなら知ってるぜ。俺が見つけた家なんだ」
何かあった時すぐに助けに行けるようにと近場を選んだ、そう言う彼の言葉に息が詰まりそうになる。やっぱり黒崎君にとって彼女は特別で、私は同じ土俵に立てない。彼女を見る目も、彼女を心配する気持ちも・・・私に向けるそれとは違う。
「でもね、今は・・・・・・一人じゃないみたい」
「・・・・・・どういう意味だ?」
同居人がいるの、そう伝えれば彼の動きが止まった。
(同居人?・・・嘘だろ)
(ナマエのスリーサイズは知りたかったな)
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