「突き砕け"蒼角王子"」
煙が覆い何も見えない。雨も恋次も・・・破面の姿さえ見失う。奴は何をしたのか、雨に一方的にやられ激しく憤慨していた。奥の手を出してきたのかもしれない。しかし、その煙が晴れる前に目を背けたくなる光景が。
『・・・っ!い、いや!!』
敵は頭に角のようなものが生え、元の姿と全く違うものになっていた。否、それよりも目を疑った光景は雨がその角に串刺しにされているということ。あってはならないこんなこと。様子がおかしかったのは確かだけど、破面を倒してくれるかも。なんて思った自分が恥ずかしい。あんな小さな女の子を放り出して私は見ていただけ。
「これが俺達破面の・・・"斬魄刀解放"だよ、兄弟」
それだけ言うと頭を振り、角に刺していた雨を投げ飛ばす。手を出すなとは言われたものの目の前でやられている人がいて・・・しかもこんなに小さな子が大怪我を負っているのに黙ったままだなんて。彼女を助けに行こうとしたら隣のジン太が屋根を蹴って飛び出した。振り落とされた雨をキャッチするとどこからともなく現れた武器で攻撃をする。
「!?」
しかし、それは意味を成さなかった。まるで効いていないとでも言いたげな表情。斬魄刀を解放した破面は強さが桁違い。ただでさえ、そのままの姿でも押されていたのに勝てる見込みはあるのか。再びジン太へ突き刺そうと頭を振うがすかさず恋次が防御に入った。
「逃げろガキ!!」
「俺を止めたつもりか兄弟?」
ジン太と雨を庇い破面の攻撃を防いだ恋次だったが、奴の力は格段に上がっていて。角を防いでいた蛇尾丸を砕きそのまま恋次を貫いた。考える間もなくナマエは屋根を蹴る。ジン太が降りていったのを尻目に振り払われた恋次の後ろへ回り込み抱き留めた。
「・・・ぐっ・・・ナマエ・・・。来んなっつったろ・・・」
『・・・ごめん、でも流石に見てられなかった・・・っ』
劣勢中の劣勢、勝率が低過ぎだ。逃げる手はないか、必死にそればかり考える。重症な恋次と雨。雨はジン太に任せたとしてもこのまま恋次と逃げるのは得策ではない。敵は斬魄刀を解放しているのだ、逃げた所ですぐに追いつかれる。・・・どうする・・・。
「君も相手をしてくれるのかい・・・雑魚にはあまり興味がないんだけどね」
あの角の突きを食らえば終わりだ、けれどさきほどからこの破面・・・角でしか攻撃してこない。それ以外に技がないのか。自身の戦い方と言えば夜一さんから教えて貰った打撃法。相手が刀じゃないだけ分はあるか・・・。
「ナマエ・・・もう少しで・・・"限定解除"がくる筈だ。それさえくりゃ何とかなる・・・」
『・・・・・・"限定解除"・・・?』
"限定解除"とは―、護廷十三隊の隊長・副隊長は現世の霊なるものに不要な影響を及ぼさぬよう、現世に来る際にはそれぞれの隊章を模した限定霊印を体の一部に打ち霊圧を極端に制限する。その霊印を解除するのが限定解除。申請して許可さえ降りれば解除は可能だという。
『・・・もう少しって・・・どれくらい?』
「わからねえが・・・きっと乱菊さんが申請してる筈だ・・・」
「何をごちゃごちゃと話している、こないならこっちから行こうか」
小声で話していたが破面の癇に障ったようだ、凄い速さで向かってくる。けれど、思ったのは夜一さんより・・・・・・遅い。ぱしん、と・・・鼻っ面まできた敵の角を片手で受け止めた。受け止めることが・・・できた。驚く恋次にナマエ自身も驚く。
「お・・・お前・・・っ」
けれど、この先を私は知らない。避ければ体勢を崩す、故に受け止めれば次の攻撃にすぐ移れる。そう教わった。流れは教わったのだけれど、肝心の攻撃をまだ習っていないのだ。つまり次の手がない。たらりと冷や汗が頬を伝う。
「貴様・・・・・・舐めてるのか女!!!」
『・・・・・・うわあ!!』
角を掴んだままでいると敵は大きく唸り振り飛ばされる。地面にぶつかりそうになるスレスレで受け身を取った。一応、彼女に習ったモノが活かせていた。こんなすぐに使うことになるとは思わなかったけれど。でもやっぱり、片腕が使えないのはきつい。
「一撃受止めたぐらいで調子に乗るなよ・・・っ」
驚いて固まってしまっている恋次が視界に入る。彼はもうボロボロ、恐らくそのまま戦うのは無理。限定解除がくればって言ってた、申請が降りればと。それなら今から私がすることは、限定解除の申請が降りるまでの時間稼ぎ。恋次を戦わせない、破面の視線もこちらに向いている、好都合だ。
『・・・調子にはのってない・・・だけど・・・』
「・・・?」
『少しだけ余裕はできた・・・っ』
片手を前に出せば、クイっと指を曲げる。安い挑発だけど、恋次に意識が向かわないように。「貴様・・・っ!!!」と上手い具合に挑発にのってくれた破面はナマエを目がけてもう突進してくる。引きつけることは出来た、けど、ちょっと待って・・・流石にこれは避けなければ無理そうだ。
『う・・・わあああ!!』
ぎりぎりと避ければそのまま地面へぶつかる敵、砂煙が舞う。視界から消えてしまえば次はどこから攻撃がくるかわからない。できるだけその場から距離を取る。あんなとっしんが急に煙りから出てきても恐らく避けきれないだろうから。
「・・・ね、姉ちゃん!大丈夫か!!」
『大丈夫!雨を連れて離れてて!!』
雨を担いだジン太が声をかけてくれた、雨は重傷だけど大丈夫だろうか。早く手当をしてあげなければいけない。そう思っていると再びこちらに向かってくる破面。助走がついていない分さきほどより速さは劣っている。襲いかかってきた角を手で払った、片手がつかえないのが本当に不自由。しかし、手が使えないのならば脚を使うまで。
「・・・ぐあっ」
着地をする要領で脚に意識を、そしてイメージを描き霊圧を集中させる。蹴りを入れたら一発入った。なるほど、実践で技量を学ぶこともできると夜一さんが言っていたけれどこういうことか。修行ではなく本番、緊張感が走る。けれど、自分の成長に少しだけ胸が躍った。
「・・・殺す殺す・・・殺す!!!」
さきほどの雨の時同様、怒りに狂う破面。むくりと起き上がった奴は雄叫びを上げるとナマエへ向き直る。身構えた、けれど角ばかりに気をとられ彼女は油断する。忘れていた、虚が虚閃を打てるということを。左右の角の間に光が集まりナマエに向かって放った。
「せ・・・っ虚閃だ!・・・逃げろナマエ!!」
恋次の焦る声が聞こえる。流石に虚閃は受け止められない、避けなければ。その場から飛び退き距離を取ろうとするが奴の攻撃は思いの外速く、逃げ切れないと悟った。脚に掠る、掠る程度でも傷は大きく大腿の皮膚が火傷のように損傷していた。痛い、けれどおそらくこれでもマシな方。霊圧を流していなかったら抉れていたかもしれない。痛みに顔を歪めていると更に追い打ちをかけるように破面がこちらに向かってきた。不味い、このままでは串刺し確定だ。ぎゅっと瞼を閉じる。
「てめえの相手は俺だって言っただろうが三下!」
『・・・っ恋次くん!?』
敵の攻撃を蛇尾丸で防いでくれた恋次。「限定解除!!」と叫び胸元の霊印に手を触れると爆発的に上昇した霊圧。先ほどボロボロだったのが嘘のよう、しかし元々は現世に不要な影響を及ぼさぬよう力を極端に制限していたのだ。故に、これが本来の実力。間に合ったということか。
「女に任せっぱなしってのは性に合わねえんだ、許せよな」
「急に霊圧が跳ね上がったな」
斬魄刀を巧みに操り次々と斬撃を繰り出して破面を追い込んでいく。霊印をしている間は八〇%も力が制限されている。その為、限定を解除したらそれまでの五倍の威力になるらしい。さっきまで優勢だった敵が押されてしまうのも頷ける。
「それに・・・ナマエに無理させっと俺が怒られるからな!!」
「小癪な・・・っ!」
形勢逆転だ、勝機を見せる恋次に希望を抱く。無理をしてでも時間稼ぎをした甲斐があった。戦闘の邪魔にならぬよう痛む脚を引きずりながら場所を移す。しかし、それを見逃さなかった敵。恋次の斬撃を避けつつナマエとの距離を徐々に詰める。ぐいっと彼女の頭が後ろへ引かれた。
「・・・なっ!?」
「はははははは!どうだ兄弟!これでは手も足も出まい!!!」
目敏くナマエを捕まえ盾に取った、所謂人質である。髪を掴むと上に掲げ首筋に角の先端をあてた。おもわず刀を躊躇う恋次。嗚呼、私はまた足手纏いになってしまった。なんて役立たずなのだろう。
『・・・離っ・・・して・・・っ!』
「威勢のいい女だ・・・さあ!斬魄刀を捨てろ」
「この女と引き換えだ」そう吐くと、ぐっと先端が刺さり首筋に血が伝う。刀を置こうが置くまいがきっとナマエはやられる。どちらにしろ最悪だ。どう凌げばいい、斬魄刀を置いて鬼道でいけるか?否・・・この距離では避けられる。変な真似をすれば逆にナマエが危ない。斬魄刀を握っていた拳を緩めようとしたその時視界の端で何かが光った。
「縛道の六十二"百歩欄干"」
どこからともなく現れた棒状の霊圧、敵は壁に撃ち抜かれ動きを封じられた。その衝撃で掴んでいたナマエは飛ばされ宙を舞う。この声・・・それにこの鬼道を得意とする死神は・・・。瞬歩で移動し彼女を抱きとめると彼は叫んだ。
「今だ阿散井!!」
「先輩!?・・・っナイスアシスト!」
緩めた拳を握り直し斬魄刀を持ち直すと、蛇尾丸を再び唸らせる。"狒骨大砲"、限定を解除した渾身の一撃で敵は倒れた。虚ろな視界に映る人影・・・脚が地についていない、抱きかかえられているのだろうか私は。緊張からの解放と傷の痛みに意識を手放した。
(この腕の中を私は知っている)
(約束、守りにきたぜ)
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