放課後、重い脚を引き摺って追試を受けに指定された教室に行くと仲の良い友達が何人もいたので思ったよりも苦ではなかったが周りを見回して仁王雅治がいないことにかなり怒りが込み上げたことは言うまでもない。
「そんな怒んないのー」
確かにだるいけど。私の顔を見た友達が困ったように笑う。そう、たかが追試。けれど本当は今頃ここにいる筈はなかったんだ仁王雅治、あいつがいなければ。今日は帰りに寄りたい所もあって買い物の予定まであったのに、と紙にシャーペンの先が食い込む。
もう追試と言うよりも仁王雅治が憎くて仕方がなく、彼への認識は苦手なんて言葉で片付けられるレベルでなかった。

追試を終え部活があるからとジャージ姿の子や彼氏を待たせている子を見送り、苛々しながらの帰り道。しかも校門で忘れ物に気付き一旦戻る羽目になり私の機嫌は最悪だった。今日の不運は全部彼の所為にさえ思えてきた。
だからと言って何が出来る訳もない。買い物は諦めよう、と夕陽が差し込む廊下を歩いていると向かいから足音がした。この時間用の無い生徒は帰っているから校舎はとても静かで、響いた足音に反射的に顔を上げる。
視界に映った姿は顔も見たくない、むしろ存在も認めたくないくらい腹の立つ白髪の彼。同じく私に気付いた彼は近付くにすれ笑みを濃くした。ぶん殴るぞ。
「お前さんか」
先日、隣の席に座って言葉を交わしたからか以前より親しげな口調で驚いたが顔には出さなかった。もうやださっさとあっち行けよ。
「珍しいの、帰宅部じゃろ?」
「そう」
あんたの所為だよあんたの。あんたの所為で追試になって帰宅部なのに珍しくこんな時間にいるんだよ。あからさまに不機嫌な顔で目も合わせないと言うなんとも子供染みた態度の自分が悲しくなったが構う余裕もなかった。可愛くない奴だと思われるだろうな。別にいいけど。
「今日はつれないのう」
しかし笑みを絶やさない彼の顔は本当に腹立たしい。つれないって親しくもない。仲が良い訳じゃないじゃないか。そして彼の真意はやはり掴めない。前回同様私が何をしたと言うのか。
「部活じゃないの?」
一刻も早く話を切り上げたかった私はぶっきらぼうに言った。しかし食い掛かる態度の私を彼は気にするでもなく今日は休み、と笑う。だから笑うなって。
「何怒っとる?」
「…なにも」
私の顔色を窺うように姿勢を少し屈めたのか、先程より近くで目が合い困った。その瞳は思案するような疑うような不思議な感情を表していた。何を考え込んでるの。私は早く帰りたいの。
「なんか、」
目が逸らせないままでいるとす、と急に変わった表情。私の顔をじっと見て、優しい目をして。私が知りうる人を舐めたようなものではなく、まったく別人のような顔で。
「なんかあったら言いんしゃい」
私は仁王雅治より断然幸村君の方が好みだ。だからなんでいきなりこんなことを言うのか理解する必要もなく、そんな眩しいくらいかっこいい顔されても、何とも、ない、筈。
「………うん」
「いい子いい子」
やめて頭撫でるな。誉めても何も出ないから。え、この髪?メープルブラウンに赤を入れてもらったんだよ。ほら満足でしょ。ね?だからもうやめて。

そんな普通の人みたいな顔して笑わないでよ。

「ほれ、」
差し出された手に反射的に手を上げてしまいわたされたのはピンクグレープフルーツの飴玉。
「これで機嫌治しんしゃい」
「…ありが、と」
仁王雅治は気を付けてな、とまた頭をぽんと撫でて歩いていってしまった。始終笑顔だったのはよっぽど機嫌でもよかったのか、と彼の後ろ姿を少しの間見つめていた。
王者立海の人気者は女の扱いに長けている、と敵ながら普通に感心したと同時に少し考えてみれば誰にでもやってんのかと、やはり腹が立った。



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