昼休み明けの現国で漢字テストがあると知ったのは授業開始10分前。それから範囲を聞いて自分にしては珍しく必死に取り組んだ。7割以下は放課後に追試と聞けば必死にもなるものだ。
チャイムが鳴った途端に入ってきた教師は教室内のせかすような空気に苦笑しながら慣れた手付きで答案用紙を配ると始め、と手を叩いた。皆が一斉に裏返しの答案をめくる。
一通り問題をさらい、見直しながら点数を数えると7割まであと一問が必要だった。そして目に付くのは後ろから数えて3つ目。見慣れない字面だったから他の字より練習した筈なのに。ぼんやり輪郭が出てくるだけで何度書いても答えは出ず、更にあと1分、と教師の間延びした声が煩わしく焦りは頂点になる。
ひたすら思い付く限りの字を書いては消して書いては消して。それを何度も繰り返していると、ふと欲しかった文字が脳裏に浮かび上がった。
一瞬まばたきも忘れ呆けた。そしてそうだこれだと歓喜と感動と安心を感じながら天井を見上げ息を吐く。シャーペンを握り直し晴れやかな気持ちで追試からの脱却を果たそうとした。
まさにその時、芯が紙に食い込んだとまったく同時に、後ろの方から響いた甲高い衝撃音に手が、止まった。
「仁王?大丈夫かー」
筆箱を床に落としたらしい彼は散らばったペンを拾っているのかカシャカシャと音がする。静まり返っていた所為か驚き、私と同じく手を止める生徒が何人もいたようだがすぐに顔を下げて各々の作業に戻っていた。
張り詰めた空間の中、私は一人顔を青くして、手は止まったまま。
ゆっくりと下げた視線の先、今まさに埋めようとしていた空欄は、
「そろそろ集めるぞー」
教師の一声に急に騒がしくなる教室内。一番後ろの席の生徒が立ち上がり喋りながら用紙を集めていく。
だるそうに紙を拾いながらたらたらと歩く白髪の彼も近くの席の何人かと言葉を交わしている。
その表情はどう見ても余裕のある、勝者の顔だった。
私の追試に一役買った彼を私はそう簡単には許せはしないだろう。