怖いと言うか苦手と言うか。とにかく彼は私にとってあまり好ましい存在ではなかった。
纏う雰囲気が独特で口調も変わってるし見ればいつも薄ら笑っているその顔は何を考えてるかわからない。
「嫌か?」
「え、ううん。なんで?」
嫌だよ嫌に決まってる。どうして今日に限って遅刻したんだ私、そして隣に座った仁王雅治。今日の1限目は視聴覚室で自由席だから遅れた私は後ろの適当な席に着いた。そしてしばらくして扉が開く音がしてちらりと見ればあの仁王雅治で目が合った瞬間、周りはガラ空きなのに彼はわざわざ私の横に筆記用具を放ったのだ。
教室の机と違う長机は隣の人間が近い。友達以外だったら普通に一席開けるものと思っていた私は微妙な顔をして、先程の質問を受けたのだろう。
当たり障りない返事をして平静を装ったものの、教師が広いスクリーンを使って説明をしている内容がどうでもよくなってきている。いつもより広い教室なのでマイクを使っているのに音が遠い気がするのは横の存在が私の意識の大半を占拠しているからだ。しかし今はとにかく早く終わってくれと頭にまったく入らない授業に集中するふりをしてひたすら時間の経過を待つしかない。
「ノート」
「え?」
「どっから?」
「あ、ここ」
覗き込んできたから反射的にルーズリーフを彼の方に滑らせるとすらすらと写し始めた。なんとなく目を向けると女子みたいな字だけど決して綺麗とは言い難い癖字が並べられていた。
「髪」
「え?」
「お前さんは聞き返しが多いのう」
くすくす笑う彼にそれはあんたの所為でもあると言いたい。あとあまり話し掛けないでほしいとも言いたかったが彼との接触をなるべく避けたい身としては余計なことを口走らない方がいいだろう。彼の顔を窺うように話を促すとシャーペンを持つ手の人差し指を立てて円を描く動作をした。どうやら巻いた髪を指しているようだ。
「よう似合っとる」
「ありがと」
「可愛い」
「…あ、ありがと」
昨日美容室に行ってきたばかりだから素直に嬉しかったけれどあまりこっちを見ないでほしい。どうしようもなく誰か助けてと念じてみるが当たり前に誰も助けてくれる筈もない。
そして私の居たたまれなさ全開な表情に仁王雅治は苦笑し、それでも面白そうに目を細めていた。
それからはずっと無言のまま、やっと鳴ったチャイムの音に心底ほっとした。席を立つ生徒達と同じく筆記用具をまとめた彼はにこりと笑う。
それは私が見たことのない表情だった。
「じゃあな」
「あ、うん」
小さく手を振った仁王雅治は他の生徒に混じり去っていき、途端私は椅子の背凭れに体重を預けた。
緊張の対象がいなくなった今冷静に考えれば退屈な授業中に話相手が欲しかったのだろう、そこに丁度遅刻した私がいた。彼にしてみれば何気ないことだったのかもしれない。ただクラスメイトと話すだけじゃないか。なのにあんなに嫌がってしまい悪いことをしたかもしれない。
でもこれで二度と彼が話し掛けてこなくなるかもしれないと安堵する自分がいた。



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