「仁王先輩の彼女って可愛いっすね」
赤也がいきなり言うものだからシャツのボタンをとめる手を始め身体全体が動きを停止した。

彼女?誰の?

「…なんのことやら」
隣の少し下の癖毛に目線を下ろすとええー!とわかりやすい反応に嫌な予感が込み上げてくる。反対側の柳生が苦笑しながらネクタイを締めているのが良い証拠だ。まさか、
「この前相合い傘してたじゃないですか」
…ああ。
「あいつは違う」
我ながら気のなく情けない返事だが事実なのだから仕方ない。でもみょうじと俺は端から見れば恋人同士なのかと少し嬉しくなってしまったのは馬鹿な俺。
「普通に付き合ってんのかと思った」
「俺が傘忘れて入れてもらっただけ」
「ふーん。で、もう告ったんすか」
「はあ?」
妙に鋭い赤也に変な声が出た。先程から着替えはまったく進まない。シャツはまだ前が開いたまま。
「だってわざわざ女子じゃなくても」
「…まあ、な」
「あれ?もしかしてほんとに何でもない?」
赤也はきっと好きな子にはその性格のままストレートなのだろう。隠し事が上手くないから相手にも伝わりやすそうだ。それが今は酷く羨ましく感じた。後ろから丸井のわざとらしい溜め息が耳に痛い。
「…好きじゃけど」
「なんで告らないんすか」
「なんで、って」
本当に不思議なものを見る目で赤也は俺を見た。確かに赤也にしてみれば俺の意気地のなさは理解出来ないんだろう。余計なお世話だ。
これ以上嫌われるのが何より怖い。やっと近付けた今の関係を壊したくない。そんな臆病な本音を溢したら詐欺師の異名を持つ自分の臆病さにこの後輩は幻滅するだろうか。
「早く言っちまえよー。どうぜ両想いなんだから」
後ろの丸井が独り言のように言った。大分でかい独り言だ。俺が悪いとは思うが他人事だからってあんまりな言いようである。
俺はみょうじの優しさに甘えてるだけでそんなことある訳ないのだから変なことを言わないで欲しい。
「あ、両想いなんすか」
「違う」
「違わねえよ馬鹿」
「何を根拠に」
「お前な、」
丸井に後ろから肩を捕まれて身体を力強く引かれた。痛みに手の主を睨みつけようとしたが彼に似合わない鋭い眼光に言葉が詰まる。
「なん…」
「いい加減にしろよ?」
「あ、ま、丸井先輩っ」
おろおろしながら赤也が割って入るがまったく無駄なようだ。掴まれた肩が軋む。痛い。
「そうやってお前がうだうだしてっからみょうじは困ってんじゃねえの?」
お前が変に優しくするから困惑して。何も言ってやらないから疑って。だからあいつは気付けない。近付けない。
「みょうじはお前が好きなんだよ」
丸井の言っている意味がよくわからなくて、真っ赤な頭を眺めていると顎に頭突きがきた。半開きの口が無理矢理閉じられ上下の歯が良い音をたてる。
「い、」
「だ、大丈夫っすか」
丸井はふん、と鼻を鳴らして自分の荷物をまとめ始めた。こめかみがじんじん痛い。赤也と、さすがに柳生も心配そうにこちらに寄ってきたが丸井はほっとけ、と吐き捨てる。

俺はみょうじを、

頭を駆け巡る言い訳は痛みに紛れて空気に触れることはなかった。



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