あからさまに嫌そうな顔、そして低い声と少し震えた下唇。控えめに、ぶっきらぼうに、それでもこちらに差し出された自分より小さい手に握られた傘ひとつ。
もう片方の手には鞄のみ。
つまりそれは、ひとつの傘の中に二人、つまり俺とみょうじが入ると言うことだろうか。
つまりそれは、一緒に帰ると言うことだろうか。
反応しない俺に痺れを切らした彼女はほら、と傘を俺の胸に押し付けてより険しい顔をした。彼女は何故嫌っている自分に傘を差し出しているのだろうか。俺に傘を差し出さなくてはいけない理由がみょうじにあるとすれば、
それは、
「……」
水が流れるように導き出された都合の良い思考を叱咤して傘を受け取れば気付かないうちにニヤけてしまい、みょうじは首を傾げたが言及してくることはなかった。もしかしたらそんな余裕もないのかもしれない。断る理由を持ち合わせていない俺の手はこの雨を凌ぐただひとつの道具を受けとる以外の選択肢等なかった。彼女が馬鹿のつく程お人好しであってもそうでなくても、だ。万が一、感情論から来る好意だとしても彼女の様子から自分の望む返答は有り得ないとわかっている。これまでも、ましてこれからだってそれは不変であることも。
ちらりと目線をやると怒っていると言うより緊張している面持ちのみょうじはそれを悟られないようにと必死な様子だった。強張った口許と不自然に前だけを見つめる視線。時折ぶつかる肩から動揺が伝わり、それが可愛くておかしくてどうにも顔が緩んでしまう。会話と言う会話なんてなかったけれど駅までの道程はとても短かった。
臆病な自分こそ、彼女の行為について言及すべきだったのかもしれない。不変であっても今以上に線が逸れることを恐れた俺は一番重要な疑問を飲み込んでその場逃れの空虚な幸福を手にした。