「ね、御幸!今日は何の日でしょう?」


満面の笑顔でそう訊ねたのに、目の前の男はただ1つ欠伸を洩らしただけだった。


「ちょっと!無視しないでよ!」
「いや、お前今何時だと思ってんだよ…」


御幸は呆れたように呟きながら体を起こすと、壁にかかっている時計を指さしながら溜め息をついた。


「何時って…12時10分だけど」
「夜中のな!!明日も朝早いんだよ…勘弁してくれ」


確かに、御幸の言う通り時間は深夜の12:10で、普通ならこんな夜中に押しかけるなんて非常識なことはしない。ただ、今日は私にとって特別な日なわけで。


「…だって、今日じゃないと意味ないもん」
「大体な、お前はもう少し自覚を持てっていつも言ってるだろ?一応女なんだし、こんな時間に男の部屋にくるってのがどういうことか、お子様なお前にだってわかるだろ?」


私が俯きながら呟いた言葉は奴の耳には届かなかったらしい。相変わらず人の心にチクチクと突き刺さるような言葉を送ってくる男だ。キャッチャーなんてみんな性格が歪んでるに違いない。

「…おーい?聞いてるか?」
「っ、もういい!なんでもない!御幸のバカアホ意地悪!!」
「はあ!?」


こんなやつに期待した私がそもそも馬鹿だったんだ。付き合ってからもほとんど部活部活で、デートだってたくさんできないし、大体話す内容は野球のことばっかりだった。そんな御幸も好きだったけど、こればっかりは許せないし譲れない。


「おい、待てって!」
「うるさい離してよ!もういいってば!!」


腕を掴んでくる手を強引に振り切ろうとしたら、足元の何か固いものに躓いてしまい、ぐらりと体が傾いた。


「えっ…!」
「っ…なまえ!」


反射的に目をつぶって構えたけど、次に来たのは硬い床の感触じゃなく固い誰かさんの胸板の感触だった。


「〜ったく!!お前はいつも危なっかしーんだよ!」
「ご、ごめんなさい…」


突然怒られて思わず反射的に謝ってしまった。なんか悔しい。
だけど、私が素直に謝ったのが功を奏したのか、御幸はそれ以上私を怒ることもなくそのままギュッと抱き寄せた。


「あのな、流石に今日が何の日かなんて、忘れるわけないだろ?」
「…ほんとに?」
「当たり前だっつの。そんなに信用ねーの?オレ」


肩越しに御幸の苦笑が伝わる。こういう時は本心を話してくれてるときなんだって、知ってはいるんだけど。


「でも、毎年12時だったのに」
「あ〜…それは、悪かった」


さらに俯いて御幸の胸にぐりぐりと頭を押し付けると、少し乱暴にわしゃわしゃと撫でられる。こうされただけで少し安心して許してしまうのだから、私はほんとに御幸に甘い。


「忘れてたわけじゃないんだって!今日は特に監督の機嫌が良くてさ、練習がいつもよりきつくて…」
「ふーん………」
「あーその…なんだ。…悪ぃ、寝落ちしてた」
「そんなことだろうと思ってた!!」


フンと鼻を鳴らして固い腹筋にぐりぐりと拳を突きつける。だけど、鍛えてるせいか御幸はそれにはちっとも動じずに悪い悪いと謝っていた。
…私の手のほうが痛いから辞めよう。


「あー…このタイミングで渡す気はなかったんだけど…仕方ない」
「え??」


御幸はボソボソと何かを呟くと、私の足元から何かを拾い上げた。


「…お前、蹴ったな?」
「ちがっ!躓いたっていうかむしろそれのせいで転けそうになったっていうか!」
「はいはい」


御幸は少しだけ角が凹んでしまった小さな箱を私の手のひらのうえにぽん、と置いた。


「誕生日おめでとう、なまえ」
「…え?」
「だから、誕生日プレゼントだよ。オレからの」
「っええ!?」
「なんでそんな驚いてんの?」
「だ、だって!最近忙しくて買い物とか行く時間なさそうだったじゃん!」
「そーゆーのはオレの十八番じゃん?」


御幸はニヤリといつもの挑発的な笑みを浮かべた。そんな素振り全く見せなかったくせに!


「…ありがとう」
「いーえ。どういたしまして」
「中身はなに?これ?」
「あ、これはさ、」

わざと茶化すようにお辞儀までした御幸を放って包に手を掛けると、御幸の大きな手のひらが私の手を止めた。


「オレにやらせてよ」
「それってどういう…」
「あーほら、いいからいいから!」


後ろ向いて!と無理やり後ろを向かされる。しばらくゴソゴソと箱を開ける音がしたと思ったら、突然視界が真っ暗になった。


「ぎゃあっ!」
「…お前さ、もーちょっと色気のある声出せねぇの?」
「ううううるさい!驚かせた方が悪い!!」
「…ったく、ほら、できたぞ」


シャラン、と軽い音がして視界がまた戻ってくる。目の前にはいつの間にか鏡を持った御幸がニヤニヤしながら立っていた。


「どーでしょーか?オヒメサマ」
「うわ、これ前から欲しかったやつ…」


首元でキラキラと輝くシルバーに、思わず泣きそうになった。これ、結構するのに。


「お前の好きそうなもんはわかってるつもりだから、オレ」


にかりと笑う御幸はそのまま私の髪の毛を優しく撫でて、そっと耳元で囁いた。


「これで、いい首輪が出来たろ?」







所有の証明





「ちょ、首輪って…!」
「だってお前オレが何回も言ってるのに全く自覚ないだろ。今だってこんな近くにオレがいるのに襲われるなんて全く思ってないんだろ?」
「襲われ…!?」
「ま、オレだから安心してんのかもしんないけどさ、オレから言わせてもらえば完全に逆なんだよなー」


気づけばひょいと御幸に抱き上げられ、あっという間にベッドの上に。


「オレ以外とこんなことになんないんだから、オレに気を付けないとな」
「わ、わかった!今度から気をつける!気をつけるから、」
「ダーメ。もう遅いっての」


私の上でしっかりマウントポジションを取った御幸は、柔らかく微笑いながら優しいキスを私の額に落とした。



「お誕生日おめでとう、なまえ」







2015.9.19(ほんとは9.20ですごめんねおくれて!)
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