森枉町は、港町ってほど漁業が栄えてるわけじゃァねーが、海辺にあるからか幼い頃から自然と海で遊ぶことも多かった。
それが、段々と年を取って、高校生にもなると、真夏以外はほとんど訪れることもなくなっていた。


「ほら、見ろ。オニヒトデだ」


それが、最近では週に一度は必ずと言っていいほど足を運ぶようになっちまった。原因はもちろん、目の前にいる年上の甥だ。
甥って実感なんてまるでねーし、オレの方が年下で、しかも実力的にもすっげー強ぇ分、尊敬してる。むしろ、尊敬なんて言葉じゃ足りなくなっちまってるから困ったもんだ。


「あ、承太郎さん!こいつは?」

「イモガイだな。コノトキシンという神経毒を持つ巻き貝だ。見た目は綺麗だが毒銛に刺されると多くの場合死に至る。血清もないからな、触るなよ」

「へぇ〜」


目の前にいる海洋生物を見て、楽しそうに解説してくれる横顔を眺める。これが、最近のオレにとっての至福の時間ってやつになっていた。これで結婚もして娘もいるというんだから、なんだかずるい。
目の前でキラキラと目を輝かせて話す姿がオレみたいな子供と変わらず見えて、手を伸ばせば届きそうだと思っちまう。


「…どうした?仗助」

「え?」

「あまり、乗り気じゃなさそうだな」

「えっ!イヤ!んなことねーっスよ!?」

「…そうか」


承太郎さんはいつも被っている帽子を被り直しながら、穏やかな表情でゆるりと微笑んだ。その表情を見て、途端にオレの胸は苦しくなる。

さっきまではあんなに子供みたいにはしゃいでたくせに、こうしてふとした瞬間に、いつもオレの中の不安や焦りに気付いちまうんだ。そして大人のような態度で、無理強いはせずにオレに聞いてくる。


「どうした?仗助」


耳に心地いい声なのに、なんでこんなに切なくなっちまうかなァ。


「…置いていくぜ?」

「待ってくださいよ、承太郎さァん!」


数歩先を歩く承太郎さんに駆け足で追い付く。その間、こちらを見て待っていてくれる承太郎さんはやっぱり優しいけど、オレはなんだか少し悔しくて、そのまま承太郎さんの腰にタックルでもかますように飛び込んだ。


「おい仗助…なにしてんだ」

「へへっ、承太郎さんが先に行っちゃわないように、捕まえとくんスよ!」

「…そうか」


承太郎さんは、こうしてオレが尊敬以上の…言ってしまえば、恋愛感情からくる愛情表現をしても、避けたり拒絶したりはしない。
だけど、抱き着いたって抱き締め返してくれる訳でもない。拒絶はしないが、受け入れもしない。

そういう承太郎さんのスタンスに甘えながらも、どこか恨めしいと思ってしまうのは承太郎さんにハマっちまってる所為だろうか。


「…ずりーよなァ…」

「何か言ったか?」

「…いえ!なんでもないっスよ?」


絶対に聞こえない声量でしか、こんなこと言えもしない。ずるい人だよ、アンタは。
それでも、オレは。


「ほら、離れろ。歩きにくい」

「了解っス」


ぽんと一度だけ頭を撫でてくれた手が、泣きたくなるほど愛しいから。ずるくても曖昧でも、承太郎さんの側に居られるなら、結局なんだっていいんだ。


「…また来週もか?」

「できればお願いしたいんスけど…近況報告も兼ねてっつーことで」

「あぁ、わかった。…またな」

「はい!また来週!」


夕暮れのなか、白いコートが少しずつ離れていく。
広くて大きくて、いろんなものを守ってきたってことがすぐにわかるような背中。その背中を、見えなくなるまで見送る。その時、伝わらないことを承知で、いつも小さくなっていく承太郎さんの背中に呟くんだ。
承太郎さんは、絶対に振り返らないから。


「…アンタのことが、好きなんスよ」


本当に伝えたい言葉は、オレの胸のなかにしまったままで。




ダイヤモンドは砕けない




きっとこの言葉を伝えたら、いくら承太郎さんでも見て見ぬふりはできないだろうから。

今はまだ…わがままな子供と、ずるい大人のままでいたいかなァ…なんて、思うんスよね。










愛しのちあきちゃんに捧ぐ!
お粗末様でした!叔父甥よ永遠なれ!!

20131229
 

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