何を期待してたんだろう。少しだけ、周りより話すことが多かった。隣の席になってからはさらに仲良くなれた気がしてた。だから、舞い上がってしまっていたんだと思う。

「私、ずっと前から黄瀬くんのことが…」

伝えようとした言葉は、大袈裟なほど慌ただしく振られた両手に遮られてしまった。彼の表情を見て、あ、しまった、なんて心のなかで呟く。
いつもよりスカートを短くして、普段そんなにすることもないお化粧なんかもしてみたりして。そんな浮かれていた自分に腹が立った。

明らかに、彼は、困った表情をしていたから。

「気持ちは嬉しいけど、…あー、君にはオレなんかよりもっといい人がいると思うんスよ」

なにそれ、といいかけた口をぎゅっと閉じる。酷い、と思う気持ちとは裏腹に、何の望みもないはずの相手に、 縋るような視線を向けてしまう。
目の前の彼はそんな私の視線すら、ふいと顔ごと逸らしてしまった。

「明日の試合もいつもみたいに見に来てくれるんスよね?」

決して私の方に視線を向けないまま、彼は淡々と話しかけてくる。

「笠松センパイ、あ、うちの主将なんスけど、明日誕生日なんスよ」

笠松、と聞いて、よく教室にやって来る黒髪の先輩が思い浮かんだ。黄瀬くんと楽しそうにお喋りできていいなって思って見てたら、何度か話しかけてくれて、黄瀬くんと話すきっかけをつくってくれてた人だ。

「だから、誕生日おめでとうって言ってあげればいいんじゃないんスかね。きっと喜んでくれると思うんで 」

そっけない言い方に胸が痛くなりつつも、来るなと言われないだけましかな、なんてポジティブに考えてみる。黄瀬くんは一方的に言いたいことだけ言うと、「それじゃ、」なんて言って帰ってしまった。

「あーあ…。悲惨、なんていうか、惨め?」

一人取り残された私は、ようやく悲しさが実感として湧いてきたのか、いつの間にか泣いていた。なんだか悔しくて少しだけ乱暴に目元を擦る。

本当に、前からずっと好きだった。もちろん、憧れが大きかったのもある。私じゃ無理だろうなって思ってたから、最初は期待なんてしてなかったはずなのに。いつからか、あの笠松っていう先輩が教室へ来るようになって、黄瀬くんの笑顔を見ることが増えて。私も会話に参加して、一緒に笑い合って。
変な期待しちゃうくらい、幸せな時間だった。

「フラれたけど、後悔はない、かなぁ」

ちょっと強がりを言いながら、私も家に帰ろうと歩き出す。
あの時間がなかったらよかった、なんて、そんな風には思えなかった。むしろ、あの時間を作ってくれた先輩にはお礼を言いたいくらい。

「お誕生日かぁ…」

黄瀬くんと一緒に笑っていた先輩の顔を思い浮かべてみたが、ひどくぼんやりとしか思い出せない。なんだか太陽みたいな笑顔だったような気がする。黄瀬くんの笑顔に負けて霞んじゃってたけど。

「…よし、がんばろ」

小さく自分の頬っぺたを叩いて、鼓舞してみる。明日、彼の前でも、ちゃんと笑顔でいなくちゃ。


*************


試合終了を告げるホイッスルが鳴った。もちろん、勝負は海常の勝ち。黄瀬くんは相変わらずいっぱい点を取っててかっこよかった。つい目で追ってしまう自分が腹立たしかったけれど。
笠松先輩っていう人も、しっかりわかった。結構小柄な感じなのに相手に負けないくらい体ぶつけて競り合ってて、コートのなかをすごく動き回ってて、とにかく見てるこっちにまで思いが伝わるようなプレイをする人だなあと思った。

お互いのチームが握手を交わして、ベンチに挨拶をして、試合は終了。コートから引き上げるための準備が始まって少しだけ回りがざわつくなか、一瞬だけ、黄瀬くんと目があった。黄瀬くんはすぐに目を逸らしたけど、それだけで私の心臓は爆発しそうなくらい煩くなってしまった。
観客席からかけ降りて、選手の控え室近くの通路まで走る。海常、と張り紙がしてあるロッカーの少し手前で待っていると、選手の皆さんがぞろぞろとやってきた。
先頭にいた黄瀬くんとまた目があって、どうしようと思った途端に頷かれる。その仕草になんだかドキリとしてしまって、赤くなる顔を隠そうと慌てて頭を下げた。

「誕生日だって聞いたんで、その、笠松先輩、 ...おめでとうございます」

笠松先輩は一瞬だけ面食らったような顔をして、それから、ほんの少しだけ頬を赤らめて、「ありがとな」と言ってくれた。

「いえ…それでは」

用事を無事に済ませられて安心したことと、目の前に昨日フラれた相手がいることで、なんだか涙腺が緩くなったみたい。じわりと滲みかけた瞳を見られないように、私は慌ててその場をあとにした。


*************


それからも毎日、私は変わらず過ごした。本当に、なにも変わらず。黄瀬くんは以前ほど私と親しげに話してくれなくなったものの、笠松先輩が来たときには、前と変わらず話してくれる。
こんなにあからさまに態度に出されれば、いくら鈍い私でも気づく。黄瀬くんは、私と笠松先輩にくっついて欲しいんだ。

好きな人に他人との恋路を応援されるなんて、なんて酷い話だろう。毎日、笠松先輩が来る時間が待ち遠しいけど苦しい。優しく笑いかけてくれる黄瀬くんと、二人で出掛けたらどうスか?なんて言ってくる酷い黄瀬くん。そのどっちもを見なくちゃいけないから。


*************



「あ、」
「…よぉ」
「こんにちは、笠松先輩」

そんな毎日を過ごしていた中、たまたま休日に笠松先輩に出会った。黄瀬くん抜きでこうして二人で話すのは、実は初めてかもしれない。

「先輩も図書館ですか?」
「ああ。試験中は集中できる場所で勉強したくてな」
「わかりますー、私もです」

話始めてみると、なんだか話題に困ることもなくスラスラと話せる。先輩の私服姿はなんだか少しだけ大人びて見えて、いつもと違う雰囲気にドキリとしてしまった。

「あー…その、誰かと約束とかしてんのか?」
「私ですか?いえ、1人で家で勉強しててよくわからないところがあったので、どうせなら図書館で調べながらやろうかなって」

お恥ずかしいです、なんて言いながら笑っていたら、なんだか難しい顔をした先輩が私の名前を呼んで立ち止まった。

「はい?」
「なんつーか…、お前が嫌じゃなければ、俺が教えてやろうか?」
「えっ、いいんですか?」

願ってもない申し出に思わずグッと先輩に近付くと、先輩は顔を赤くして少しだけ後退りながらも「あ、あぁ」と了解の返事をくれた。


*************


「で、ここの公式を当てはめると…」
「おおー、なるほど!こうやって解くんですね!」

図書館についた途端、早速見せてみろだなんて言われて課題を広げることになり、早くも解決してしまった。笠松先輩の説明はすごく分かりやすくて、苦手な分野だったのに難なく理解できてしまった。


「先輩、すごいです!」
「別に、すごくなんかねぇって」
「いえ、わかりやすかったですし、具体的な解法がわかりましたし。ほんとありがとうございます」

ほら、ここも解けたんですよ?なんて言いながら先輩のおかげで解けた問題集を目の前に広げて見せてみれば、笠松先輩は思いの外優しい顔でふわりと笑った。
初めて見る、先輩のこんな優しい笑顔。

なんだか恥ずかしくなって、問題集をパタリと降ろしながら俯く。なんか、顔熱い。

「やればできるじゃねぇか。よくやったな」

そんな私の後頭部に、柔らかい声と暖かな手のひらが落ちてきて、そのままくしゃりと頭を撫でられた。

「っ…!」

ダメだ。体も頭も心も、焦げそうなくらい熱い。

「ん?おい、どうした?大丈夫か?」

堪らなくなって図書館の机のうえに俯せると、心配してくれたのか、笠松先輩は今度は背中を撫でてくれた。それが逆効果なんです、なんて、言えるはずもなくて。

「大丈夫…ですけど、大丈夫じゃないです…」
「はぁ!?どういう意味だ?具合でも悪ぃのか?」

慌てる先輩に申し訳ないと思いつつも、恥ずかしさと罪悪感から顔をあげられない。つい最近まで黄瀬くんのことが好きだったはずなのに。もう次、とか、切り替え早すぎて意味わかんない。
自己嫌悪に陥っていると、いきなり強い力で腕をぐいと引かれて、俯せの状態から無理矢理起こされた。びっくりしている私の目の前には、少し怖い顔の笠松先輩。

「具合悪いのか?」
「え、いえ…」
「じゃあちゃんと返事しろ!心配するだろうが!」
「はっ、はい!ごめんなさい…」
「…悪ぃ、怒鳴ったりして」
「笠松先輩…?」

真剣に怒っていた顔が、ふっと緊張がほどけたようにいつもの表情に戻った。それに安心しつつ名前を呼ぶと、今度は少しだけ苦し気に眉を寄せる先輩。

「…無理すんなよ。無理して笑っても、辛いだけだぞ」
「え…?」

先輩のなにかを知っているような発言に思わず体が強張る。なんでだろ、私、先輩には黄瀬くんにフラれたこと、知られたくないと思ってる。

「最近、なんか変だろ?時々溜め息とか吐いてるし…」
「ええっ!まじですか…?」
「まじだ。つーか、見てりゃわかる」
「え?」

先輩の言葉に、また顔が熱くなる。突然の言葉に驚いていると、先輩は照れたように頭をかきながら私からふいと視線をそらした。

「あー…その、だな。とにかく、元気ねぇと心配になるから、なんかあったら言え。相談くらい、俺が乗ってやるから」
「笠松先輩…」

最近の私の態度を見て、空元気なのを気付かれてたらしい。でも、今まで言わないでくれた。心配しててくれた。
そうわかった途端、嬉しいんだかなんだかわからない気持ちが溢れて、泣きそうになった。

「先輩、」
「…なんだ?」

照れてるのか、まだこっちを向いてくれない先輩に、ずいっと携帯を差し出す。

「相談するかもしれないので、連絡先教えてください」
「…おう」

ずるいかな、私。なんて、心のなかで呟きながらも、ちゃっかり連絡先を交換する。なんだか、こちらを向いて携帯を差し出してくれた先輩の笑顔が、やけに眩しくて。
先輩とお別れしたあとに、そういえば黄瀬くんのことなんてすっかり忘れてたな、なんてことに気付いて自分で笑ってしまった。


単純だなぁ 、私って。







130730 それはもう恋みたいなものだよ

title by 確かに恋だった