「ん…」
「目が覚めたか?」
「し、しょう…?」


ぼんやりと目を開くと目の前に師匠の綺麗な顔があった。うわー、朝から眼福。
ゆっくり目を擦りながら頭を覚醒させると師匠の手がゆっくりと伸びてきてぽんと頭に置かれた。


「目は擦るな。余計腫れるぞ」
「わぷっ」


そのまま温かい…というよりはだいぶ熱いタオルを顔に押し付けられる。叫びだしそうになったのをなんとかこらえた。私えらい!
そのままがしがしと顔を拭かれるのもなんとか耐えて完全に目が覚めた。


「目は覚めたな?」
「はいもう師匠のおかげでそりゃばっちり…」
「そうか」


師匠の顔を見て嫌な予感に体が震えた。
え、なにこの笑顔。
笑ってるはずなのに師匠の目は全く笑っていない。


「なぁなまえ」
「ははははいいっ!」
「はっはっは、まぁそう構えるな。取って食おうってわけじゃない」
「はい……」


それでも緊張でガチガチに固まる体はどうしようもない。きっと私の本能が全身全霊で危険を告げているのだ。この目の前のにこやかな師匠に対して。


「お前に少し聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと…?」


そんなの心当たりがありすぎて何を聞かれるのかわからない。昨日はあんなに優しい師匠だったのに…!と私が半分涙目になっていると師匠が私のベッドにぎしりと乗ってずいと笑顔を近付けてきた。


「お前がオレに隠してることを言え。全部だ」
「え…」


あまりのタイミングのよさに心臓が大きく跳ねる。
私は昨日夢でお父さんとそのことを話したばかりだというのに。
困惑する私を前にして師匠はなおも怖いくらいの笑顔で続ける。


「言っておくが万が一嘘なんかついてみろ。実験サンプルにしてやる」
「は、はは…」


あくまで笑顔で、でも絶対本気で言っている師匠に空笑いしか出てこなかった。一体なんでこんなことに。


「か、隠してること…は…」


じっと見つめてくる瞳から視線がそらせない。
ああ、こういう時に美形って役に立つんだよなぁなんて考えながらぼんやりと言葉を繋ぐ。


「ありすぎて何を言ったらいいのかわかりません」
「〜っんの馬鹿弟子!」
「いだっ!」


正直に話したら思い切り頭突きをされました。めちゃくちゃ痛い…!
至近距離ではあと溜め息をつかれていろんな意味で心臓が煩くなる。


「“違う世界”」
「っ、」
「まずはこれについて説明してもらう」


再びじっと私を見てきた師匠の顔は真剣だった。
もう、誤魔化せないだろう。私は言わなきゃいけないんだ。もし言ったことで師匠に見捨てられたとしても。私は覚悟を決めて自分の手をぎゅっと握り締めた。


「信じられないかもしれませんが…私は此処とは違う世界から来ました」
「なっ…」


私の言葉に師匠は驚いたように目を見開く。めったに見られないだろう表情に思わず笑うと思い切り睨まれた。怖いから話を続ける。


「私の居たところでは…この世界は漫画として存在してました」
「ほぉ」
「だから私、最初から師匠のこと知ってたんです」


途端に師匠の視線が鋭くなった。びくりと震えてしまった肩を抑えてなんとか口を動かす。


「知らない世界に本当に突然投げ出されて…知ってる師匠を見つけたからついて行ってたんです。本当にごめんなさい」


私にできることは、真実を話すことだけだった。
俯く私の視界には師匠の手しか映ってない。なんて言われるか、怖くないわけなかった。気味悪がられるかもしれない。信じてもらえないかもしれない。
怖くて顔を上げられないでいると、頭上からはあと溜め息が降ってきた。


「なまえ」
「は、い」
「顔上げろ」


震える体に鞭打って思い切って顔を上げると、目の前にはとても優しい顔をした師匠が居た。
師匠はそのままスッと私に手を伸ばし…思い切り頬を引っ張った。


「ひっ、いひゃひゃ!」
「なんでそんな大事なこと今まで黙ってやがったんだこの阿呆!」
「ご、ごめんなひゃ」
「ったく…辛かっただろ」


突然ふわりと抱き締められて思考が止まる。なんで、だって私は


「師匠…」
「あ?」
「私が気持ち悪くないんですか?」


声が震える。だってそうでしょ?違う世界から来た人間なんて、気持ちが悪いに決まってる。


「ばーか」


それでも師匠は私に向かってにやりと笑った。


「オレたちエクソシストは奇怪に馴れてんだよ。違う世界から来たくらいでオレがお前のことを気持ち悪いなんて言うと思うか?」
「…っ思いま、せん!」
「そうだろ」

ぽんぽんとあやすように背中を叩いてくれる大きな手のひらがとても優しい。
なんでこんなに暖かいんだろう。溢れそうになった涙はぐっと唇を噛んで堪える。師匠は本当はとてもいい人なんだなって改めて思った。


「と、いうわけでだ」
「へ?」
「一科学者として興味がある。お前の世界とやらの話を聞かせてもらおうか」


さっきまでのしんみりした空気はどこへやら、突然いつもの調子に戻った師匠は私に紙とペンを差し出した。


「あの、師匠?これは…」
「日本語でいいから、こっちの世界とお前の世界との違いを書いてみろ。あるだけ全部だ」
「え、ちょっとそれは…」
「できないとか言うなよ?」


いつの間にか笑顔でカチャリと構えられた断罪者が眩しく光る。
ああ、確か最初に師匠と会った時もこんなことがあったな。


「昼までに終わらせろ」
「は、はは…努力します」


私は空しく笑いながら仕方なくペンを手に取り頭を悩ませ始めるのでした。