月明かりの少ない薄暗い夜、1人の少女が薄暗い路地裏を歩いていた。
少女は一軒の古びた家を見つめるとすっと近付き扉を開く。扉は随分と開かれていなかったかのような鈍い音を立てて開き、しかし少女が手を放した途端音もなく閉まった。
「…此処も、違う。」
少女は荒れ果てた室内をぐるりと見渡して呟く。
一瞬だけ哀しげな顔をすると、少女は音もなく消えた。
彼女が求めるものは、此処にはない。
丁度其処から北へおよそ300kmほどの場所に、今にも崩れ落ちそうな大きな廃ビルが建ち並んでいた。
「シャル、団長が呼んでるよ。」
「わかった。ありがとマチ。」
シャル、と呼ばれた金髪の青年は先程まで叩いていたキーボードから手を放し小さく息を吐くと静かに立ち上がり廃墟の中を進んだ。
「団長?俺だけど。」
「入れ。」
軽くノックをして声を掛ければ、いつもと変わらぬ落ち着いた声が響く。
ゆっくりと扉を開けば目の前には我らが団長、クロロ=ルシルフルが古書を片手に(あ、俺が先週盗ってきたやつ)静かに座っていた。
「まあ、座れ。」
髪をオールバックにしているクロロはやはり団長らしい威厳を纏っていて、見る者に威圧感を与える。この男と同じ空間に居るだけのことが、一般人にはとても辛いだろう。
しかし生憎一般人ではない青年、シャルナークは彼の言葉に笑顔を返した。
「で、どうしたの?」
シャルナークは目の前に座り相変わらず古書を読み続けるクロロに問い掛ける。クロロはチラリとシャルを見た後に、こほんと軽く咳払いをして古書を閉じた。
「お前に頼んでおいた“例の件”なんだが…」
「ああ、アレね。」
待ちきれない子供のような表情のクロロとは裏腹に、シャルナークの顔付きは浮かない。
そんな彼の表情を見て、クロロの顔も多少強張る。
「やはり…難しい、か?」
「うーん…なんと言っても手掛かりになる情報が少なすぎて…」
シャルナークはそこで言葉を切り、静かに俯く。
「僕らと同じ流星街出身だから戸籍もないしさ、」
「そうだな…わかっているのは性別と名前とおおよその年齢くらいだからな。」
2人は揃って小さな溜め息を吐く。
シャルナークは静かに立ち上がると、この部屋に一つだけ付いている小さな窓から空を見上げて呟いた。
「何処に行っちゃったの?ナマエ…。」
蜘蛛の小さな嘆きは少女に聴こえる筈もなく
少女はただ道標のない道無き道をあてもなくさ迷うだけである
その先にあるものを眩い光と信じて疑うこともなく
交わらない路
しかし突如現れた気紛れな奇術師によりやがて路は交差する