せっかくフィンクスの警戒心が薄れてきたところだったのに。嫌な思い出の所為で楽しい筈の買い物が台無しになってしまった。フィンクスとの雰囲気も、なんだかぎこちなくなってしまっている。
あれから、無言で腕を差し出してくれたフィンクスに抱えられ、来たときと同じように家路に着いた。会話もなく、なんとなく気まずいなぁなんて思ってたはずなのに気付けばフィンクスの体温が心地好くて爆睡。起きたら最初に目覚めた時と同じように、見知らぬ天井を見上げて布団の中に居た。
警戒心が薄れてきたのは私のほうなんじゃないか、と危機感を感じ始めた今日この頃です。
「オイ」
「…ん?なぁに?」
買ってもらった服に着替え、することもなくぼーっとしているとフィンクスが部屋に戻っていた。さっきまで誰かに電話をかけるために部屋を出ていたみたいで、片手に携帯電話(フィンクスには全く似合わない、黒の耳と羽の付いた可愛い携帯だ…)を持っていた。
「腹減ったか?」
「あ…うん」
答えるのと同時に、私のお腹の虫たちが盛大なファンファーレを鳴らした。仕方ないじゃん、私の身体ってば素直だから!
「ハッ、素直な腹だな」
「う、うるさいなぁっ!」
ぷうっと頬を膨らませると、フィンクスもなんだかニヤリと笑う。
…あ、なんか、最初の感じに戻れたかもしれない。私のお腹やっぱりグッジョブ。
「あー…なんか食いてぇモンとかあるか?」
フィンクスもなんとなく気をつかってくれてるのか、わざわざ食べたいものはないか聞いてくれる。その優しさにほだされちゃいけないとわかっていても、幼くなった私はついそれに甘えてしまう。
「…す」
「あ?」
「おむらいす…たべたい」
「なら、食いに行くぞ」
ぽつりと好物を呟けば、自然と腕を差し出される。それを嬉しいと思ってしまう自分に戸惑いつつ、差し出された手をとろうとしてハッとした。
昼間は普通に外に出てしまったけど、もしかしたら私をこんな身体にした男にまだ命を狙われてるんじゃないだろうか。だって、人魚の涙は私しか在処を知らない。自分を飛ばす際に、あれを飛ばしたのは私だ。だから、あの男はきっとまだ私を追っている。
「…オイ、なにぼさっとしてんだ?」
フィンクスに怪訝な声をかけられ、慌てて思考を戻す。とりあえず、なるべく外に出ないようにしなきゃ!
「えっとね…ナマエ、ふぃんのつくったのがたべたいなあ」
精一杯可愛こぶって、おねだりしてみる。あ、フィンクスがすごい不機嫌そうにない眉を寄せてる。極悪人にしか見えないとか言ったら火に油になるだろうから言えない…。
「だ、だめかなぁ…?」
怒るかな、なんて不安に思いながら、ついフィンクスのジャージをぎゅうと握る。そのままフィンクスを見上げて尋ねると、何故だかフィンクスがぴしりと固まった。
「…ふぃん?」
首を傾げると、フィンクスは自分のおっきい掌で顔を覆って、あーとかうーとか唸り声をあげる。そのままぶつぶつと何かを呟き始めた。
「違ぇ絶対違ぇ。オレにそんな趣味はねぇ…」
「ねーふぃんってばー!」
「ん?あぁ…。ったく、しゃーねーな」
フィンクスは自分の顔を覆っていた掌で私の頭をわしゃわしゃ撫でると、ひょいと私を抱き上げた。
「ひゃっ!」
「やるだけやってみてやるが…不味くても食えよ?」
「…うん!」
明らかに料理の出来なさそうなフィンクスに、言い訳のためとはいえ料理をさせることになってよかったのかなぁなんて冷静な自分も居たが、ただ自分の好物を作ってもらえて嬉しい気持ちのほうが大きくて、私は元気よく返事をした。
「……できたぞ」
「…………」
ああやっぱり、私の選択は間違っていたかもしれない。目の前に出されたオムライスらしき物体を見て私は早速後悔した。何故オムライスなのに卵が毒々しいオレンジ色なんだろう。あと、卵が覆いきれてない部分から何か…鳥の脚みたいなものが飛び出してみえるのは気のせいだろうか。
「…だから言ったじゃねぇか」
フィンクスは重い溜め息を吐きながら、固まっている私の前に置いたばかりのオムライスを再びひょいと持った。
「えっ!…ふぃん、それどうするの?」
「あ?捨てるに決まってんだろ」
「ええっ!も、もったいないよ!」
くるりとキッチンに戻ろうとしたフィンクスを慌ててがしりと掴み、無理矢理オムライスを奪い返す。
「あ!オイ、てめっ!」
「ふぃんがせっかくつくってくれたんだもん!これはもうナマエのだからね!」
一応、それも嘘ではないが本心は外出したくないの一言につきる。あの男にばったり出会って殺されでもしたらそれこそ今までの苦労が水の泡だ。ええい、女は度胸!とばかりにスプーンをぶすりと刺してぱくりと口に入れた。
「やめとけ!腹壊すぞ!」
「…………(もぐもぐ)」
「オイ、大丈夫か?」
無言でオムライスを咀嚼し続ける私を、フィンクスが眉を寄せて見つめる。大丈夫か、っていうか。この味は…。
「……おむらいすだ」
「ハァ?」
あれ?心配してたんじゃないの?と思うくらい、フィンクスに怪訝な顔をされた。いやいやだってさ!この見た目でまともなオムライスの味がするなんてもはや奇跡としか言いようがないよね!
「すごいね、ふぃん!おりょうりもできるんだね!」
「…ホントに美味いのか?」
「うん!!」
半信半疑といった様子で此方を見てくるフィンクスを横目に、私は笑顔でぱくぱくと食べ続けた。だってオムライス大好きだし。この際見た目は目を瞑って無視だ。
「あー…おなかいっぱい」
「…そりゃよかったな」
「うん!」
綺麗に平らげると、満足感に溢れたまま元気に返事をする。普通に美味しかったなー。満腹で幸せだし、今なら私なんでも出来る気がする!
「飯食ったなら脱げ」
「…は?」
ひょいとフィンクスに抱えあげられ、ぷらりと足が揺れる。え、ていうか今コイツなんて言った?脱げ?
「なんで!?」
「あ?身体拭かなきゃ汚ねーだろ」
布団に私を降ろしたフィンクスが「ほら、バンザイしろ」なんて言いながら私の服に手を掛けてくる。ていうか、嫌だ!
「っさいてー!ふぃんのすけべ!ろりこん!」
「バッ、勘違いすんな!てめぇが怪我してるからやってやろうとしてんだろーが!自分じゃ治療できねぇだろ!」
確かに、フィンクスの言う通りである。しかも、よくよく考えたら私は2日間眠っていたわけだし、そもそも私の手当てをしてくれたのはフィンクスなのだ。
そう自分に言い聞かせてみても、恥ずかしいものは恥ずかしいもので。
尚ももじもじと服を抑える私に向かって、フィンクスは片手に濡れタオルを持った状態で睨み付けてきた。
「オラ、さっさと脱げ。脱がねぇなら脱がすぞ」
前言撤回。なんでも出来そうだなんて思うんじゃなかった。