しばらく高い高いではしゃいでいたナマエは突然ハッとしたようにオレの頭を叩き出した。
「ふぃん、ふぃん!たいへん!」
「ってぇ、叩くなよ!んだよ一体」
仕方なくナマエを下ろして目線を合わせるようにしゃがんでやるとナマエはうーと唸りながら自分の服をつまみ上げた。
「ふく、ぶかぶかであわないからやだぁ」
「…はあ?」
「だから、ふぃんのふくじゃおおきくておそとにでれないの!おかいものいきたい!」
確かにナマエの言う通り、服はナマエの背丈に全く合っていなかった。そりゃそうか、オレの服だし。
「仕方ねぇな」
「わーい!ありがとうふぃん!」
「おいコラ、わかったから引っ張るな!」
仕方なく買い物に行くことを了承してやれば途端にナマエはオレの手を引いてはしゃぎ出した。まぁ、普通の餓鬼っつーのはこんなもんなんだろうな。
「…ふぃん?どうかしたの?」
「あ?…なんでもねぇよ」
まさか自分たちの昔を思い出してたなんて言うわけにもいかねぇ。曖昧に誤魔化してからアパートに鍵をかけ、だぼだぼの服が見えないようにナマエを抱えて外に出た。
「ねぇふぃん…」
「あ?」
「さっきからなんだかいろんなひとにみられてない…?」
確かにナマエの言う通り、道行く奴等が驚いたようにこちらを振り向いて凝視してくるのがわかる。…チッ、そんなにオレと餓鬼の組み合わせが合わねぇのかよ。
「気にすんな。オラ、着いたぞ」
見てくる奴等にガンを飛ばしてやれば慌てて視線を反らされた。ふん、弱ぇくせに最初から見てんじゃねぇよ。
デパートに着き、子供服売り場まで行ったところでナマエを腕から下ろした。
「好きな服選んでこい」
「…なんこ?」
「あ?…別に何枚でもいいから、さっさとしろよ」
「わぁい!ふぃんありがとう!」
ナマエは一瞬だけ満面の笑みでぎゅうとオレの足に抱き着くと、そのままぺたぺたと服のほうへ走っていった。
「…なんだっつーんだよ」
あんな餓鬼が喜んで抱き着いてきたくらいで、なんでオレの顔はこんなに緩んでやがんだ。自分のことなのに理解できねー。蜘蛛の奴等には絶対見せらんねぇな、なんて考えながらナマエの走っていった方へ足を向けた。
あ、そういえばアイツ裸足じゃねぇか。
「決まったか?」
「あ、ふぃん!これとね、これとー、あとこれ!」
「遠慮ってもんがねぇなてめぇは」
しばらくしてから戻ってきたナマエをひょいと片腕に抱き上げ、欲しいと言う服を適当に籠に放り込んでいく。ナマエが欲しがるのはだいたいがシンプルで動きやすそうなものばかりで、値段も安いものばかりだった。
「こんなもんでいいのか?」
「うん!あ、あとね…」
「あ?んだよ、今更遠慮なんかしてんじゃねぇよ」
急に言いにくそうにモジモジし始めたナマエを促す。どうせ全部盗る予定だから、値段なんか関係ねぇしな。
「えっと、そうじゃなくて…じぶんでえらんでかうから、おかねちょうだい」
「はぁ?」
顔を赤らめモジモジしたまま、ナマエは生意気にも金を要求してきやがった。オレが買ってやるのに、自分で勝手に買うから金をよこせ、だと?
「全部纏めた方がいいに決まってんだろーが。オラ、さっさとどれか言え」
「んん…やだ…」
「ああ゛?」
チッ、面倒くせぇ。これだから餓鬼は。
思わず舌打ちをすると、モジモジしていたナマエが若干目に涙を浮かべながら此方をキッと睨み付けてきた。
「っ…ふぃんのバカ!デリカシーってものがないの!?」
「はぁ?」
「おんなのこなんだから、ふぃんにみせたらはずかしいおかいものもあるんだもん!!」
「は?なんだそりゃ」
真っ赤な顔で必死に叫ぶナマエはちょっとぷるぷる震えていて、オレの苛立ちは不思議と消えた。代わりに、純粋な疑問が湧いてくる。
ナマエはオレの言葉に一瞬驚いたように目を丸くして、それからますます顔を赤くして消え入るような言葉で呟いた。
「…し、したぎ、とか…」
「はぁ?」
「なっ…!なんでわからないのふぃん!」
答えを聞いた途端、思わず首を傾げてしまった。こんな餓鬼の癖に、オレの前で自分の下着を選んで買うのは恥ずかしいらしい。変なやつ。
「あ?心配しなくてもお前みたいな餓鬼に、なにも感じねーよ」
「っ…!ふぃんのバカー!そういうもんだいじゃないの!!」
「あだっ!」
気にしてるみてーだから本当のことを言ってやっただけなのに、抱き上げてる位置から顎に思いきり頭突きをかまされた。油断してたとはいえ、オレに頭突き食らわせるなんざやっぱりこの餓鬼はタダ者じゃねぇらしい。
それはそうと、なんでオレが頭突きなんかされなきゃなんねーんだ!
「ってぇなこの餓鬼!」
「ふぃんがわるいんじゃんかー!!」
「ああ゛?やんのかコラ!」
凄んでやれば、ナマエは一瞬びくりと震えて…両目いっぱいに涙を溜めて小さく震え始めた。
「…何かあったらすぐ泣きやがる。だから餓鬼は嫌いなんだよ」
吐き捨てるように言ってやれば、ナマエは目に涙を溜めたままキッとオレを睨み付けた。
「…ないてない」
「泣いてんじゃねぇか」
「ないてないもん。…なくわけない」
餓鬼にしては落ち着いた、静かな声。ナマエは一瞬目を閉じて自分の腕をきゅうっと握ると、今度はしっかりとした目で此方を見据えた。
「なかないよ」
その目が何かを決意したような、覚悟を決めたような真摯な目をしていたから、思わずオレも真顔になる。
「…そうか。ならいい。オラ、さっさと選んでこい」
ナマエに少しの金を手渡し、くるりと背を向ける。背後でナマエが歩き出したのを確認すると、オレも入口にある椅子に向かって歩き出した。
コイツの過去に何があろうと、コイツが何を抱えていようとオレには関係ない。そこに踏み込む必要なんかない。
「あー…だりぃ」
袋を持って戻ってくるナマエを見て、何してんだオレは。と心の中のオレが問いかけた。