先日の仕事は、待ちに待ったものだった。
るんるんとまるでスキップでもするように夜の闇に紛れながら家々の屋根を飛び回る。
手に入れて数日も経っていないお宝ちゃんに軽くキスを落とすと、コロリと手の上に転がした。
「“人魚の涙”ちゃんゲット!ん〜めちゃくちゃ綺麗だなぁ…」
誰が見ても惚れ惚れしてしまうほどの見事な雫形のダイヤ。カットもそれはそれは見事なもので、何ヶ月も前からこれの為に準備してきたのだ。
その甲斐あって、盗み出すのにも大して苦労せずに仕事を終えることができた。拍子抜けするほど簡単な仕事は普段の私ならおかしいと違和感を感じるものであったけど、欲しいものを手に入れて浮かれていた私は何も気付かなかった。
それは数日経った今日も変わらないことで。
「お前が怪盗“none”だな?」
「っ、な…!」
突然声をかけられるまで全く相手の気配に気付くことが出来ず、振り向いた時にはもう遅かった。
「これはっ…?」
相手から放たれた念が私を包み込んで行くのがわかる。それと同時に、自分の体のあちこちに違和感が走った。服はだぼだぼになり、手のひらは小さく縮んでいく。
まるで、小さな子供のように。
「“人魚の涙”を返してもらおう」
すぐ後ろから聞こえた声にしまったと思う間もなく、腹部に熱い衝撃が走る。とっさに身を捩ったおかげで急所は外れていたが、念で強化された手刀に貫かれた脇腹はドクドクと大量に出血していた。
「くっ…!」
「お前もここまでだ」
ゆっくりと近付いてくる男を前に、ぐっと唇を噛む。コイツは普段の私なら倒せる程度の念能力者だ。しかし今の私は何故か体が思うように動かず腹部に怪我もしている。つまり、絶対的に不利な状況だ。
…仕方がない。
「このかりは…いずれ」
私は相手を強く睨み付けると、相手よりも先に自身の念を発動させた。
体が、重い。
私は自分を何処まで飛ばしたのだろう。
ずるずると体を引き摺るように壁を伝って歩いているが、どうやら限界が近いらしい。視界がぼんやりと霞んできた。
「う…あ…」
目の前にある高い物体を掴む。電柱だと思っていたそれは布に包まれていて温かかった。
もう保ちそうにない。
「――――!」
電柱が、喋った?
最後に変な疑問を残して私は意識を手放した。