最初に違和感に気付いたのはゴンだった。
「あれ?ナマエは?」
ゴンの言葉にキルアもキョロキョロと辺りを見るが、やはりナマエの姿はない。キルアがさきほど一瞬だけ感じた妙な気配は彼女が移動したものだったらしい。
「知らねーけど、レオリオとクラピカのとこじゃねーの?」
「うーん…そうかな?」
未だに納得がいかないような表情のゴンも、話題がヒソカの話になるにつれ彼女は彼等と一緒だと思うことにしたらしい。
「クラピカー、レオリオー、ナマエー!キルアが前に来たほうがいいってさー!」
「だアホー!いけるもんならとっくに行っとるわー!」
「そこをなんとか!」
大声を張り上げて会話をする2人にキルアとクラピカはやれやれと溜め息を零す。
「まったく…緊張感もなにもあったもんじゃない」
そしてクラピカやレオリオから数メートル離れたところを走っていたナマエにも、その声はしっかり届いていた。
「霧に乗じて」
きっと、あの男は殺しを始めるだろう。そこが狙い目。生き物はみな狩りをする際が一番無防備になるのだから。
クラピカやレオリオを観察しながら静かに後を尾いて走る。彼等には悪いが、もしあの男が彼等を殺したとしても私は助けないだろう。彼等の生死は彼等の問題だからだ。
「そろそろか」
霧が少しずつ濃くなってきた。疼くような殺気に反応しそうな体を抑えてその時を待つ。ゆっくり静かに気配を絶つと、クラピカとレオリオの斜め後ろまで移動した。
「霧が濃くなってきたな…」
「そうだな…ってイデェ!」
「っ!」
きた。男が行動を開始したらしい。クラピカはあのトランプを上手く弾いたが、レオリオの腕には深々と其れが刺さってしまった。幸いまだ私には気づいていないのか、此方にトランプが飛んでくることはなかった。
「クック…★試験官ごっこ◆」
何をする、というクラピカの問いに酷く嬉しそうな顔をしたあの男が出てきて答える。
彼等が言葉を交わしている間も気配を絶つことは怠らない。この男なら私が気を緩めた瞬間私の存在に気付くだろう。
「ふざけるなよ!」
「んー◇君たちにはコレで1枚で充分…★」
いきり立ち襲いかかってくる受験生たちをトランプ1枚で次々と肉塊に変えていく男。
あっという間に残るはレオリオとクラピカと男の3人となった。
「今は勝ち目がない。バラバラに逃げるんだ!」
男の言葉で3人が散らばっていく。なかなか予定通りにいかないものだなと心の中で零しながらまた機を待った。先程の受験生たちは弱すぎて話にならないためあんな中狙えば完全に気付かれるだろう。あの3人の中でも多分男の目に止まるのはクラピカくらいだ。
「よぉ」
「オヤ☆戻ってきたのかい?」
そうこう考えている内にレオリオが戻ってきてしまった。一番勝算が薄い彼が戻ってきたことが私には理解できない。
「こちとらやられっぱなしで黙ってられるほど…気ィ長くねぇーんだよ!」
男のオーラが少しだけ跳ねた。どうやら少し彼にも興味を持ったらしい。よし、狩るか――…。
「っ、ゴン!?」
一歩踏み出そうとした途端、男の額にルアーのようなものが当たる。竿の先にはゴン。思わずまた隠れながら舌を巻く。
私も気が付かなかった。
「ヘェ…◆」
嬉しそうに唇を舐める男の興味は完全にゴンに向いていた。その証拠に先程興味を示しかけていたレオリオを何の躊躇いもなく殴り飛ばした。(トランプを使わなかったところを見るとレオリオも未だにお気に入りのようだが)
「ねぇ◇その武器、ちょっと見せてくれないかい?」
声を掛けられてもゴンは立ちすくんだまま動けないようだ。丁度いい。
男がゴンの顔に手をかけた瞬間、一瞬で移動して男の手を切り落とし腹を蹴った。
「オヤ…☆やっと来てくれたのか◆」
…と思ったが、どうやら腕を切り落とすまではいかなかったらしい。男の腕の怪我は酷い切り傷程度で済んでいた。
「あ…ナマエ…?」
「大丈夫?ゴン」
助けに来たわけではないが虚ろな目で立ち尽くすゴンに軽く声をかける。相当参っているゴンの様子を見て、やっぱりコイツは此処で始末しておこうと思った。
「クク、ナマエか◇いい名前だね★」
「どうも」
一言だけ返して攻撃しようとすると、場にそぐわない電子音が鳴り響いた。男は「ちょっと待ってて☆」と私に笑顔を向けて電話に出る。
「ああ、うん。わかったよ◆じゃあね」
男は電話を切ると静かにレオリオを肩に担いで此方に笑顔を向ける。
「ちゃんと来れるかい?」
「逃がさない」
「うーん、嬉しいんだけど今は止めておくよ★せっかくだから楽しみは後に取っておきたいし◇」
早く来ないと失格になっちゃうよ?じゃあね◆と言いたいことだけ言った男はレオリオを肩に担いだまま行ってしまった。
追いかけて殺すこともできるが、なんとなく、あの男よりもゴンが気になってその場に止まった。
「ゴン!無事か?」
「…クラピカ?」
「ナマエ!なぜ君が此処に?」
顔色の悪いゴンに寄り添うように立っていたらクラピカがやってきた。
どうやら彼も仲間を心配して戻ってきたくちらしい。…彼は冷静だからそんな行動をとらないと思っていたが、予想外だ。
「だ、いじょぶ…。ナマエがヒソカから助けてくれたんだ」
「ナマエが…?」
「あー、私は私の理由で来ただけだから。気にしないで」
信じられない、というような顔を向けて来るクラピカにひらひらと手を振りながらそう言う。
私は感謝されるようなものじゃないし、何より最初は彼らを見捨てる気でいたのだ。
「ゴン、レオリオは…」
「うん。ヒソカが連れて行った」
「よし、我々もすぐに追おう」
「けど道はわかるの?」
霧が随分と濃くなっていたし、何よりヒソカとも随分離れていて気配を辿るのも難しい。どうするのか、と思いきやゴンは自分の鼻を指差しにこりと笑った。
「オレ、追えるよ!」
「は?」
「レオリオのオーデコロンの匂いは独特だから、オレの鼻なら追いかけられる!ほら、こっち!」
「…野生児だ」
「全くだな」
珍しく一致した私とクラピカの言葉をよそに、ゴンは1人はやくはやく!と私たちを急かして走り出した。私はその背中を追いながら少しだけ笑みを零す。
どうやら私のデータはまだ不完全なようだ。
人間とは私が思っている以上にすごい生き物なのかもしれない。