「おまっ…、なんで、全然疲れてねーんだよ!」
「だから言ったでしょ?私はヒトより疲れを感じにくいんだって」
「す、すごいね…!」
少し息を切らせたキルアとゴンは、他の受験生たちが後ろから登ってくる間に息を整えている。
先程の競争で随分出遅れた私はちょっとずるいがニトロを使って見事逆転勝利した。試験官すら抜かしてしまい少し困ったが、階段を登りきるだけだったので迷うことはなかった。
しかしこの2人には本当に驚かされた。
「ちょっと本気出したのに、私についてこれるとは思わなかったよ」
「なめんじゃねーよ!」
「後ちょっとだったんだけどなぁ〜」
2人は本気で悔しがっているが、私からしてみれば本当に驚きだった。
まさか機械の私に匹敵するほどの速さを持つ人間が居るとは。しかもまだ2人とも幼い子供だ。これからもっともっと心身ともに成長して行くだろう。
「末恐ろしいな…」
「なんか言った?」
「いいや、なんでもないよ」
ぼそりと呟いた言葉はキルアに聞こえていたようだ。耳も鍛えられるのかな、なんてぼんやり考えていると、金髪の綺麗な顔の人間と長身で半裸のサングラス男が此方に近付いて来た。
その姿を見つけた途端、ゴンが嬉しそうに声をあげる。
「レオリオ!クラピカ!」
「よぉゴン、どぉだ!俺ァやってやったぜ!」
「まだ一次試験なんだけど」
「うるへーキルア!」
「…そちらの女性は?」
わいわいと盛り上がる雰囲気にどことなくついていけなくて黙って立っていると、金髪の…青年が私の話題を振った。
どうやらまたヒトから警戒されているらしい。
「あ、そうだ2人とも!この人はナマエって言って、すっごく足が速いんだよ!」
「人より疲れねーとか言って、どんだけダッシュしても汗ひとつかかないんだぜ?」
そんな青年の様子を知ってか知らずか(キルアは分かっているはずだが)、彼等は嬉しそうに私の紹介を始める。
「俺はレオリオだ!あんた医者か?」
少し頬を赤らめながら長身の男が自己紹介を始めた。私の白衣を見て医者と勘違いしたのだろう。彼は半裸のままだったが本人は気付いていないようだ。
少し迷ったが特に気にせず普通に返事をすることにした。
「私はナマエ。医者ではないよ、資格がないから。でも一応医学の知識はある」
嘘は言っていない。私の頭の中には様々な種類の大量のデータが入っているため、応急処置はもちろんのこと、手術の知識だってある。(まあ実戦経験はないのだけれど)
彼は私の話しを聞くと何故か顔を輝かせて「俺も医者志望なんだ!」と語り出した。私は医者を志望しているわけではないのだがそんな口を挟む隙もなく。
「レオリオ、その辺にしておけ。私の自己紹介が出来ないだろう」
終わりそうもない話(主に医者の話より医者になるためにかかるお金の話だった)を遮ったのは金髪の彼で、彼はまだ警戒心の残る少し強張った顔で自己紹介を始めた。
そんな彼を見つめていた私はあることに気付く。…これは珍しい。
「私はクラピカという」
「私はナマエ。クラピカはクルタ族なのか。生き残りが居たとは知らなかった」
「っ…!何故それを!」
彼は突然武器を構えると私の喉元にそれを向けた。彼の瞳が綺麗な緋色に染まっていく。
嗚呼、どうやらまた私はヒトを怒らせてしまったらしい。
「答えろ!」
「申し訳ない、私は情報を集めるのが趣味なんだ。君の服を見てクルタの民族衣装だと分かったものだからつい口走ってしまったの。気を悪くさせてしまったなら謝るよ」
キルアの時と同じように謝罪の言葉をかける。だが彼は私の言葉では納得がいかなかったらしく、まだ疑いの眼差しで此方を見ていた。
「クラピカ、ナマエは悪い人じゃないよ」
そんな彼と私の間にゴンが入り込み、真摯な瞳で彼を見つめる。暫く2人は見つめ合っていたが、彼は瞳の緋色が引くと軽く俯いて目を伏せた。
「すまなかった。感情的になってしまって」
「いや、私こそ初対面なのに不躾に申し訳ない」
私も素直に謝ると、彼は少しだけ表情を和らげた。謝り合う私たちを交互に見て、ゴンが嬉しそうに声をあげる。
「2人とも仲直りできてよかったね!」
仲直りというゴンの言葉がなんだか妙に可笑しくて、クラピカと顔を見合わせて小さく笑った。
どうやら私にも笑顔というものはあったらしい。新たな発見だ。
「では皆さん、これからこの湿原を抜けて二次試験会場まで向かいます」
試験官の声に私たちが振り向くと、ゴゴゴ…と鈍い音を立てて階段にシャッターが降りた。
どうやら一次試験はまだ終わっていないらしい。
「ここはヌメーレ湿原。通称“詐欺師の巣窟”です」
ヌメーレ湿原は確かに通称詐欺師の巣窟と呼ばれている。其処に住みつく生物たちがあの手この手で人を騙し、捕食するからだ。
「騙されると死にますよ」
こんな時でも表情を変えず淡々と告げる試験官は少しNo.003に似ている気がした。
「騙されるな!そいつは嘘をついている!」
ぼんやりしているといつの間に現れたのかボロボロのヒトが何かを引きずってやって来た。その自称“本物の試験官”によると、どうやらNo.003に似ている試験官は偽物で猿が化けているのだという。
「馬鹿らしい」
こんなものに引っかかるほどヒトの知能は低くない。私が半ば呆れながらソイツを見ていると、受験生たちの間に少しだけ動揺が走った。まさか。
「くそっ、どっちが本物なんだ…?」
「レオリオ…」
彼の小さな呟きは多分私だけの耳に届いた。小さく呼び掛けて呆れたような視線を送る。
彼は本当に医師を志す者なのだろうか。
私のヒトについてのデータも少し修正が必要かもしれない。
「――っ、」
突然発せられた殺気と共に飛んできたものを素早く掴む。見たところ念とやらで強化されているのだろうそれは、鋭い切れ味を持っていた。
「トランプ…?」
「ギャッ!」
私が手に持った数枚のトランプを見つめていると偽試験官が叫び声をあげて倒れた。顔には私や本物の試験官が投げられたのと同じトランプを突き刺している。
「クック、成る程成る程★」
声をあげたのはあの奇抜な格好の男だった。あの抑えた殺気だけでは足りなかったのか、今度は明らかに私を挑発している。
「本物のハンター試験の試験官なら、あの程度避けて当たり前◇」
逃げ出そうとした猿もきちんと始末しながら男は嬉しそうに笑う。
受験生たちは男と試験官のやり取りに夢中だ。どうやらゴンたちにもまだ私が攻撃されたことはバレていないらしい。私は静かに彼らから離れる。
「今後、いかなる理由があっても試験官である私へ攻撃した者は失格とします」
「ハイハイ…☆」
どうやら話はついたらしい。再び走り出そうというときに、先程の猿たちの死骸にカラスが群がって啄んでいく。
「皆さんも騙されるとああなりますよ」
惨いな、という呟きがどこからか聞こえてきて思わず笑ってしまった。
こんなものただの食物連鎖だ。これ以上に惨いことなんて周りにもたくさんあるじゃないか。
「ヒトは弱いな」
私は小さく呟くとゴンたちと会わないよう気をつけながら集団について走り出した。
――惨いことを
――仕方ないさ、世界のためだ
――そうだろう?ナマエ…
「私は知らない」
少しだけ頭の隅を横切った映像は、無理やり頭の奥に押し込んだ。