「走るのか」
どうやら一次試験は既に始まっていたらしい。少しずつ速くなる集団のペースとヒゲおじさんの早歩きがそれを物語っていた。少しだけ足を早め、先頭集団に位置する。
別段疲れたわけでもなかったが、背後からくるねっとりとした視線と肌を刺すような殺気に反応してしまいそうなため距離をとったのだ。
今回の試験で目立つような行動は慎めと言われている。そのため殺しはできる限りせず、するなら誰にも見られない場所のほうが好ましい。
「殺るならもう少ししてからかな」
殺気を飛ばしてくる奇抜な格好の男をチラリと一瞥して確認すると、バチリと目が合いウィンクをされた。ぞわりという感覚とともに腕にざらりとしたものが浮き出る。
…どうやら私にも鳥肌というものが立つらしい。
なかなか貴重な経験をさせて貰った。(ありがたいとは思わないが)
そのまま適当に首を回して、周囲の人間を観察する。ぐるりと360°首を回して見たほうが早いのだがそういうわけにもいかず、きちんと半分まで行ったところで戻し、逆に向けた。
「…No.002?」
「カタカタカタカタ」
顔を向けた先には、懐かしい顔があった。随分前に廃棄されたと聞いていたのだが、まさか生きていたとは。
何故だかポリゴンのような自分の顔中に針を突き刺したNo.002は、一向に反応する様子を見せずにただカタカタと揺れ続ける。
「どうしてキミが此処に?」
「カタカタカタカタ」
…やはり違和感がある。
No.002に顔は似ているが服装や雰囲気がまるで違う。あんな風に顔中針まみれでもなかった。(そもそも私たちの体に刺さるような針は存在しない)
念のためスキャンしてみれば生体反応がある。どうやら不覚にも私は人間とサイボーグを間違えたらしい。
「…すみません、知り合いに似ていたから」
「カタカタ 別に 」
一応謝罪の言葉をかけると、初めて返事が返ってきた。グロテスクな見た目とはとても不釣り合いな綺麗なテノールが響く。
「…喋れたんですか?」
「カタ オレ喋れないなんて言った? カタ」
コトリと首を傾ける動作は彼がやることによって威力を数十倍増していた。(もちろん恐ろしい意味で)不思議な人間だ。
どちらかと言わずとも、人より私たちサイボーグに似ている。だから私もNo.002と間違えたのだろう。
「不思議なヒトですね」
「キミもね カタカタ」
私はヒトじゃないけど、という言葉は飲み込んでお互い無表情で顔を見合わせる。少し胸の部分がぽかぽかするような、この感情は何というものなのだろうか。
「あ、オレそろそろ行かなきゃ」
「そうですか」
カタカタがなくなったなあなんてぼんやり考えていたら、彼が私に針を刺したのに全く気が付かなかったようだ。小さく響いた金属音によって漸く気付く。
「ふーん、やっぱりキミって変だね。頑張って残りなよ、またね」
突然のことに思考が一時停止する。そんな私に構わずカタカタ男は全く悪びれた様子もなくそう言うとふっと気配を消した。なんだったんだ一体。
「ハンター試験もつまんねーな」
後ろから聞こえてきた小生意気な声に反応して振り向くと、ふわふわの銀髪を持った猫目の少年と一次試験開始の際にチラリと見た黒髪の少年が元気に走っていた。
暫く見ていると視線に気付いたのか黒髪の少年がにこりと笑顔を向けてくる。
「お姉さん全然えらそうじゃないね!」
「私はヒトより疲れを感じにくいから」
「なんだよそれ」
私の言葉に銀髪の少年もふっと笑顔を見せた。しかし未だに警戒を解かないところを見ると、幼いのによく訓練されていることが伺える。
私が少し感心しながら彼等を見ていると、いつの間にか彼等の間に挟まれて走っていた。…何故。
「オレ、ゴンっていうんだ!お姉さんは?」
満面の笑みで訊ねてきた少年の問いに悪い意味でドキリとする。
不味い、私には名前と呼べるものがない。No.004は実験での被験体番号なので名前とは言えないだろう。(少なくとも彼等の前では)
どうするか、と必死で頭の中のデータベースを探ると名前になりそうなものを見つけ慌てて口にする。
「ナマエ」
「ナマエさんかぁ!いい名前だね!」
「そーかぁ?オレはへんな名前だと思うけど」
「キルア!」
ゴンの言葉でもう1人の少年がキルアという名前だと分かった。
成る程、ならばあの警戒心も納得がいく。
「キルア=ゾルディックくんか」
「…なんだ、オレのこと知ってんの?」
ドクターが入れてくれた脳内にあるデータベースで彼の名前を探し当ててみせると、彼は冷たい顔でにこりと笑った。
「有名だと聞いてるよ。私は情報を集めるのが好きなの、だから気にしないで欲しい」
どうやら気を悪くしてしまったようなので謝罪の言葉をかければ、彼はぽかんとした顔でこちらを見る。
「…オレが怖くねーの?」
「何故?」
本当に疑問に思って質問に質問を返せば彼は私を見てぷっと吹き出した。
「ははは、変な奴!」
「キミもね」
「え?なになにどういうこと?」
突然笑い出したキルアとそれをぼんやり見つめる私を交互に見て首を傾げるゴン。残念だが私にも理由はわからないため答えてあげることはできない。
「キルア」
「ん?」
「だから、キミじゃなくてキルアって呼べよな」
突然の笑いが治まってまだ少し笑みを浮かべたままのキルアが私にそう言った。どうやら私は一応警戒を解いても大丈夫だと認められたらしい。
「分かった、私もナマエでいい」
「ずるいよ2人とも!オレもちゃんと話しに混ぜてよ!」
「わりーわりー」
苦笑いするキルアの横で少し拗ねたように頬を膨らませるゴンは素直に可愛らしいと思えた。
また1つ、感情を学んだようだ。彼等と…いや、ドクター以外の人間と接すると、感情はこんなにも簡単に学べる。
私はそれを彼処を出て初めて知った。
「オレは、親父を探すためにハンターになるんだ」
「オレは暇つぶしかな。ナマエは?」
ぼんやりとしている間にも会話は進んでいたらしい。突然話しを振られて戸惑いながらも聞いていなかったとも言えず、必死で頭を働かせる。
「え、あ…私は、」
「あ、言いたくないんだったら別に言わなくていいよ?」
「そーだぜ。別にお前にそこまで興味あるわけじゃないし」
言葉に詰まっていると何を勘違いしたのかそんな言葉が返ってきた。ヒトとは全く不思議な生き物だ。相手が何も言わずとも“空気を読んで”遠慮したりする。
「いや、別に言いたくないとかじゃないよ。うまい言葉が見つからなくて。簡単に言ってしまえばライセンスが欲しいんだ」
「なんで?」
興味がない、と言った割には興味津々で訊ねてきたキルアを見詰める。
「あるヒトが欲しがってるから。私はそのヒトのために在るの」
事実を淡々と述べれば、彼等の表情が少し曇った気がした。がすぐに笑顔になってゴンがそっか!と言葉を返してくれた。
…気のせいだったのだろうか。
「お、もうすぐトンネル抜けるみたいだぜ」
キルアの言葉に前方を見れば長い階段の先に眩しい光が見えた。
「よぉーし、なら競争しよう!」
「あっ、ずりーぞゴン!」
無邪気に笑い合いながら駆け出す2人の後ろ姿を目を細めながら追いかける。私には階段の先にある光よりも、彼等の背中の方が眩しくて仕方がなかった。
これが、憧れというものなのかな。