「ハンター試験を受けてきたまえ」


ドクターに頼まれて少しお使いに行って来たある日。彼は帰って来た返り血まみれの私を見ていつも通り満足げに笑うと、ゆっくりとその言葉を吐き出した。


「…ハンター試験、ですか?」

「そうだ。キミにはもう充分過ぎる程の実力がある。それにライセンスはとても役に立つのでね、私のこれからの研究がさらに円滑に進められるだろう」


ドクターは目を爛々と輝かせ、欲しいものを目の前にした子どものような顔をしていた。彼にしては珍しくひどく饒舌だ。


「了解しました。ハンター試験に合格してライセンスを持ち帰ります」


基本的に私には余り自我というものがない。だから私の存在意義は、彼の願いや望みを出来うる限りすべて叶えることだけなのだ。
いつも通り淡々と了解の意を示した私に、彼は小さなメモを手渡す。


「そこに今回の試験のことがいろいろと書いてある。時間もないから移動中にでも目を通しておいてくれたまえ。何かあった場合のみ私のコンピューターに回線を繋いでくれ。いいね?」

「了解しました、ドクター。失礼します」


私を急かす研究員たちから動きやすそうなタイトな服を受け取りすぐさま着用する。黒光りする服は露出が多かったため、通路にあった白衣を羽織って外で待つ飛行船へと乗り込んだ。











ザバン市ツバシ2-5-10。
何の変哲もない定食屋の前に着いた私は、特に疑問に思うこともなく店内に足を進めた。


「いらっしぇーい!」


店主らしき男の声が大きく響く。店内にはチラホラ客が居るが、皆一般人のようだ。私は店主を真っ直ぐ見据えるとステーキ定食を注文した。店主はその言葉にピクリと反応し、にこりと愛想のよい笑顔を浮かべる。


「焼き方は?」

「弱火でじっくり」

「1名様奥の部屋にご案内ー!」


此方へどうぞ、と案内された部屋はどうやら大きなエレベーターになっているようで、中央に置いてある席に着きステーキを頂いているとゆっくりと下に動き出した。

美味しいステーキもちゃっかり食べ終えてからエレベーターを出ると、むしむしした地下トンネルのような場所に受験者と思われる人間たちが集まっていた。


「はい、此方があなたのプレートです」

「ありがとう」


マメのような生き物(あれは本当に人間なのか?)から222とかかれたプレートを受け取ると、手早く白衣に付け人気の少ない場所に移動する。やはりハンター試験ともなると女が居るのは珍しいのか、周りからは様々な囁きが聴こえてきた。


「えらい別嬪さんが来たもんだなぁ…?」

「ハンター試験をナメてると痛い目見るぜ」


私の耳は5km圏内の音声なら鮮明に拾えるため彼らの囁きは普通の会話として聞こえるのだが、言われていることに対して別段何の感情も湧かないため放っておくことにした。


「やぁ君、見ない顔だね。新人だろ?」


それより今は目の前に来たこのデカ鼻男だ。デカ鼻男は愛想のよい笑みを浮かべると私に手を差し出した。


「俺はトンパ。ハンター試験は今年で30回以上のベテランさ。わからないことがあったらなんでも聞いてくれ!」


トンパが私に近付き話しかけるところを見て、周りの受験者たちが何事かを囁き合い出した。


「“新人潰しのトンパ”じゃねーか」

「アイツも毎年よくやるよなぁ」


彼らの話しによるとこの目の前に居る男は私を潰そうとしているらしい。
馬鹿な男だ。


「どうも」


差し出された手は無視して一応返事を返すと、少し気まずそうにして手を引っ込めた。


「はは、そうだよな。これはハンター試験なんだ、普通は疑うよな。けどそう身構えないでくれ、俺はあんたの役に立ちたいだけなんだよ」


少し悲しげな雰囲気まで醸し出している男を見て流石ベテランだと感心してしまった。この男はどの様にすればヒトを騙せるか、それを熟知しているようだ。しかし、残念ながら私はヒトではない。


「親切にどうも、“新人潰しのトンパ”さん。あまり私の周りを彷徨かないで欲しいな。目障りだから」


淡々と事実だけを告げると、男は次第に怒りに顔を赤くして私に小さなナイフを突き刺した。
勿論、金属の弾け合う音がしてナイフが欠けただけだけれど。


「は…?なっ、なんでナイフがっ…」


目を白黒させて驚いているトンパに近付き肩を叩くと、小さく囁く。


「キミに対して特に何の感情もないけど、これ以上私に関わるならキミを殺すよ?」


私の言葉を聞いたトンパは顔を真っ青にして慌てて逃げて行った。
ふと足元を見れば奴が落として行ったのであろう缶ジュースが何本か落ちている。1つ拾って飲んでみると、ジュースの成分の他に無味無臭の強力な下剤が入っていた。私には効かないけど。

私はサイボーグだがヒトに近いため、飲食も普通に出来る。体の仕組みは半分がヒトで半分が機械であると言っていい。
しかしドクターのおかげで体の硬度はダイヤモンド並みだが重量はヒトと同じで、毒やウイルスなども感染はするが自分で抵抗や解毒成分を作り出すことが出来る特殊な体となった。この体はいろいろと便利なのである。
私を造ったドクターが如何に優秀かということがよく解るだろう。





そんなことをぼんやりと考えていると突然けたたましいベルの音が鳴り響いてきた。顔を其方に向けるとふざけた顔をしたベルを持つ不思議なヒゲおじさんが立っていた。


「では、以上で受け付けを締め切りたいと思います」


どうやらとうとう超難関と言われるハンター試験が始まるようだ。
少しだけアドレナリンが多く出てきた気がする。


「わくわくするね!」


黒髪の小さな子どもの言葉に、成る程これが“わくわく”という感情なのかと1人頷いていた。





 

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