雑踏の中、名前を呼ばれたような気がして振り向く。
がやがやと大勢の人々で賑わう街の中には様々な音が響いていたが、先程一瞬聞こえた、切ないような必死な声はもうどこにも聴こえなかった。


「…空耳、かな?」


いくら耳を澄ましても聴こえない。おかしいな、聴こえない声なんて。
視界の端に先程古本屋まで案内してあげた男性の姿がチラリと映ったが、さして気にせずくるりときびすを返すと手に持つ地図を握り締め、約束のホテルへと足を進めた。






「ヒソカ様のお連れの方ですね。お部屋にご案内致します。」


約束のホテルのカウンターでヒソカの名前を出せば、ボーイはそそくさと私の前に立って歩き出す。このホテルも前のホテルに負けず劣らず高級なもののようで、周りに居た豪華な身なりの客からは場違いだとでもいうような視線をひしひしと感じた。


「此方で御座います。」


ボーイはさっとドアを開け、私が中に入った途端カチリと鍵をかける。


「申し訳御座いませんがヒソカ様からこのように頼まれています。何か御用が有りましたらフロントまでお電話ください。」


気配からボーイがドア越しにそう言うと、そのまま一礼して立ち去ったのが分かった。


「また、か…。」


ふう、と小さく溜め息を吐いてキングサイズのベッドに身を投げる。ヒソカはまた、私をこの部屋に閉じ込めたいようだ。どうしてそんなにも頑なに私を外の世界に出したくないのか。

暫く考えてはみたものの、ヒソカの考えることなんて私には何ひとつ分からなかった。


「“フィロソフィ”…。」


何気なく吐いた息と共に、自分でも思いがけない言葉が洩れた。


「ふふっ…あの人が古書なんて読むのかなぁ…?」


ゴロゴロと寝そべったまま、先程のゴツい強面の男を思い浮かべる。あんな街中であんなに堂々と盗みを働いていて、ただ者じゃないな、とは思っていたけれど。


「なんか、似てたなぁ…。」


往来で人目も気にせず困ったと頭を掻く彼の姿が、昔一緒に居た仲間を思い起こさせたのだ。だからつい、手を貸してしまった。


「うーん…誰に似てたんだっけ…。」


久しぶりに外に出た所為か、少しずつ睡魔が襲ってくる。半分微睡みながら反応の鈍い頭を回転させていると、やっと懐かしい名前を思い出した。


「ああそうだ…フィンクス、だ…。……っ…!」


ぽつりと自分が呟いた言葉にハッと反応してベッドから飛び起きた。そうだ、馬鹿か私は!


「もしかしたらあれは本当にフィンクスだったんじゃ…。」


眠気はあっという間に吹き飛び、私は落ち着かないように部屋の中を行ったり来たりする。
そうだ、なんで気付かなかったんだろう。フィンクスはあの頃と変わらない顔をしてたのに。


「そっか、だから“フィロソフィ”を…。」


私の中ですべての答えが繋がった気がした。何故フィンクスが“フィロソフィ”なんて古書を探していたのか。もちろんその答えは一つしかない。


「クロロ…。」


クロロは、生きている。しかも意外と身近な場所で。
だからフィンクスに最寄りの街までお使いを頼んだのだろう。フィンクスが大人しく命令に従う相手なんてクロロしかいないし、何より“フィロソフィ”なんて哲学書を好んで読む人間なんて、クロロしか考えられない。


「みんな…!」


嬉しくて嬉しくて、なんだか今すぐにでも泣き叫びたい衝動に駆られた。それを必死で押し殺して、冷静に考える。
クロロとフィンクスが一緒ってことは、多分他のみんなも一緒なんだろう。きっと、この街からそう遠くない廃墟にでもアジトを構えているはずだ。


「よし…!」


そうとわかれば、こんな所でぐずぐずして居るヒマはない。私は簡単な身支度を整えると、置き手紙代わりに念でヒソカにメッセージを残した。


“今まで有り難う、クロロが見つかりました”


お世話になったのに、少し簡単すぎるかなと一瞬思ったけれど、私には彼等より大切なものなんて要らないと考え直してホテルのドアを破壊した。










「お、お待ちくださいお客様!困りま…」

「退いて。退かないなら殺す。」


簡単な要求を先程から何度繰り返しているだろうか。ホテルの人間はよほどヒソカに強く頼まれているらしく、1人殺しても次々に湧いてくる。仕方ない、一般人に念は使いたくなかったけれど。


「共震破壊(セルデスト)」


私が念を発動すると、一番手前に居た男の体が一部ずつ破裂する。


「ひっ…があっ…た、すけ…ギャアアア!」

「…こうなりたくなかったら、邪魔しないで。」


他の人間に見せ付けるようになぶり殺せば、ホテルの人間は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


「ば、化け物ォォ!」


たまたま見ていたのだろう、宿泊客と思わしき人間たちが悲鳴を上げ、罵声をあげる。私がゆっくりとそちらを振り向けば、彼等は恐怖で萎縮した。

嗚呼、なんて弱い。なんて脆い。

目に怯えた影を映している彼等に、小さく微笑む。


「そうだよ、私は…化け物だ。」


そして再びゆっくりと体の向きを変えると、出口に向かって走り出した。



大切なものを、今度こそ掴めるように。





 

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -