今日の寝起きは最悪だった。
ウヴォーの野郎が久しぶりにアジトに来て、目覚まし代わりに思いっきり叫びやがったせいで鼓膜は破れかけたし、窓ガラスは粉々。それでもなんとか怒りを抑えて広間に行けば、昨日盗ってきた朝食も全てウヴォーが平らげた後だった。
「オイてめェいい加減にしろや。」
「あー悪い悪い。」
「悪いと思ってねーだろてめェ!」
本気でキレた俺の様子を見て、ウヴォーの野郎はにやりと笑う。コイツ、わざとやってんのか?
「喧嘩売ってんのかてめェ。」
ボキボキと拳を鳴らしながらウヴォーの前に立つと、ウヴォーも嬉しそうに立ち上がる。
「最近弱っちい奴ら潰すばっかりでつまんねえんだよ。フィンクス手加減なしでやろーぜ?」
「上等だコラ。」
俺はぶち切れそうな血管をなんとか堪えながら練をする。ウヴォーも念を発動しようとすると、俺とウヴォーの間にシズクとマチが割って入った。
「団員同士のマジギレ禁止。」
「悪ィのはウヴォーだろォが!」
「朝飯食われたぐらいでガタガタ言ってんじゃないよ。欲しいなら盗ってきな。」
マチの言葉に、いつの間にか広間に居た全員がうんうん頷く。
つーかなんで俺が悪いみたいになってんだよ!?
「あーもうわかったよ!俺が行きゃあいいんだろーが!」
「ガッハッハ、悪ィなフィンクス!」
「笑ってんじゃねーウヴォー!」
元はといえばおめーの所為だろうが!と怒鳴ったところで、ウヴォーは相変わらず馬鹿みたいにデカい声で笑うだけだ。
ったく、マジでついてねえ。
「ああ、フィンクス。街に行くのか?」
さっさと朝食を取りたかった俺が足早に広間を出ると、丁度部屋から出てきた団長に出くわした。
「ああ。朝飯盗ってくる。」
「なら、ついでにこれも頼む。」
そう言って渡された紙には、結構な数の品名が書かれていた。この量を1人で買って来いってか?
少し眉を寄せ不満げな顔をすると、団長はくすりと笑って出口を指差した。
「さっきフェイタンが新しい暗器を買いに行くと言っていたから、フェイタンにも頼んでおいた。2人で行ってきてくれ。」
「…わァーったよ。」
面倒くせーな、なんて呟きながら出口に向かえば、後ろからお釣りはやるから好きな物買っていいぞー!と叫ぶ団長の声が聞こえた。
つーか金貰ってねェしどうせ盗むだけだろ!
「遅い。何やてるか。」
外に出ればイライラした様子のフェイが二階から飛び降りてきた。ったく、イラついてんのは俺のほうだっつーの!
だがここは大人になれ、俺!
「悪ィな、団長に頼まれてよ。」
歩きながら一応謝れば、フェイタンがこれでもかというくらい不信な目を向けてきた。
「なんだよ?」
「お前、本当にフィンクスか?フィンクスが謝るなんて有り得ないね。」
「てめェ…!」
フェイタンの言葉にピキリと青筋を立てると、やぱりフィンクスか、と呟かれた。
オイ、お前はいつも俺をどんな目で見てんだよ。
適当に話しながら走ると、あっという間に街に着く。
朝っぱら(といってももう昼近いが)からよくもこんなに人が集まるもんだな、というくらい露店やカフェは賑わっていた。
「私、暗器見てくるよ。」
「じゃあ俺ァ食いもん盗ってくるぜ。」
「3時に此処集合ね。」
「面倒な事になったら殺せよ?」
「当たり前ね。」
フェイタンと俺はニヤリと顔を見合わすと、真逆の方向に向かって歩き出した。しばらく適当に歩きながら露店から食い物を盗っていると、いきなり声をかけられた。
「やあ、フィンクスじゃないか☆」
「げ、」
聞き覚えのある声に嫌々振り向けば、いつものように気味の悪いピエロメイクをしたヒソカが立っていた。
「げ、だなんて酷いなあ◇どうしたんだい?こんなところで★」
「…朝飯盗りに来たんだよ。てめェこそなんでこんな所に居んだ?」
「ホテルがこの辺だからね◆」
そう言って薄く笑うヒソカに少し違和感を感じる。コイツ、なんかいつもと違わねェか?
「そーかよ。じゃあな。」
しかし面倒なことには関わりたくないし、増してやヒソカなんかにはもっと関わりたくなかったので、敢えて触れずにその場を離れた。
「うーん…ちょっと不味い、カナ…?◇」
背後でヒソカがぽつりと呟いたのにも気付かずに。
ヒソカから離れた俺は再び適当に食って腹を満たすと、今度は団長からの頼まれ物を買うためにあちこちを回った。
「おいオヤジ、ここに“フィロソフィ”って本はあるか?」
「残念ながらうちにはないねえ…。」
「チッ…。」
しかし最後の1つである“フィロソフィ”という古書だけが、どこを探しても見つからなかった。
「“フィロソフィ”だ…?こんな意味わかんねー本集めて団長は何がしてぇんだよ全く…。」
「“フィロソフィ”…?」
ぶつぶつと文句を呟きながら通りを歩いていると、白い大きな帽子を被った白いワンピースのガキが俺の前にひょいと現れた。
「お兄さん、“フィロソフィ”が欲しいの?」
「あ?知ってんのかお前ェ?」
声からして多分女だろう、ガキは小さく笑うとぱっと俺の手を取ってぐいぐい引っ張り出した。
「な、お前ェ何してんだよ!」
「欲しいんでしょ?あの本。ここらではあそこの古本屋でしか売ってないよ。」
ガキとは思えないほどの力強さでぐいぐいと俺の手を引くと、一軒の古本屋の前でぱっと手を離した。
「待ってて。」
「あ、オイ!」
ガキはすっと店内に入ると、完璧に近い“絶”をした。
なんだこのガキ、この年でこんだけ念が使えんのかよ。コイツはただ者じゃねえな。
「はい、これ。」
ガキは小さな文庫本程度の大きさの古びた本を片手に店から出て来ると、それを俺の手に押し付けた。
「盗ってきたのか?」
貰うのはなんだか釈然としないが、元々俺も盗む気でいたのだ。コイツが盗んだのであれば俺が盗もうがコイツが盗もうがこの本は立派な盗品だ。
「さあね?」
俺からの問いにガキはふっと笑うと、いつの間にか人混みの中に消えて行った。
「さあね?フィンクスはもっと自分で考えなきゃ。」
ふと頭の中に懐かしい記憶がよぎった。あのガキ、どっかで見たことあると思ったら、アイツに似てんだ。アイツの、ナマエの小さい頃に。
「そこで何してるか。」
声に振り向くと、手に小さな包みを抱えたフェイタンが立っていた。どうやら目当ての暗器は買えたらしい。
「いや、団長に頼まれたモン買ってたんだよ。」
一応全て買い終えたことを伝えると、もう用事もないと言うためアジトに戻ることになった。
帰り際にふとさっきのガキに似た少女を見かけて、思い出したようにフェイタンに先程のことを話す。
「さっき変なガキが居た。」
「ガキ?ハ、とうとうロリコンになたか。」
「違ェよ!ナマエによく似た奴だったんだよ。」
ナマエ、という名前に反応したフェイタンがギラリと此方を睨み付ける。そういやフェイタンはアイツのことやけに可愛がってたな。
「ナマエに似てる?そんなガキ居るはずないね。」
「でも似てたぜ?」
「なら見せてみるよ。ワタシが見てやるね。」
「ああいいぜ!」
ムキになるフェイタンにつられて俺もムキになって変な約束をしてしまった。名前も知らねーガキをどうやって探すんだよ。
帰ってからシャルにでも調べさせるか、と溜め息を吐くと、隣りを歩いていたフェイタンがピタリと足を止めた。
「あ?どうしたんだ?」
「ナマエ…。」
ぽつりとフェイタンが呟いて見つめる先を見れば、先程のガキと思わしき白いワンピースのガキの後ろ姿が見えた。
「あっ!アイツだアイツ、さっきのガキだ!な?よく似てるだろ?」
得意な顔で隣りを見ればフェイタンは居らず、既にガキを追いかけ始めていた。
「おい、フェイ!」
慌ててフェイタンを追いかけて腕を掴むと、本気で殺気を向けられた。
本当に面倒くせえな!
「しっかりしろ!アイツがあんなガキなわけねーだろ!」
年齢を考えれば、ナマエは今頃17、8歳だろう。しかしあのガキはどうみても10歳前後にしか見えない。
「…わかてるね。」
フェイタンは小さく呟くと、ばっと俺の腕を振り解いた。
わかってる、と言った割にフェイタンの視線はまだ先程少女が消えた方を見ていた。
望んでやまぬ幻
なあ、どこに居んだよ?
ナマエ…。