大きな部屋にあるこれまた大きな窓から街を見つめると、自然と溜め息が漏れた。最近まともに外出をしていない。
ヒソカからクロロは死んだと伝えられてから、既に一週間が経過していた。クロロが死んだなんて話、もちろん信じられるわけがない。
あの後私は笑って外出しようとしたのだがヒソカに止められた。
「彼の生存確認は僕がするよ☆彼が生きてるって確かな情報がわかるまで、ナマエはこの部屋から出ちゃダメだよ◆」
そう言い残してヒソカはどこかへ出て行き、フロントの人間に1時間毎に私が部屋に居るかどうか確認させるし、自身も仕事(ヒソカ曰わくマトモな仕事らしい)から早く帰るよう心がけ、常に私を見張っているのだ。
「外、出たいなあ…。」
閉鎖的なこの空間にずっと閉じ込められていると、昔を思い出して暴走してしまいそうになる。そんな時は、申し訳ないと思いながらもフロントの人間を殺すことで自身を抑えていた。
こんな私を止められるのは、クロロたちしか居ないのに。
「クロロ…」
「そんなに会いたいのかい?」
ぽつりと呟いた言葉に返事が返ってきて少しギョッとする。
振り返れば、いつものピエロメイクをしたヒソカが血煙の匂いを仄かに香らせて立っていた。
「…今日は早いんだね。」
「ナマエに早く会いたくてね☆」
どこまでが本気なのかわからないヒソカは、私の背後に音もなく来ると割れ物に触れるようにそっと私を抱き締めた。
「ヒソカ?」
「君は…どうして今にも消えてしまいそうなんだい?」
「え?」
ヒソカに言われた言葉の意味がわからない。
わからないが、確かにこれに似た言葉を、私は以前も言われたことがある。
『君、俺が消さなくても消えちゃいそうだよね』
あれは、誰の言葉だっただろうか。
「ナマエ…?」
「え、あ、ごめんヒソカ。」
ぼーっとしていると不思議そうに名前を呼ばれたので、一応謝っておいた。
「まァいいよ◆ナマエは今、確かに僕の腕のナカに居るんだから☆」
ヒソカはそう言って、少しだけ私を抱き締める腕に力を込めた。(少しだけ、と言っても常人なら肋骨が何本か折れる程度の力はある)
「ヒソカ、」
「なんだい?」
「ヒソカは寂しいんだね。」
思ったことをぽつりと呟けば、狂気染みたヒソカの顔が窓ガラスに映って見えた。
「…僕が、寂しい?くくっ、面白いことを言うんだね◇」
ヒソカはスルリと私から離れると、片手で顔を抑えて私に背を向けた。
「うん、寂しそう。でも、満たされないって言葉のほうがしっくりくるかな。」
背を向けたヒソカに尚も淡々と告げると、彼はいきなり自分の片腕に勢いよくトランプを突き立てて何かをぶつぶつと呟き始めた。
私はそっと彼から距離を置く。
まがまがしいオーラが放たれていた為でもあるが、私には彼の状態が私の暴走と同じようなものに思えて、見ていられなかったから。
「ふう…」
しばらく部屋の隅で大人しく座っていると、ヒソカが1つ息を吐いてにっこりと笑いながらこちらへ手を差し伸べてきた。
私はゆっくりその手を取る。
「悪かったね☆怖かったかい?」
「ううん。腕、見せて。」
立ち上がるとすぐにヒソカの腕を見る。先程まで深々とトランプが突き刺さっていたそこは、やはり細胞が酷く損傷していた。
「ちょっと、借りるね。」
ヒソカの腕を取り、傷の上に手をかざす。
『自然治癒力(セルライト)』
ほんのりと緑色の光が腕を包み込むと傷口は見る間に塞がり、跡も残さず消えた。
「へえ…君の念かい?」
「うん。でも私だけの力じゃないから。」
あまり詮索されたくなかった私は、そのままヒソカから離れてベッドの上に腰を下ろした。
「君の念は初めて会ったときのアレかと思ってたよ★」
私が詮索されたくないのをわかっているくせに、ヒソカは私の隣りに腰を下ろしながら尚も私の念について話す。
「アレも私の念だよ。けど、これ以上は言えない。」
私の念を知っていいのは、彼等だけ。私の念は彼等の為にあるものだから。
「そう…◆まあいいや☆」
ヒソカはそう言うとすっとトランプを弄びながら私から離れた。
「外に出たい?」
「うん。」
突然尋ねられた問いに素早く返事を返せば、ヒソカはまた貼り付けたような笑みを浮かべた。
「じゃあ、明日は自由行動にしようか★どうせホテルを変える予定だったし◇」
「え?」
「君がたくさん殺しちゃったからねえ◆そろそろバレちゃうだろ?」
くく、と楽しそうに肩を震わすが、ヒソカの目は笑っていない。笑っていないというより、獲物を見つめる捕食者のような瞳だ。
ああ、私を殺したいんだな。
「ごめんなさい。」
「気にしなくていいよ☆僕も殺っちゃったし◆」
ヒソカはだからお互い様★、と言って笑うと、私に1枚の紙を手渡した。
紙には、ホテルの名前と簡単な地図。
「じゃあ明日の夕食までに此処にしようか◇」
「わかった。ヒソカ、ありがとう。」
ヒソカは部屋を出る直前に戻ってくると私の額に唇を落として
「お礼はこれでイイよ☆」
にっこり笑って出て行った。
「悪い人では、ないんだけどなあ…。」
私は額を抑えてヒソカの出て行ったドアを見つめてぽつりと呟いた。
ごめんねヒソカ。
いまいち信じられないんだ。
だって奇術師は気紛れで嘘つきだから。