「して、何処まで話しておったかのう。」


暫く放置しときなよ、と猿飛さんに進言されそのまま座って待っていれば、少しだけ汗をかいた信玄公と真田さんが戻ってきた。あれだけすごい勢いで殴り合ってて(真田さんなんか壁にめり込んでたのに…)無傷だなんて恐ろしすぎる。


「大将、俺様の手当の礼までですよ。」

「おお、そうであったな。」


信玄公はやれやれとでも言いたげな猿飛さんの言葉に膝を打つと、そのまま真剣な眼差しになって私を見据えた。


「なまえ、と言ったか。」

「…っはい。」


突然重くなった雰囲気に思わず言葉が詰まる。さっきまでの陽気な信玄公はどこかへ消え、今は圧倒的な威圧感だけが私に突き刺さっていた。


「御主の言葉に、嘘偽りはないな?」

「はい!」


真っ直ぐな眼差しを、此方も負けじと真っ直ぐ見返す。此処で目を反らしちゃいけないと思った。


「未来から来たというのは、真か?」

「はい。500年か400年…それくらい経った日の本から参りました。」


言葉遣いもめちゃくちゃだろうけど、私にできる精一杯の敬語で私の事情を説明した。その度に信玄公は軽く頷いたり短い相槌をくれたりして、とても話しやすかった。









「ふむ、粗方の事情は相解った。…して、なまえよ。」

「は、はい!」


改めて名を呼ばれて姿勢を正す。こんな怪しい話、信じてくれというほうが無理だ。そんなことはわかりきってる筈なのに、今から拒絶されるのかと思うと怖くて、思わず目を瞑る。


「御主、これからどうするか決まっておるのか?」

「…へ?」


思わず間抜けな声が出る。慌てて顔を上げると、信玄公は最初のような優しい顔で座っていた。
え…信じてもらえたの?


「未来から来たのであれば頼れる場所もあるまい。」

「信じて…くれるんですか?」


優しい言葉に、思わず声が震える。だって、こんな馬鹿みたいな話、私だってまだ信じられないのに。


「うむ。勿論じゃ。御主の眼に嘘は見えん。」


それでも信玄公は強い眼差しで私を見詰めて、そう言い切った。目の奥がじんと熱くなって、視界がぼやける。瞬きをした拍子に、涙がポロリと溢れ落ちた。


「突然のことで、御主が一番辛い思いをしておるだろう。」

「信玄公…っ。」


優しい顔の信玄公にぽんぽんと頭を撫でられて、溢れ出す涙が止められなくなってしまった。ぐずぐずとみっともなく鼻を啜る私に向かって、信玄公は尚も優しい言葉を投げ掛けてくれる。


「帰る手立てが見付かるまで武田に逗留するがよい。」


信玄公のその言葉に、私の後ろに居た猿飛さんと真田さんが声をあげた。


「流石お館様…!なんという御心の広さ!」

「ちょっと大将、調べもしないでそんなあっさり…」

「佐助よ、初めからこうするつもりだったのじゃろう?」


信玄公が何かを含むような笑みをしながら猿飛さんにそう投げ掛けると、猿飛さんはあからさまに溜め息を吐いた。


「まぁそうなんですけどねー。全く、忍使いが荒いったら。」

「何を言っておる佐助!」


肩を竦める猿飛さんを見て、真田さんが突然立ち上がる。そのまま勢いよく拳を握り締めながら、ずんと一歩踏み出した。


「佐助の命の恩人はこの幸村の、引いては武田の恩人も同然!」


その勢いのまま、真田さんの首がぐりん!と回って私を見据えた。突然のことにびくりと肩を揺らせば大きな声で名前を呼ばれる。


「なまえ殿!」

「は、はいっ!」

「御安心くだされ!某と佐助も帰る手立ての捜索に尽力致す所存!暫しお館様の治められるこの甲斐の地を満喫して頂きたい!」

「真田さん…。」


にかり、といい笑顔でそんなことを言われれば思わず涙腺も緩むというもので、またじわりと涙が浮かんできた。そんな私を見て、真田さんはあわあわと慌てだす。


「な、泣かないでくだされ!某、女子に泣かれるとどうしたらよいのか…。」

「ご、ごめんなさい。すごく嬉しかったから…。ありがとう御座います。」


とりあえず涙を拭い精一杯笑顔を向けると、何故だか真田さんは再びかああっと顔を赤くして私から半歩後退った。あれ?なんで避けられたの私。


「兎に角!別になまえちゃんを置くことに異論はないけど、なまえちゃん自身にいろいろと気を付けて貰わなくちゃいけないから。」


後退った真田さんの前に猿飛さんがずいと進み出て、私に向かって釘を指す。


「正直、俺様は忍だからなまえちゃんのことはこれからも疑っていくし、城内になまえちゃんをよく思わない奴だって出てくる。それでも此処に居られる?」

「大丈夫です。」


問われた言葉に反射的に言葉を返せば、少しだけ不機嫌そうに猿飛さんは眉を寄せる。そんな猿飛さんを見ながら、私は少しだけ笑顔を浮かべた。


「そうやってわざわざ忠告してくれるような優しい猿飛さんが居てくれたら、大丈夫です。」

「なっ…!」


私の言葉を聞いて猿飛さんは驚いたように目を見開いてるし、真田さんは何かに感動したように打ち震え、信玄公は盛大に笑い声を上げた。


「わはは!してやられたのぅ佐助よ!なまえの方が御主よりちと器が広いようじゃ。」

「なまえ殿、なんと素晴らしき御考え…!某感服致しました!」

「い、いやそんな大層な話じゃなくてですね…」


私は思ったことを言っただけなのに、なんでこんなに大爆笑されてるんだろ?
疑問符を浮かべながらチラリと猿飛さんを見れば、呆れたような、それでいて悔しそうでもあり嬉しそうにも見える表情をしていた。


「はぁ…なんだか俺様余計になまえちゃんが心配だよ。」


こんなお人好しでやっていけんのかねぇ、なんて言いながらも猿飛さんは私の頭をぽふぽふと撫でてくれた。

とりあえず、此処での居候先を確保しました!