「あーっ!!ちょっとちょっと旦那!何してんのさ!」

「うぎゃあっ!」

「おお、佐助!」


真田さんの雄叫びに耳をやられてから数十秒も経たないうちに、いつの間にか猿飛さんがひょっこり表れて思わず奇声を発してしまった。
ちょっと女の子としてあるまじき声だったかもしれない。猿飛さんからの何この子的な視線がびしばし突き刺さってる。


「何処に行っておったのだ!なまえ殿が真に美味な食べ物をくださったぞ!」

「だぁから、知らない人から簡単に物を貰っちゃダメだっていつも言ってるでしょーが!毒でも入ってたらどーすんの?」

「失礼な!そんなことしませんってば!」


心外な言葉に思わず言い返すと一瞬だけ猿飛さんの目が細められた。すごく冷たい瞳に思わず身がすくむ。


「…なまえちゃん、俺様大人しくしててねって言ったよね?じゃないと“お仕事”しなきゃいけなくなるって。」

「あ…。」


確かに、猿飛さんからしてみれば私は何処の誰とも知れない危険人物なわけで、そんな私を大切なお城に連れてきたのだから警戒して当たり前なのかもしれない。
拘束すらされず自由にしてくれていたのに、私は猿飛さんに迷惑をかけてしまった。


「佐助!なまえ殿は某のために…!」

「旦那は黙ってて。」


厳しい視線のまま、猿飛さんが私を見つめる。その中には感情なんて一欠片も見つけられなくて、ガラス玉みたいだと思った。
とにかく、迷惑をかけたこと謝らなきゃ。


「…ごめんなさい。勝手に真田さんに食べ物あげちゃったりして。」


ぺこりと頭を下げると、猿飛さんは呆れたような溜め息を吐きながら私の頭にぽんと手を置いた。


「…ま、今回はなまえちゃんが動いたわけじゃないからいいけどね。」

「佐助…!」

「こら、旦那は許さないからね。」

「うぬぅ、何故だ佐助!」

「だから毎回毎回知らない人から簡単に物貰っちゃダメだって言ってんでしょーが!」


ぎゃいぎゃいと私そっちのけで口論を始めてしまった2人をぽかんと見つめる。
仲いいなあ2人とも。
ていうか、猿飛さんがお母さんみたい。


「お母さん、か…。」

「ん?なんか言った?」

「あ、いえ、別に。」


自分で言ってまた思い出してへこむなんて馬鹿みたい。
慌ててなんでもないと伝えると、猿飛さんは特に気にする風もなく真田さんを引っ張って歩き出した。


「な、なにをする佐助!」

「はいはい、黙って歩いてね。あ、なまえちゃんもついてきて。」

「え、あのどこに…」

「大将に会いに行くから。」


振り向いていたずらっ子のように笑う猿飛さんの顔に、何故だか嫌な予感がビンビンするんですが。
それでも着いて行かないわけにもいかなくて、仕方なく部屋を出て長い廊下を猿飛さんの背中を追って歩き出した。













「ほう、そなたが未来からやって来たというおなごか。」

「は、はい…。」


デデン!と効果音が付きそうなくらい恰幅のいいおじ様が、ただ今私の目の前に座って居られます。髭がダンディーだなあとか悠長に考えてる場合じゃない。
この人が、あの有名な武田信玄公なのだ。


「…まあ、そう固くならずともよい。楽に致せ。」

「は、はあ。」


楽に致せるわけがない。けれど仕方なくそう返して信玄公の顔を真っ直ぐ見つめる。この人は、私が未来から来ただなんて馬鹿げた話を信じてくれるのだろうか。
不安になってくる気持ちをなんとか堪えようとぎゅっと手を握りしめる。信玄公の隣に控えている猿飛さんと真田さんも真剣な顔をしていた。


「佐助の手当をしてくれたそうじゃの。」

「あ、はい。手当と呼べるほどのものではないですが…。」

「そう謙遜するでない。先ずは礼を言おう。」

「い、いえ、こちらこそ迷っているところでしたので助かりました。」


お互いに何故だか礼を言い合う。信玄公はそんな私に向かってにっこりと笑うと、突然真剣な顔をして私にずいと近づいてきた。


「ふーむ…。」

「え?」

「うぅむ…。」

「あ、あの…。」


段々と、凛々しいお顔が更に近付いてくる。
ちょっ、本当に待っ…!


「ううぅむぅ…」

「ちょっ、近い!近いで…」

「破廉恥で御座いまするぞ、お館様ああああ!」


突然真田さんが真っ赤な顔で叫び出した。私がそれにびっくりしていると、目の前に居たはずの信玄公が突然消える。


「精進が足りぬぞ幸村ああああ!」

「ぐはあっ!」

「ちょっ、真田さーん!?」


いつの間にか真田さんの目の前に移動していた信玄公は、その逞しい右腕を思い切り振って真田さんの頬にクリティカルヒットさせた。真田さんは有り得ないくらい気持ち良く吹っ飛び、障子をぶち破って庭に転がっていった。


「ええ!だ、大丈夫ですか真田さ…」

「あー平気平気。いつものことだから気にしないで。」

「ひぎゃ!さ、猿飛さん!?」


またいつの間にか音もなく猿飛さんが私の後ろに立っていて、笑顔で肩を叩かれた。
心臓に悪いんですけど…!


「なまえちゃん驚きすぎ。あれは武田軍名物の『殴り愛』だよ。」

「な、殴りあい…?」

「そ。漢は拳で語り合うんだってさ。」


やれやれ、と肩を竦める猿飛さんの後ろの庭では、真田さんと信玄公がお互いの名前を叫びながら確かに殴り合っている。
…うわあ、なんだかあそこだけ気温が真夏だ。


「ああああ!また庭石粉砕した…。誰が修理すると思ってんの…。」


隣では、猿飛さんが2人を見ながらぶつぶつと悲しい言葉を呟いている。


「猿飛さん。」

「ん?」

「…がんばってくださいね。」

「…はは、ありがとう。そう言ってくれるのはなまえちゃんだけだよ…。」


力なく笑う猿飛さんを見て、武田軍の一番の苦労人は彼なんじゃないかと思いました。