「私も信じられないんですが…私、未来から来ました。」

「俺様のこと馬鹿にしてる?」

「滅相もない!」


今更ながら、自分が如何に危ない状況かということが分かりました。はいそこ、遅いとか言わない!理解出来ないながらもなんとか無理やり今の状況を理解した私は、今度はお兄さんに事情を説明するべく頑張っていた。


「えーとですね、私は何処にでも居る平凡な女子高生なわけですが学校から帰るのに遠回りして気付いたら此処に居ました。山をくだったら帰れるかなって思ってくだってたらあなたを見つけたんで手当てしました。以上です。」


一息でここまで説明できた私すごい、自分に拍手。お兄さんはと言えば相変わらず怪しい奴を見る目で私を見てたけど、私が手当てしたことを聞くと少しだけ驚いたように目を開いた。


「そういえば…あんたが手当てしてくれたわけ?」

「はい。」

「へぇ。じゃあこの口の中に残る気持ち悪い甘ったるさもあんたの所為?」

「あ、それはチョコの所為です。」


実物を出そうと鞄に手を伸ばそうとすると少しだけ離れていた凶器をまたぐいと押し付けられた。まったく、こんなんじゃ身動きも取れない。


「あの、絶対怪しいことしないんで凶器降ろして貰えませんか?」

「いや〜明らかに怪しい子に言われてもねぇ。」

「私が未来から来たこと証明しますから。」


私がそういうとお兄さんは若干悩んでから、ゆっくりと凶器を引いた。うわ、あれってクナイだったんだ本物初めて見た。


「で?」

「あ、ええっと、これがチョコレートって言って、あなたに食べさせたやつです。」


クナイをじっと見てたらすっごく冷たい目で見られたから慌てて鞄からチョコを出して差し出した。が、お兄さんは受け取ることなくじっとそれを見つめている。


「…泥?」

「チョコレートですってば。甘くて美味しいんですよ。」


お腹が減っていた私はそのまま板チョコにかじりついた。じーっと観察するお兄さんはどうやら毒なんかの心配をしてたらしかった。そんなもん私が入れられるわけないのに。


「…なんで俺様にそれを食わせたの?」

「血をいっぱい流してたので…チョコレートには鉄分が多く含まれてるから、輸血の代わりになるかなって。」


私の言葉にお兄さんは驚いたようにへぇ、とだけ言った。どうやら感心されたらしい。なんだか嬉しいな。調子に乗った私は鞄からノートと筆箱を取り出す。


「これは紙と筆みたいなものです。これなら墨がなくてもすぐに書けるし、紙は丈夫なので文字を消しゴムで消せば何度でも使えます。」

「お、文字が消えた…。」

「すごいでしょう?」


ふふんと天狗になる私とすごいねと素直に感心するお兄さん。どうやら私の証明はうまくいったようだ。


「信じて貰えましたか?」

「うーん…確かにこんなもの見たことないけど、これだけじゃあねぇ。」


前言撤回。どうやらまだ私の証明はうまくいってないらしい。ちくしょう。


「どうしたら信じてもらえるんですか?」

「俺様疑うのがお仕事だからさ。」


それは遠回しになにしたって信じねーよっていう宣戦布告ですか。にこりと笑うお兄さんを殴り倒したい気持ちに駆られました。


「ま、とりあえず大将や旦那たちに会ってもらうから。」

「大将?旦那?」

「俺様任務の途中だったから早く帰って報告もしなきゃだし。」

「無視ですか。」


うんうんと1人で頷くお兄さんは私をオールスルーして立ち上がった。くっそうなんて酷い奴なんだ!こんな人には絶対ときめかない。


「それに、キミの手当てもしないとね。」


優しい笑顔と共に首にそっと指が添えられた。すみません嘘つきましためちゃくちゃときめいてますお兄さんんん!


「荷物はこれだけ?」

「あ、あとあの自転車だけです。」

「…なにあれ。」


私ががしゃんと自転車を立てるとさっとクナイを構えるお兄さん。かっこいいんだけどクナイを構える相手が自転車って。なんか可愛い。吹き出しそうになるのを抑えてにこりと笑いかけた。


「これは自転車っていう乗り物なんですよ。ここでいう馬みたいな。」

「…そんなのが動くの?」

「自分が漕がなきゃ動かないんですけどね。そういう点では馬より舟に近いのかな。」

「へぇ…。」


私が籠に鞄を入れてサドルに跨ると、お兄さんがおっかなびっくり近付いてきた。可愛い。


「さあ、乗ってくださいお兄さん。」

「え!俺様も乗るの?」

「当たり前じゃないですか!怪我人でしょ?」

「このくらいなら慣れてるから大丈夫だって。」

「ダメです!」


しばらくそんなやり取りを続けていたら、漸くお兄さんが折れて渋々私の後ろに腰を下ろした。


「…なんか固いんだけど。」

「ちょっとだけ我慢してください。あ、しっかり掴まっててくださいね。」


お兄さんが私に掴まったのを確認してからぐっとペダルを踏む。坂道だった所為かぐんとスピードが速まった。


「こっちであってますかー?いだっ。」

「このまま真っ直ぐ下れば城下に着くから!」

「はーい!あだだっ!」


舗装もされてない山道はでこぼこな上草木が鬱蒼と茂っていてめちゃくちゃ痛かった。でも坂道は速くてあっという間に山の麓に付いた。麓に着くまでお兄さんはずっと私の後ろでぎゅうと私にしがみついていた。初めての自転車が怖いらしい。


「つ、着いた…。」

「あ、此処ですか。」


キィと自転車を止めるとなんだか少しげっそりしたお兄さんが自転車から降りた。そんなに怖かったのかな。
目の前には大きな大きな大きな門。…あれ?おかしいな私の目は腐っちゃったのかな。完全に武家屋敷にしか見えないんだけど。


「ね、ねぇ此処って」

「此処が大将の居る躑躅ヶ崎館。」


目の前に聳える御屋敷はかなり壮大だ。というか、今耳にした名前に聞き覚えがありすぎる。(こないだ大河ドラマでやってたやつ。)あれ、聞き間違いだよね?


「…ねぇ、そういえば名前聞いてなかったよね?お兄さんの名前は?」


嫌な予感に冷や汗が止まらない。自転車のハンドルを握る手が汗ばむ。そんな私の心情も知らずに、目の前のお兄さんはああそうだっけとかなんとか言いつつ私にトドメを刺した。


「俺様は真田忍隊の長、猿飛佐助。んで今から会いに行くのが真田の旦那と大将武田信玄公だ。」


ああ神様。あなたはそんなに私がお嫌いでしたか。

信じてもいない神様を恨みながら、私は壮大な御屋敷へ向かって一歩を踏み出した。