「とりあえず、ご飯!」


そんな私の一言でただいまお昼ご飯なうです。なんやかんやバタバタしていた所為で食べ損ねていたからかやけに美味しく感じる。


「あ、そういえば私が散らかしちゃったお弁当、片付けてくれたの?」


クロに飛び掛かられた時にひっくり返してしまったオムハンバーグ弁当はどこにも見当たらなくなっていた。もぐもぐと適当に作ったありあわせの料理を口にしながら目の前のクロに訊ねると、クロは綺麗な箸使いを披露しながらこくんと頷く。


「そっか、ありがとう。クロは気が利くね」


私の言葉にクロは首を傾げる。なんとも可愛い仕草にくすりと笑みを溢すと、いつの間にか食べ終わっていたクロがサラサラとペンを走らせた。


“片付けは己の仕事”

「へぇ、忍者ってそんな仕事までするんだ?」

“忍だからこそ”

「え?掃除とか片付けが仕事の忍者なんて居るの?」

“間者などを片付ける”

「な、なんというブラックジョーク…!!」


ちょっぴり顔を青くして主語が違うよ!主語が!なんて叫ぶ私を見て、クロがくつりと喉の奥で笑う。なんか、クロが笑ってるのは貴重だし嬉しいんだけど…笑われてる感覚の方が強くて素直に喜べません。


「うー…クロって意外とSだよね…」

「?」


言葉の意味がわからないのかクロは首を傾げるだけだったけど、私はなんとなくクロの考えることがわかってきたような気がする。それがなんだか嬉しくてニヤニヤしていたら、クロに心配されてしまった。


“主、何故そんなだらしない顔をする”

「だらしないって!なんかだんだんさりげなくだけど酷くなってきてないか!?」

“すまない”

「え?文字は謝ってんのになんか態度が違くね?」


謝罪の書かれたメモ帳を見せながら私の顔をぐにぐにと摘まむクロ。態度が急変し過ぎて怖いわ!


「ふぐぐぐ」


クロに摘ままれた頬を躍起になって外そうと奮闘していると、クロの口元がちょっとだけふっと緩んだ気がした。


“主は不思議な生き物だな”

「や、そこはせめて不思議だなくらいにしといて!なんか未知の生物みたいじゃん!」


やっと外された頬を擦りながら膨らませると、反対側の頬をぷすっと指で押されて空気が抜けた。


「こんのっ…!」

“主、怒ると先程の毒が回る”

「えっ!?」


びっくりして反射的に出かかっていた手を引っ込め毒に怯えてビクビクしていると、クロは飄々とした態度のままぺらりと此方に紙を向けた。


“嘘だ”

「こらああ!クロ!」

“申し訳御座いませぬ”

「う…ぐぐ…まぁ、よかろう」


今度こそ躾してやる!と立ち上がってはみたものの、至極丁寧に謝罪されついでに頭まで下げられてしまっては此方も怒るに怒れないわけで。
ちょっと口調が移ってしまったが、私が許しを出すとまたクロがくすりと笑った。いや、本当に笑ってるというわけじゃないんだけど、なんか空気が笑ってる、みたいな。


「クロって、もっと無愛想な感じかと思ってた」


私がそう声をかけると、こてんと首を傾げるクロ。


「んーなんか…さっきみたいにじゃれたり、冗談言ったり…そういうイメージなかったからさ。なんか、笑ってくれて嬉しかったよ」

「……!」


私がにこりとクロに笑いかけると、何故だかクロはピリッとした空気を纏ってしまった。まるで、自分を戒めているような、そんな空気。


「…クロ?」

“先程までの数々の非礼、お詫び致します。今後己のことは道具として扱いください”

「……は?」


わけがわからない。ただ、ちょっとだけ打ち解けていたと思っていた距離が、とても遠くなってしまったことだけはわかった。クロが、わざわざ距離を広げた。それにどういう意味があるかなんて知らない。だけど…


「嫌だよ、そんなの」


私はそんな勝手なこと、許さない。


「なんで私がクロを道具として扱わなきゃなんないの?さっきの私の話聞いてた?嬉しかったって言ったじゃん。それを急になんで辞めようとするわけ?」


口がすごい勢いで動いてく。まあ仕方ないよね、いま私結構ぷっつんキてるから。
なんとなくおろおろしてるクロを放って、私は尚も続ける。


「クロの居たとこがどうだったかなんて知らない。だって、今クロは“私”と“此処”に居るんだからね」


一瞬だけ、クロがぴくりと反応した。私は少しだけ小さく項垂れているクロの頭をぽんぽんと撫でる。


「だから、クロも私の言うこと聞いてさっきまでみたいな生意気なクロで居なさい」


いい?と私が言うよりも早く、ぐいと腕を引かれてクロの腕の中にすっぽりと収まっていた。


「わ…びっくりした。クロ」


名前を呼ぶと、すがるようにぎゅうぎゅう抱き着いてくる。肩に乗せられた頭がちょっと重いし顔や首筋に当たる髪の毛はくすぐったいけど、私もクロの背中にゆっくり腕を回した。


「此処ではね、私がクロの飼い主だから。私には思いっきり甘えなさい」


甘えたり、じゃれたり、たまに引っ掛かれたり。それがネコってもんでしょう?


「私はそんなクロが可愛いんだから」


ぽんぽんと背中に回していた手で背中を叩くと、クロは更に私の首筋にすりすりと頭を擦り寄せる。その仕草が本当に猫のようで、思わず少しだけ笑ってしまった。


可愛いペットだなぁ。