「…そういえば、クロの包帯替えなきゃ、ね」


なんだかびっくりすることばかりが続いて忘れていたが、クロは怪我してたんだった。慌ててクロからメモ帳を取ってテーブルに置き、ベッドの前に座らせる。

本当は猫のクロの方が治療しやすいんだけど、猫とお兄さんのスイッチ方法が分かった今、敢えて治療の為にちゅーして姿を変えなくてもいいかなぁなんて。
…本音は、お兄さんとちゅーするのが恥ずかしいとかもにょもにょ。



「えーと…確か切傷と刺傷だったよね」


よく見てみると薄手の服の下やタンクトップ型の服から伸びる手足などに包帯が三ヶ所ほど巻いてある。どうやら、お兄さんでも猫でもクロの怪我は消えないみたいだった。


「クロ、包帯替えるけど…痛かったら手、あげてね」


消毒もし直すしだいぶ染みるだろうと予測してそう言えばクロは素直にこくりと頷いた。
それを見て包帯に手をかける。


「うわぁ……」


腕と足の切傷の手当ては比較的簡単に終わった。問題は、脇腹の刺傷。
病院で診察するときのようにクロに服を上げてもらって脇腹の包帯を外すと、かなりグロい刺傷が出てきて思わず声が漏れてしまった。


「…絶対痛いだろうけど、ちょっと我慢してね」


クロにそう言うと覚悟を決めて消毒液をぶっかけた。


「…………」


クロはぴくりともしない。なにも言わないし声も出さない。すごいなぁと思いながらチラリと顔を見れば、口元が少しだけへの字になっていて思わず笑ってしまった。


「ふはっ、」
「?」
「あ、ごめんねクロ。やっぱりクロも痛いのは痛いよね。我慢してえらいえらい」


えらいと誉めながら自然と手がクロの頭に伸びる。クロは近付いてくる私の手に一瞬だけ身を固くしたけど、今度は避けられることなく私はぽふんと柔らかい赤髪を撫でることができた。


「うはー…すごい触り心地いいね。サラふわ」


大人しく撫でられるがままになってるクロが可愛い。クロの頭の感触を充分堪能してから手を離すと、クロにぱしりと手を掴まれてしまった。


「ん?どしたのクロ?」


問いかければ、無言のままひょいと抱き上げられた。それはもう簡単に軽々と、一瞬のうちに。


「え!?は、ちょっ、なに?」


パニックになる私を他所にクロはスタスタと動いて私をベッドの上に優しく下ろした。そのまま、何の躊躇いもなく私のジーパンに手をかける。


「ちょっ、クロ!!こらチャック開けるなズボンを脱がすなあああ!!」


私の制止も虚しく、ぺいっと脱がされたズボンはクロによって一瞬で綺麗に畳まれてベッドの脇に置かれた。うわ、商品みたい…とか言ってる場合ではなく。本当に身の危険?なにこれこんな展開誰得だよ。

混乱する頭ではまともな案が浮かばない。どうしようどうしようと焦っている間に、クロは自分はベッドの横に跪いて私の脚を恭しく持った。


「うひゃっ!く、クロ!!」


そのままクロは私の太ももに顔を寄せる。ばかやろおおおと殴り飛ばしたいが意外とがっちり脚をホールドされていて抜け出せない。一か八か、頭にゲンコツしてみるか…!拳を握り締めた瞬間、クロの長い指がそっと太ももの一部を撫でた。


「んっ…!ん?それ…」


何故かクロが撫でたそこは少しだけ紫色に変色していた。小さな赤い痕が2つ、ぷつっと付いているだけなのになんだかビリビリする気がする。


「何それ?そんなのいつ…っひあ!」


クロへの問いかけは途中で悲鳴へと変わった。ここここいつ、舐 め や が っ た ! !


「ぎゃあああ本当に止めて頼むからあああ!!」


ぎゃーぎゃーと叫ぶもクロは気にせず何度かそこへ唇を寄せる。痛いような熱いような、ビリビリじんじんしてもう感覚がよくわからない。ただひたすら顔が熱い。絶対私の顔真っ赤だ。


「も、止めてよ…クロ…」


ちょっとぐったりしながら声をかければ、クロは一瞬だけピタリと動きを止めて私の顔を見た。やめてくれるのか…?


「…………」


期待した私を他所に、クロは私の顔を見て一瞬だけ口元を緩ませると、再び太ももに吸い付いた。
なんで笑ったのコイツ!!もしかしてさっき私が笑ったから仕返しなのか!?


「もうやめてくれえええ」


結局、紫色がかなり薄い色になるまでその作業は続けられました。
だいぶぐったりした私は、今は何かひんやりしたものを塗ってるクロに向かって力のない声をかけた。


「…はぁ。今塗ってるのってなんなの…?」


塗り終わったらしいクロは一瞬だけきょとん?と此方を見ると、テーブルに置いていたメモ帳をサッと取ってサラサラと何かを書いた。


「…かい、かいどく…ん?“解毒剤”?」


こくりと頷くクロと、一気に血の気が引いて青くなる私。え、解毒剤って何?
困惑する私を見て察したのか、クロがまた続きを書き始める。


「えーと…“己の爪で主を傷付けた時に”?あぁ、もしかしてあの時!」


私の脳内にはクロが振り落とされまいと私に爪を立てた時の記憶が甦った。確かにあの時、意識を失う前になんか痛いなクロめとか思ったような気がする。


「え、クロの爪って毒あるの?」


恐る恐る訊ねれば、クロはどこからかシャキンと鉤爪のようなものを取り出して手にはめた。
…つまり、この状態だったと?


「ちょ、物騒にも程があるでしょおおおお!私が死ななかったからいいようなものの、毒って…!」


唖然とする私に、ぺらりと向けられたメモ帳。


「ん?“遅効性の毒だからなかなか死なない”?ってそういう問題じゃない!!」


なに考えてんだ!とくどくどお説教を始めれば、クロはきょとんと首を傾げる。可愛っ…じゃなく、今は騙されないからな!


「とにかく、今後我が家ではそういう装備は禁止!丸腰で大丈夫だから!!」


私の言葉に一瞬考える素振りを見せたクロは、首を横に振りながらメモ帳を此方に向けてきた。


“いざという時、主を守る為に武器は必要”


そんなずるい言葉に私が何も言い返せるわけもなく。ていうかいつから主になったんだ私。


「正論っちゃ正論なんだけどね…」


脱力した私はクロがいそいそと鉤爪を細身な身体のどこかに隠すのを、ため息を吐いて見ていることしかできませんでした。