「ん……」


ゆっくりと目を開くと見慣れた天井。気が付くと、何故かベッドに寝ていました。はて、私今まで何してたんだっけ?


「っいたた…なんか後頭部がめちゃくちゃ痛いな…」


私はズキズキと痛む後頭部を押さえながらむくりと上半身を起こすと……またパタリと身体を倒した。

うん、夢だコレ。
だって、部屋の入り口に何か居た。私の目がおかしくなってなければ、部屋の入り口に腕組みして立ってる男の人が居た。


「これは夢だこれは夢だ…早く目覚めろ私…!」


ベッドに潜り直し、目をきつく閉じてぶつぶつと呟きながら頬をつねる。端から見たらただの不審者だけど、本物の不審者が部屋の入り口に立ってるからね!


「よし、そろそろ消えたか…ぎゃあああ!!!」


そろそろ消えただろうと恐る恐る目を開くと、目の前に不審者のドアップがあって思わず野太い悲鳴をあげてしまった。
そのまま近付いてくる顔から逃げるように移動する。


「うわわ、近っ…あだっ!」


ごつ、と鈍い音がして痛む後頭部を打ってしまった。少しマシになっていた痛みが再びぶり返してくる。やば、ちょっと涙でてきた。


「〜〜っ」
「………」


頭を抱えて悶絶していると、ふわりと暖かいものが頭に触れる。そのまま壊れ物でも扱うように優しく触れられて、私は漸く見知らぬお兄さんに頭を撫でられているという現状に気が付いた。


「す、すみません…ありがとうございます」


恥ずかしさから消え入るような声でそう言うのが精一杯だった。お兄さんは尚も無言で私の頭を撫で続けている。
ちょ、いつまで続くんだこの羞恥プレイ。


「…あの、もう大丈夫です」


遠慮がちにそう切り出せばやっと頭を撫でていた手が離れていった。妙な緊張感から解放された私はふぅ、と一息吐くと目の前に立つお兄さんを改めて正面から見詰める。

ピチッとしたボディスーツのような変わった服装がまず目を引く。いい身体してんなーなんて思った私は断じて変態ではない。本当に細身なのにがっちりしてるんだもんこの人。
顔は…長い前髪で目は隠れてるけど、絶対イケメンだ。スッと通った鼻筋とシュッとした輪郭がイケメンオーラを放っている。
しかし赤髪って…珍しいというか、大胆なお兄さんだな。


「あの、すみませんが…どちら様ですか?」
「……………」


意を決して話しかけるも、返答はなし。私、こんなに堂々と無視されたのは人生で初めてだよ。
だからと言ってここで諦めたら何にも事態は進展しない。怒鳴り付けたくなるのをぐっとこらえて、目の前の男性に根気強く声をかけ続ける。


「あの、お名前は?」
「………………」
「どちらから来られたんですか?」
「………………」
「てかどうやって入ったんですか?」
「………………」


私が聞いた言葉には全て無言という答えが返ってきた。ジェスチャーすらない。ぴくりともしない。なんか途中から石像に話しかけてる気分になってしまった。
本当に、拍手を送ろうかと思ってしまうほどの頑なさだ。クロとタメはるぐらい頑固だぞこのお兄さん。


「…クロと同じくらい頑固だ」


つい、ぼそりと本音が漏れる。すると今まで彫刻のように固まっていたお兄さんがぴくりと反応した。え、クロに反応したの?それとも頑固?まさか悪口だと思われた!?


「あ、頑固って別に悪口じゃなく…」


青くなった私が慌てて弁解しようとすると、お兄さんはふるふると首を横に降った。おお、初めて反応返してくれた…!
どうやら悪口だと思ったわけではないらしい。
だとすると…


「クロのことですか?」


私の問いかけに、お兄さんはこくりと頷いた。
なんか、大の大人がやると違和感がある動作の筈なのにこのお兄さんがやると可愛いなぁ…って、いやいや違うだろ。きゅんとするな私の心臓。


「クロの飼い主さんですか?」


クロは私が拾っただけの猫だ。勝手に野良猫だと思ってたけど、怪我のこともあるし案外誰かに飼われていたのかもしれない。
一番可能性のありそうなことを聞くと、お兄さんはまたふるふると首を横に降った。違うらしい。


「え?じゃあなんだろ…思い付かない」


拾ったばかりの猫について私が知ってることなんてほとんどない。だから、目の前のお兄さんとクロの関係も私には想像すらつかないわけで。


「てか、肝心のクロは何処行ったんだろ」


ふと辺りを見回してクロが居ないことに気付く。探しに行くために立ち上がろうとすると、ぱしりと腕を捕まれた。


「え!あ、あの、クロを探してくるので…」


振り向いて説明するも、お兄さんは私の手を掴んだまま再びふるふると首を横に降る。そして、そのまま自分を指差した。


「ん?自分が探すってことですか?」

ふるふる

「いや、だから私がクロを探しに…」

ふるふる

「クロを…」

こくこく

「え?」


何故か最後だけ頷いたお兄さん。私が小さく「クロ?」と呟くと自分を指差したままこくこくと頷いた。


「…クロ?」

こくこく

「え?お兄さんが、クロ?」

こくこく


あ、ダメだこの人危ない人だ。(多分)真面目な顔して自分がクロだなんていうお兄さんに危機感を覚えた私は、とりあえず距離を取ろうと後ずさる。


「あ、あはは…そっかぁクロかー。なら私、猫のクロに会いたいので離してもらえたら嬉しいなーなぁんて…」


相手を刺激しないように、話を合わせつつやんわりと解放して欲しい旨を伝える。こういうタイプは逆上したら危ないっていうしね!
しかし一体何を聞いていたのか、お兄さんは逆に私の身体をぐいと引き寄せて近付いてきた。


「うわ、ちょっ!離してお兄さっ……んんっ!」


文句を言いかけた口が、柔らかいもので塞がれた。目を閉じる暇もない。ロマンもムードも欠片もない。
けれど、間違いなくこれは――


ぼふんっ


「…………は?」


キスされた、と頭が理解した瞬間、目の前のお兄さんが音を立てて消えた。


代わりにそこには、黒猫が一匹。