「おーい、クロ。ご飯だぞー」
私は今大変困っている。 何故なら我が家にやってきたばかりの黒猫のクロが、院長先生がわけてくださったキャットフードを全く食べてくれないからだ。 というか、キャットフードを近付けるだけで静かに威嚇される。鳴かないけど。
院長先生には、怪我も酷いけど栄養失調気味で衰弱していたのでしっかり餌をあげなさい、って言われたんだけど…。
「おーい…お腹減ってんでしょ?食べなよー」
明らかに痩せた身体をふらふらよろけさせてるのに、クロは頑としてキャットフードを食べようとはしない。
「仕方ない、一か八か…」
なんとかクロにご飯を食べさせたい私は、奥の手を出すことにした。
「秘技、ねこまんま!これならどうだ!!」
ババーン!とクロの前に出したのは、お味噌汁の中にご飯をぶちこんだだけの簡単料理であるねこまんま。名前からすると猫が食べても大丈夫なんだろうと判断して食べさせてみることにした。食べても別に害はない筈だ。…多分。
「ほらほら、ご飯食べなきゃ元気になれないよ」
とん、と器を置いて、リビングまで下がる。私が傍に居るから食べにくいのかもしれないし。
クロは何度か私とねこまんまを交互に見ると、いつの間にかねこまんまの真ん前まで来ていた。おいおい、素早すぎてわかんなかったぞクロ。
「……」 「美味しいから食べなって」
ふんふんと無言でねこまんまを熱心に匂っていたクロは、私の言葉を聞くとゆっくりとねこまんまに口を寄せた。 ああ、器でよく見えない!なんだかもどかしいけど、少し頭が動いてるからちゃんと食べてるんだと思う。
「…よかった」
ほっと一息吐いて、私もご飯にすることにした。コンビニで買ってきた昼食をガサガサと取り出す。期間限定、なんて言葉に弱い私は、ついつい食べたこともない新商品を買ってしまったりする。 踊らされてるなぁ、なんて自覚しながらも誘惑に勝てないんだから仕方ない。今回のオムハンバーグ弁当だって、かなりボリュームがあるけど美味しそうなことに変わりはないのだ。
「あ、お茶…ってうわ!!」
お弁当を開けたところで飲み物を用意していなかったことに気付き立ち上がろうとしたら、膝の上にいつの間にかクロが座っていてかなり驚いてしまった。立ち上がろうとしたのにも関わらず、ずり落ちることもなく私の膝に平然と座り続けるクロは大物である。 あれ、ジーパンに爪立ててないかコイツ?
「こら、クロ!爪立てちゃ危ないでしょーが!」
危ないのもあるが本音はお気に入りのジーパンに穴開けやがってコイツ!!という心境である。意外と高かったんだぞこれ!
「こら、一回降りなさい!」
猫相手に叱っても通じないことはわかっているけど、ついつい子供を叱るような気持ちで叱りつける。躾ってすごく大事だと思うんだよね私!
「クロ!!」
それにしても、クロは何を言ってもどんなに無理矢理引き剥がそうとしても、平気な顔をして私の膝にしがみついてくる。なんなんだこの頑固猫は!
「っ、いい加減に…おわあっ!」
ガタン、と勢いよく椅子から立ち上がったら、下のマットまで一緒にずれてしまった。足元を掬われてバランスを崩した私の身体は、綺麗に後ろに倒れていく。 まるでスローモーションのように倒れていく私。投げ出されるオムハンバーグ弁当。ああ、勿体無い。 余計にしがみついてくるクロの爪が少しだけ肌に刺さってチクリとする。痛いなクロめ…!
ごつんっ!
「うあっ…ん、」
後頭部が床にぶつかって視界に星が弾けた。アホみたいに開いていた私の口から漏れた呻き声が何か柔らかいものに塞がれたのを最後に、私の意識は途絶えた。
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