「あーもう最悪…!絶対完全に目ぇ付けられた…!!」 あの後、すぐに脱兎のごとく外へ飛び出して逃げたけど、隈が酷い人とか目付きが鋭い人とか骨を抱えてた人とかめちゃくちゃ怖かった。どうしよう最高学年に呼び出しとか食らったら…。ていうか、立花先輩、何故か笑ってたような気がするんだけどな…。 ん?あれ?そういえば、骨を抱えてた人に見覚えがあった。確かあれは… 「善法寺、さん?」 「わ、覚えててくれたんだね!」 「おわあっ!」 つい名前を口にしたら、縁側の下からご本人が満面の笑みでひょっこり出てきました。こえーよ!! 「ぜ、善法寺さ…じゃなくて、善法寺先輩!」 「やだなぁ、伊作でいいって言ってるじゃないか。でも最初は先輩後輩って雰囲気から始めるのも楽しそうだよね!なまえくんったらよく考えてるなぁ」 「いや、あの…」 「あ、そうそうそんな話じゃなかったよね。さっきはどうしたの?あの仙蔵を蹴り飛ばすなんて。本当にすごいと思うけどなまえくんの綺麗な足が仙蔵で汚れちゃったら嫌だから消毒液持ってきたんだ!ほら、足出して?」 「ちょ、誰かァァァ!通訳お願いします!」 一体どこまで人の話を聞かない人なんだろう。しかも言ってることがちょいちょい酷い。にこにこして一見無害そうな可愛い人だけど、話してると何故か鳥肌立ってきた…。 「あの、すみませんちょっと急ぐので…うおっ!」 「じゃあ足袋脱がすねー。あ、ぬ、脱がすって言っても足袋だけだし、変なことしようとか全然考えてないから!で、でもなまえくんが実は期待してたりしたら、僕も勇気出して「いいから早く消毒するならしてください!」…あ、うん!」 私は仕方なく、本当に仕方なく消毒を受けることにした。無理矢理足を掴んで足を撫でながら頬を染めてあんな発言をかます善法寺先輩から一刻も早く離れたかったからだ。 「それにしても、なまえくんて強いんだね」 「へ?」 「だって、仙蔵は優秀ない組だよ?僕らの中でも特に冷静沈着で、不意討ちなんて喰らうタイプじゃないのに…」 「あー…そうなんですか」 消毒液を丁寧に掛けて何故か足に包帯まで巻かれながら、善法寺先輩とお話をする。たぶん、立花先輩に蹴りをいれることができたのは、先輩が私を女だと思って油断してたからだ。だけど、そんなこと善法寺先輩に言えるわけもない。 「よし、できた!」 「あは、は…ありがとうございました」 「いいえ。痒くなったりまた気持ち悪くなったりしたらいつでも僕に言ってくれていいからね」 「はぁ…」 にっこりと微笑む善法寺先輩。これが本当に怪我の手当てだったならよかったのに。内心溜め息を吐きながら、部屋に戻ったら一番に包帯を取ろうと決意した。 「そういえば、なまえくんは授業とかはないの?」 「ええ。授業は明日から参加することになってます。学園長先生が今日は学園内を見て廻りなさいと」 「そうだね、それがいいと思うよ。特に競合区域なんかは気を付けてね。綾部の蛸壺がたくさんあるし、他の罠だってたくさんあるから」 「はい、気を付けます」 サッと立ち上がった善法寺先輩は暫くじいっと此方を見詰めたかと思うと、何かを思い付いたかのようにポンっと手のひらを叩いた。 「そうだ!怪我した時のためにも、保健室の場所を知っておかなくちゃね!」 「保健室…ですか?」 「うん。もう行ったかな?」 「いえ、まだです」 「ちょうどよかった!」 善法寺先輩は嬉しそうに私の手を取ると廊下をずんずん歩き出した。突然の行動にちょっと足元がもつれそうになりながらも慌てて着いていく。 「僕、保健委員会の委員長なんだ。怪我したり具合が悪くなった時には、遠慮せずすぐ僕に言ってね!」 「そうなんですか!」 立花先輩が言っていた通り、やはり忍たまはみんなどこかの委員会に所属してるみたいだ。善法寺先輩は確かに保健委員なんてぴったりだと思う。ちょっとたまに鳥肌が立つけど、基本的には優しくていい先輩だし…。 「では、いざというときはよろしくお願いしますね」 笑顔で善法寺先輩にそうお願いすれば、此方を見た善法寺先輩が突然ぴしりと固まってしまった。 「先輩?」 「〜なっ、なんでもないよ!なまえくんが来てくれるなら毎日保健室の掃除してピカピカにして待っとくね!勿論消毒液から風邪薬や媚薬まで、なんでも用意して待っとくから安心していつでも来てね!」 「は、はぁ…」 突っ込まない。いや、突っ込めない。真っ赤な顔でいろんなことを口走る善法寺先輩に激しく関わりたくない。 というわけで、私は何も聞いてませんよという姿勢のまま適当に相槌を打ち、保健室まで大人しくし善法寺先輩の後ろを着いていきました。 「さぁ、着いたよ。おーい、みんな!」 保健室に着いたところで、善法寺先輩がガラリと扉を開けてサッと中に入っていった。うーん、なんだか嫌な予感がするんだけど…。 中には井竹模様の制服を着た男の子が二人、包帯を手にして立っていた。眼鏡をかけている子がいち早く此方を向いて、善法寺先輩に駆け寄る。 その拍子に、手にしていた包帯がポトリと足元に落ちるのが見えた。危ない! 「あっ、伊作せんぱーい…うわあっ!」 「あっ、乱太郎!おわあっ!」 ガシッ! 「…少年、善法寺先輩、大丈夫ですか?」 「うわぁ、すごいスリル〜」 少し顔色の悪い少年がパチパチと拍手をする。私はふうと溜め息を吐いて、両側の二人をそっと放した。 何が起こったのかというと…眼鏡の子が案の定包帯を踏んづけて転けそうになり、それを助けようとした善法寺先輩が足元の段差に躓いた為、私が二人の間に入り両手で二人を支えたのだった。 「す、すみません先輩!ありがとうございます!」 「ありがとうなまえくん」 「いえ。怪我とかがなくてよかったです」 ぺこりと丁寧に頭を下げる眼鏡の男の子とへにゃりと笑う善法寺先輩に対し、苦笑しつつも本心からそう答えた。保健室だから治療はすぐにできるだろうけど、怪我なんてものはしないに限る。 そんな私を不思議そうに見ていた眼鏡の男の子は、ハッとしたように慌てて手を上げた。 「あ、私は一年は組の猪名寺乱太郎といいます!」 「僕は一年ろ組の鶴町伏木蔵で〜す」 「二人とも保健委員なんだよ」 「そうなんですか。私は五年ろ組に転入してきたみょうじなまえです。よろしくね」 どうやら二人は最年少の一年生らしい。可愛いなぁなんてほわわんと癒されてたら、乱太郎くんと伏木蔵くんがぽっと頬を赤く染めて俯いてしまった。そのまま、何故か私に背を向けて二人でごにょごにょと相談し始める。 「え?五年ろ組の先輩ってことは…」 「男…なんだよね?すごいスリルとサスペンス〜」 「…どうしたんでしょう?」 「あはは…」 善法寺先輩に聞いてみても笑ってばかりで教えてくれる様子はない。仕方ない、二人に直接聞いてみるか! 二人の背後から、肩をぽんと叩いて声をかける。 「ねぇ、なんの話し?」 「うひゃあっ!」 「わわっ!」 「危ない!」 ガシャーン! 「……危機一髪、だね」 「「あはは…」」 「よかった…」 ほっと胸を撫で下ろす善法寺先輩。私も両脇に抱えている後輩二人も、倒れた薬棚を見て顔をひきつらせながら笑ってしまった。 一体此処はどうなってるやら。 |