「喜八郎」 食堂を出た途端、面倒な人に捕まった。聞きたいことはすぐにわかったけど、何もわからないふりをしておく。 「おやまぁ、立花先輩」 「先ほどは随分と楽しそうだったな」 「ええまぁ」 じっと此方を見詰めてくる視線に対して此方も同じように無表情で返せば、先輩はふっと表情を緩めた。 「そう心配そうな顔をするな。別にアイツをどうこうしようというわけではない」 「はぁ」 「ただ、アイツが白か黒か聞こうと思ってな」 ニヤリと笑う立花先輩は絶対録でもないことしか考えてないに違いない。 さっきまで触れていた、到底男とは思えないような柔らかな身体つきを思い出す。胸は確かになかったけど、あれが男であるはずがない。 「白じゃないですか?胸は全くなかったですし」 だけど、それを先輩に言う必要はない。けろっとした顔でそう言えば立花先輩はちょっと目を見開いた。おやまぁ珍しい。先輩でも驚くんですね。 「ふっ…驚いたな。喜八郎、お前が気に入るほどの奴か」 「別に気に入ってなんかいませんよ」 ただ、私を撫でてくれた優しい手が他の誰かに取られるのがなんとなく嫌なだけです。まぁそんなこと口には出しませんけどね。 「そうか。手間をとらせたな」 「いえ。では私は蛸壺を掘りに行ってきます」 「ああ。行ってこい」 やけに機嫌の良さそうな立花先輩をくるりと視界から除外して。さて、ターコちゃんでも掘りに行こうかな。 「ふむ…まさか喜八郎が奴を気に入るとはな」 予想外だった。他の六年生たちと共に食堂での出来事を見ていたのだが、何処に惹かれる要素があったのかさっぱりわからん。まぁ、黒であるとわかっているが証拠がないため、喜八郎に吐かせようと思ったが… 「喜八郎が庇うとは…」 あの何事も我関せずを貫くようなマイペースが、他人を思って行動したなどとはにわかには信じられんが…どうやら事実のようだしな。 「ふふ、面白いことになりそうだ」 一言呟いて踵を返すと、どんと誰かとぶつかってしまった。 「す、すみません!」 声の主を見て、つい笑みが浮かんでしまったのも仕方あるまい。 「お前…みょうじなまえか?」 「え?はい」 飛んで火に入るなんとやら、だな。 「少し付き合え」 そう告げられて付いていけば、なんと六年生の長屋に連れて来られてしまった。一応学年的に下であるため、下手に反抗はできない。というか…何故だか、この先輩には反抗できる気がしない。 「着いたぞ」 「は、はいっ!」 カラリと開かれた部屋には机が二つ。真ん中には衝立が置いてある。あ、そういえば、普通は二人部屋なんだって土井先生が言ってたっけ。 「ふ、そんなに緊張するな。同い年なのだろう?」 「え、まぁ」 ふわりと微笑まれて、思わずその人に見惚れる。なんでだろう、男の子なのに私なんかよりよっぽど美人だ。 あれ?というかなんで同い年って知ってるんだろう? 「ああ、食堂でのやり取りを聞いていてな。それに、喜八郎は我が作法委員会の一員だ」 「え?あ、そうなんですか…」 いや、なんで私の考えてることがわかったんだろ?ていうか、委員会ってハチも言ってたような…? 「委員会は忍たまであればどこかに所属しておいた方がいいぞ。今のところ、9つ委員会があるが…お前は五年ろ組だから、生物委員会と図書委員会と学級委員長委員会には入れないな」 「え?あの…」 「まぁ、委員会の説明は追々してやろう」 「あ、ありがとうございます…?」 「…何故疑問符が付く?」 「あ、ありがとうございます!」 「それでいい」 満足気に頷く目の前の美形を見て、私は確信した。この人は逆らっちゃいけない人種だ!と。立ち向かうとか怖すぎるもん無理無理。 ていうか、なんでさっきから考えてることが… 「お前は分かりやすいな」 「へ?」 くくっと喉を鳴らして、如何にも可笑しいと目の前の美形は笑った。チクショウ、笑うだけで絵になる。 「考えていることがすべて顔に書いてあるぞ?」 「え!?」 大慌てで顔を抑えると、再びくつくつと笑われた。か、からかわれてるのか…? 一頻り笑い終えると先輩はスッと片手を差し出してきた。 「六年い組の立花仙蔵だ。作法委員会の委員長でもある」 「あ、五年ろ組のみょうじなまえです。よろしくお願い…ひゃあっ!」 します、と言おうとしたら、差し出した手をぐいと引かれてぼすんと立花先輩の腕の中に飛び込んでしまった!ひいいいなんてことを!! 「すみません今すぐ退きますからっ…!」 「はは、気にするな」 「え、いや気にしますって!」 わたわたと抜け出そうとするが意外ときっちり捕まえられていて抜け出せない。あんまり力任せにすると先輩の顔とか殴っちゃいそうだし…あああもうどうしたら! 「ふ…全く。よくこの程度で忍たまに入ってきたな?」 「…え?」 立花先輩の声のトーンが確実に落ちた。捕まえられている腕には更にギリギリと力が籠る。い、痛い痛い!! 「今からでも遅くはない…くのたまに移ったらどうだ?」 確実に含まれている、蔑みの色。その言葉を聞いた瞬間、ぶちっと何かが切れる音がした。 ドカァン!! 「な、なんだ!?」 「どうした仙蔵!?」 「…く、」 大破するドア、駆け寄ってくる足音、心配そうな声、苦しそうな先輩の呻き声。全部が全部遠い。 「…私は男です、って言ってんだろーが」 唖然とする先輩方に向かって、にっこり笑って見せた。 |