「くそっ…」

「何イライラしてるの?三郎」



同室の雷蔵に心配されていつもなら昇天するほど嬉しい筈なのに、どうにもイライラが収まらない。それもこれもすべてさっきのアイツの所為だ。



「聞いてくれよ雷蔵。私たちの組に、いけ好かない転入生が来るんだぞ」

「へぇ。珍しいね、五年生で転入なんて」



確かに五年で転入とは珍しい。だが、実力を見る限り悔しいが納得はできる。昼食を取るために一緒に食堂へと向かいながら先ほどあった出来事を雷蔵に話すことにした。



「それが、ソイツとハチが真昼間から裏庭で抱き合っていてな。怪しげな雰囲気だったから、私が声をかけてやったんだ」

「…そこは見なかったことにしようよ」



苦笑する雷蔵は二人が怪しげな雰囲気だったことについて言及する気はないらしい。ああ!なんて優しいんだ雷蔵!
しかしこんな面白いこと放っておく手はないだろう。ハチには悪いが、私はアイツが嫌いだからこんな噂流してやるんだ。決して蹴られた仕返しとかじゃないからな!



「いやいや、私としてはだな、友達が男色という誤った道を進もうとしていたらそれを止めてやらねばなるまいと使命感に燃えていて…」

「え、何々、誰が男色なの?」

「あ、勘ちゃん」

「今日は豆腐あるかなぁ…」

「兵助も居たのか。…相変わらずお前は豆腐ばかりだな」



歩いていると、後ろからい組の二人がやってきた。相変わらず兵助は豆腐のことしか頭にないらしい。反対に、私の話に興味津々とばかりに食いついてきた勘右衛門にはニヤリと笑みを向けた。



「それがな…今日ついさっき裏庭で、八左ヱ門が転入生と抱き合って…」

「ちげぇよ!だから誤解だって!」

「あ、ハチ!」

「噂をすれば、だな」



どすどすと私を追いかけてきたハチは怒りか羞恥かで顔を真っ赤に染めている。そのまま私の肩を掴むと力任せに引いた。チッ、馬鹿力なんだから手加減をしろ。



「おい、いい加減にしとけよ三郎!なまえと俺はそんなんじゃねぇ!」

「なまえっていうんだね、転入生」

「お、おう」



ナイス雷蔵!一瞬雷蔵に気を取られて力が緩んだので、肩に置かれていた手からするりと抜け出した。



「全く、ムキになるほど怪しいというのがわからんかねぇ」

「なっ…!お前、なまえに回し蹴りされたこと根に持ってるだけだろ!」

「え!三郎回し蹴りされたの!?」

「三郎に回し蹴り食らわすとは…やるなぁ」



チッ、ハチめ余計なことを…!雷蔵も勘右衛門もそれはすごい、なんてアイツに興味を持ちだしてしまったじゃないか…!兵助は相変わらず豆腐豆腐呟いているから問題ないな。



「とにかく!それとは別に私はアイツが嫌いなんだ!」

「嘘つけ!」

「私があんな女みたいな奴に不意をつかれてたまたま蹴られたくらいで気にするわけないだろ!」

「めちゃくちゃ気にしてんじゃねーか!」



ふん、私があんな一撃で気にするわけがない。確かに身のこなしといい速さといい蹴りの重さといい完璧だったが…そんなのは関係ない!



「…あれ?五年の制服来た人が居るけど…」

「もしかしてあれが噂の転入生?」



食堂に入った途端、雷蔵が注文しているアイツの姿を見つけた。勘右衛門なんか完全に楽しんでアイツを見てる。くそ、なかなか好印象(?)じゃないか!
ハチは何故だか顔を真っ赤にしてアイツから視線を反らしてるし……やっぱり気があるんじゃないか?



「どうやって声かける?」

「うーん…初めまして、って言えばいいのかな?それともはっちゃんと三郎が知り合いだから僕らはその友達として挨拶したほうが…いやでも…」

「ああコラ勘右衛門!お前の所為で雷蔵がアイツのことなんかで迷い出したじゃないか!」

「おばちゃん、今日は豆腐がついてるのはA定食?」

「兵助!お前は勝手に注文するな!」



ああもう自由だなお前ら!なら、私だって自由にさせてもらう!



「雷蔵、勘右衛門。竹谷を抑えて隠しといてくれ」

「…もう、三郎何する気?」

「りょうかーい」

「もがっ!?」



雷蔵は苦笑しつつ、勘右衛門はノリノリで二人してハチを抑えてくれた。私はサッと顔をハチのものに変えて、声も作る。



「まぁ見てろって!ちょっと行ってくる!」



完全にハチになりきって、気に食わないアイツの元へ向かった。ふふん、私の変装の前にひれ伏すがいい!



「うわぁ…悪い顔」

「はっちゃんはあんな表情しないよね」

「もがーっ!」

「でも…」

「うん」

「「なんだかんだ、三郎楽しそうだよね」」



さぁて、一泡吹かせてやるか!