「あ、」
思わず声を出してしまった自分を全力で殴りたい。街で女連れのアイツを見掛けるなんて、珍しいことでもないのに。
私が声を上げたことで、奴の隣に居る女に気付かれてしまった。不覚。
「なぁに?この子、晋助のオトモダチ?」
べったりと高杉の腕に凭れながら此方を勝ち誇ったような目で見てくるお姉さん。うーん、いつもの高杉の好みよりちょっとケバいな。
「あァ、クラスメートだ」
「ふぅん。こんな地味な子とも仲良くしてあげるなんて、優しいのね」
うふうふ笑いながら高杉にまとわりつく女は然り気無くどころか思いっきり私をバカにしてくる。
「あんた、また女変えたんだ。とっかえひっかえよくやるよね」
私はただのクラスメートで、高杉が遊んでよーが友達が泣かされよーがあんまり気にならないし気にしないんだけど。高杉の隣に居るお姉さんがあんまりにも私をバカにしてくるもんだから、つい口が滑ってしまった。
「は?私と晋助は付き合って長いのよ?」
「え?つい3日前に私の友達に手ぇ出したような男ですけど?」
「っそんな嘘、信じるわけないでしょ!このブス!あんたみたいな地味なのが晋助の名前呼ばないでよ!」
お姉さんは私の言葉を信じないみたいで、逆に私に対してキレだした。
てゆか、地味なだけでクラスメートの名前すら呼んじゃダメなわけ?ダメだこのお姉さん頭おかしい人だ。
「あー、すいませんでした。じゃあもうお邪魔しないんで、」
さよなら、と言って立ち去ろうとした私の腕を高杉がぱしりと掴む。え、おいおい空気読めよ高杉。
「晋助…?」
お姉さんが、信じられないって顔してる。そりゃそうだ。私だって信じられない。腕を掴まれたあと、その腕を引かれて抱き締められるなんて。
「っ…離せへんた、もごっ」
「コイツの言ってることは本当だ」
「え…?」
暴れようとしたら即座に胸板に顔を押し付けられて口を塞がれた。く、苦しい…!
何も見えない私を余所に、高杉は涙声になってるお姉さんに向かって吐き捨てるように言う。
「お前、もう飽きたからいらねェ」
「…へ?」
「じゃァな」
「ぷはっ…ち、ちょっと!」
高杉は最低な言葉を吐くと、私の手を掴んだままいきなり走り出した。手を引かれるまま、私もその後ろについて走っていく羽目になる。
「っはあ、はぁ…一体なんなのよ!!」
ある程度走らされて、漸く足が止まったところで高杉に向かって噛み付くように吠えた。
そんな私の言葉なんか聞いてないみたいに、高杉は上を向く。
「あー…久々に走った。だりィ」
「はあ!?」
人を巻き込んでおいて何をぬけぬけと…!
怒りに打ち震える私を余所に、高杉はバサリと着ていたジャケットを脱ぐとシャツのボタンをぷちぷちと外した。汗で光る首筋だとか、空を仰ぐ横顔だとかが妙に色っぽくていたたまれない。
ついと視線を逸らすと、くつくつと笑う声が耳に入る。
「くく、見惚れたかァ?」
「誰があんたなんかに!」
本当に質の悪い男だ。自分の容姿だとか、その他全てをわかった上で最大限に利用してるんだから。
いつまでもこんな奴に付き合ってる暇なんてない、と思い直した私は、自身の汗を拭うとすっと高杉に視線を合わせる。
「あんたが遊ぼうが私には関係ないけど、巻き込むのは辞めてよね。あと、いい加減にしとかないとアンタ本当に刺されるよ」
「くくっ、かもなァ」
何が可笑しいのか、くつくつと笑う高杉。ああそうか、コイツも頭おかしいんだ。
「じゃあ、私帰るから」
「なまえ」
立ち去ろうとした途端、名前を呼ばれて思わず足が止まる。コイツ、私の名前知ってたんだ。
「…なに」
振り向かないまま尋ねれば、ふっと空気が動いた。
「お前に刺されんなら、本望だぜ?」
「なっ…!」
耳元で聞こえた声に振り向けば、頬に柔らかい感触。反射的に手を出したけど、ぱしりといとも簡単に掴まれてしまった。
「〜〜あん、た、ねぇ…!」
「ゴチソウサマ、なまえちゃん?」
高杉はニヤリと笑いながらそう言うと、くるりと背を向けて勝手に去っていった。
きっとそいつは確信犯
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