「ねぇ、何がそんなに憎いの?」
まるで親の仇でも見るような様で空をじっと睨み付けている高杉の背後から声をかけると、その肩が少しだけ震えたのが見えた。
「くくっ…そうさなァ。世界ってやつかね」
どうやら笑っていたらしい。くるりと此方を振り向いた男の口許は今夜の三日月と同じ形をしていた。
機嫌が悪そうに見えたのは私の勘違いだったのかもしれない。
「アンタの言う世界って、どんなとこ?」
何の気なしに尋ねた言葉に、高杉は少しだけ驚いたような顔をする。しかしすぐにその隻眼を細め、プカリと煙管を吹かした。
「暗くてドロドロとした沼地の中に幾万もの死骸が沈んで、そこから唸りのように叫ぶ声が絶えず聞こえやがる。“壊せ” “殺せ” と叫ぶ亡者達の怨念の声がなァ…」
「ふーん」
よっぽどこの男には常人には見えぬものが見えるらしい。潰れた筈の瞳が疼いて仕様がないのだとよくこぼしているだけに、それは真実のようにも聞こえた。
「なんか、つまんない世界だね」
本当に、ぽつりと言葉が零れた。
思ったことをそのまま言っただけ。
それなのに、何故か高杉は一瞬深く傷ついたような顔をした。
「…高杉?」
「くくっ…違いねェ。だから壊すのさ」
それは瞬きをした途端消えてなくなっていて、高杉はいつものように全てを皮肉るような笑みを浮かべていた。
声をかけた私の隣を通り過ぎる瞬間、一瞬だけ高杉と目が合う。その瞳は、深い憂いの色を宿していた。
憂情に沈む
「お前には」
背後から、ぽつりと呟くようにかけられた問い。
「お前には、世界が綺麗に見えんのか?」
くるりと振り向いて、此方に向けられた背中に抱き付いた。
「そしたら此処に居ないでしょ」
「くくっ…違いねェ」
本当は、アンタの居るとこだけはね、って言ってやりたかったんだけど。
振り向いた高杉がなんだか泣きそうに見えて、言えなかった。
130108