あのストーカー騒ぎから数日後。 「おはよーなまえちゃん!」 「ん、おはよー猿飛くん」 登校中、猿飛くんに挨拶をされたから挨拶をし返したら、何故だかぽかんとした顔をされた。それから、拳を握ってなんだかぷるぷると震えている。 「〜〜ッ!俺様の愛がやっと伝わったんだねなまえちゃん…!俺様大感激い!」 「調子に乗らない」 「あてっ」 叫びながら抱き付いてこようとした変態にチョップを喰らわすと、「ちぇー」なんて言いながらもどこか嬉しそうにおでこを撫でていた。 …うん、今日も相変わらず変態ぶりは健在らしい。 そんなことを思いながら歩いていたら、隣を歩いていた友人がなんだかぽかんと私を見ていた。 「ん?どしたの?」 「…なんか、なまえ優しくなったね」 「そう…かな?」 「そうだよ!前までだったらチョップなんかじゃ済まなかったのに!」 「アハハ、それ暗に私が凶暴って言いたいのかな?」 「え?ううん、違うけど」 「え?ああ、そう」 全く悪気なく毒を吐く友人にも困ったものだ。 天然って扱いにくいなあなんて思っていたら、いつの間にか私の左隣に居た猿飛くんが「あっ!」と声をあげた。そして、校門近くを歩いていた特徴的な彼に近付いて行った。 「旦那あ!」 「おお、佐助」 彼は猿飛くんに笑顔で振り向くと、その後ろに居た私と友人の姿を見付けたようでぺこりと頭を下げてきた。ぎこちなく礼を返すと、友人が嬉しそうに「真田くん!」と言いながら彼に駆け寄って行ってしまった。あ、これは私空気読んだ方がいいかな。 「お、おはよう真田くん!」 「お、おはようございまする!」 なんだか初々しいあの空間には入っていけず、先に行こうと一礼して横を通り抜けるとがしりと腕を掴まれた。 掴んだのは勿論、この変態。 「…なにかな?」 「んー?俺様も教室に行こうと思って」 「私たちクラス違うでしょ」 「えーいいじゃん。授業が始まるまででいいからさ。ね?お願いっ!」 ぎゅうっと両手で手を包まれて、下から覗き込むように懇願される。確かに友人が言うように、最近私は猿飛くんに甘いみたいだ。何故だか、以前みたいにノーと即答できない。 私がぐらついているのが分かったのか、猿飛くんはだめ押しとばかりにへにゃりと眉を下げて此方を見上げた。 「…ダメ?」 上目遣いはずるい。仕方なく、本当に仕方なくだけど、私は渋々頷いた。 「…授業、始まるまでだからね」 「ありがとうなまえちゃん!」 「あ、ちょっ、こら!」 「えへへ、いいでしょ!」 途端に満面の笑顔で私の手を取り、所謂恋人繋ぎをしてくる猿飛くんを叱ってはみるものの、ご機嫌な彼の耳には全く届かなかった。周りの(特に女の子からの)視線が痛いってことに気付いて欲しいんだけど。 「ねぇ、」 「ん?なあに?」 でも、振り向いた猿飛くんがあんまりにもだらしなく笑うもんだから。 「…なんでもない」 結局離してくれとは言えなくて、教室に着いて授業開始のチャイムが鳴るまでずっと手は繋がれたままだった。 「アンタがなまえか?」 授業間の短い休憩時間。突然降ってきた声は目の前に立つクラスメートから発せられたらしかった。らしかった、だなんて他人事のような表現を使ったのは、私がまだ状況を理解しきれてないから。 「Hum…、まあ中の上ってとこだな」 人の顔をじろじろと眺めているクラスメートは、以前真田くんとグラウンドで言い合ってた人だった。たしか名前は伊達?くん。 「…なにか用?」 初対面にも関わらず不躾な態度をとってくる彼に不快感を隠しもせずに眉をしかめて声をかければ、何故だか彼はへぇ、と意外そうな声を発した。 「案外気が強いんだな。大人しそうな見た目してんのに」 「そっちこそ、優男っぽい見た目なのに中身は随分とお子様みたいだね」 つい喧嘩腰ともとれそうな口調になってしまい、慌てて口をつぐむ。しかし出てしまった言葉は帰ってくるわけもなく、目の前の伊達?くんは映画の悪役のようにニヤリと笑った。 「ははっ、面白れぇ。猿なんかには勿体無ぇな」 くい、と顎を持ち上げられて真っ直ぐに目を見据えられる。猿飛くんの時のように反射的に払い除けようと平手を準備したら、もう片方の手でいとも簡単にぱしりと受け止められてしまった。 ヒュウ、と口笛を吹いてくる余裕さが憎たらしい。 「気が強い上に手が早いみてぇだな。とんだじゃじゃ馬だ」 「…うるさい。離してよ」 ギラリと光る眼光に嫌な汗が流れる。獲物を前にした肉食獣みたいな雰囲気に危機感が募っていく。 ああ、漸く分かった。クラスメートで尚且つ有名人なのに、なんで私がこの人のこと知らなかったのか。私、こういうタイプが苦手なんだ。 「案外、押しに弱いんだな?」 ニヤリと笑ったまま、伊達?くんが少しずつ近付いてくる。抵抗してるのにびくともしない。男女の差がこんなにあるなんて思いもしなかった。だって、普段は猿飛くん相手だったし…。 そこまで考えて、ふと気付く。あれ?猿飛くんも男じゃん。なのに彼はいつも私に叩かれるし殴られるし簡単に振りほどけるし。もしかして猿飛くん、私と関わる時は手加減してた、とか…? 「抵抗しねぇんなら、このままkissすんぞ」 「…は?」 ぼんやりと違うことを考えていた所為かもう目の前に伊達?くんの顔があった。彼の言葉に我に返って慌てて押し退けようと力を入れても、やっぱり振りほどけない。 抵抗しないんじゃなくてアンタがさせないんでしょうが!なんて心中で叫んだって伝わる筈もなく。 ついにお互いの吐息がかかるくらいの距離になってしまった。 「ちょ、待っ…!」 「はーいそこまで!」 伊達?くんのどアップに耐えきれず目を瞑ると、唇に温かいものが触れた。けど、それはあまり柔らかくなくて、なんだか少し硬い。割って入った聞き覚えのありすぎる明るい声に目を開くと、目の前にはまだ伊達?くんのアップがあってびっくりしてしまった。 「んん!?」 叫び声は何故だか口を覆われていた所為で篭った声になった。私の口を覆っている手は、勿論猿飛くんだ。 「ほら!伊達ちゃんてば早く離れなよ!」 「うげぇ…猿の手の甲なんかにkissしちまうとは」 伊達くんは嫌そうな顔をして素早く離れると、何度もごしごしと唇を擦っていた。ちょっと可哀想な気がしなくもないが、まあ自業自得だろう。 「なんでてめぇが居んだよ」 伊達くんの最もな質問に、私もついと視線を猿飛くんに向ける。猿飛くんはさっきまで私の口を塞いでいた手で、いつの間にか私の左手を握っていた。 「移動教室で見えたんですうー。ほんっとサイテーだよね伊達ちゃん。人のものに手ぇだすのやめてくんない?」 「おい私がいつアンタのものになった」 聞き捨てならない発言に思わず突っ込めば、目の前の伊達くんも我が意を得たとばかりにニヤリと笑う。しまった、ここはコイツを回避するのが最優先事項だった。 「…だとよ?」 「なまえちゃんは照れ屋さんだからこうなの!」 「違うし」 でもやっぱり猿飛くんに同意するのはなんだか釈然としないので事実を述べる。がっくりを肩を落とした猿飛くんを見て、ちょっとだけ罪悪感が湧いてきた。まあ、なんだかんださっきも助けて貰ったし…。 「伊達くんは苦手だけど、猿飛くんは嫌いじゃないよ」 「なまえちゃ…!」 「オイ、それは俺が嫌いって意味か?」 キラキラと嬉しそうな視線を此方に向けてくる猿飛くんが可愛く見えて、つい頭を撫でる。伊達くんはこの際スルーだ。 「…俺様、今が一番幸せかも」 ぽつりと呟いた猿飛くんは、頭を撫でていた私の手を取って跪くと、西洋の騎士のように恭しく私の手の甲にキスを落とした。 「これからも、俺様がなまえちゃんを守るから」 伏せられた長い睫毛が猿飛くんを大人びて見せる。珍しくまともな猿飛くんに、つい顔が熱くなる。恥ずかしくて声も出せない。何も言えずに黙っていると、猿飛くんが突然何かに気付いたように立ち上がった。 「猿飛くん?どうし…」 「さっきなまえちゃん、俺様の手の平にちゅーしてくれてたよね…?」 「は?」 確かに、手の平で口を覆われてたから唇が当たってたけど、あれはチューとは言わない。そう突っ込もうと思ったら、猿飛くんはなんだか危ない目で自分の手の平を見詰めていた。 「じゃあ俺様今日からなまえちゃんと間接キスし放題…!?よし決めた、俺様もう一生手ぇ洗わない!」 「ッ…いい加減にしろこのド変態いい!!」 「ぎゃあああ!」 私変態とか本当に嫌いだからキモイから! 「もう、ほんっと無理!」 「うぇ、なまえちゃあああん…」 「あーもう鬱陶しいから泣かないで!…まあ、その変態さを治せば考えないこともないけど…」 「ッ…!もおおなまえちゃん!大好きいいい!」 がばっ! 「ぎゃあああ!だからどこ触ってんだ変態いいい!」 こんな感じで、これからも変態に振り回される日々が続きそうです。 fin. |