また、だ。
溜め息を吐きながらくるりと振り向けば、途端にぴたりと足音も止まる。暫く電柱や建物の影をじいっと目を凝らして見てみたけど、結局何も見つけられなくてまた歩き出した。






「…ストーカー?」

「あー、まぁ、多分なんだけど。最近やけに付け回されててさ」


昼休み、クラスメートとご飯を食べながらちょっと気になっていたことを話せば、隣からがたん!と勢いよく椅子が倒れる音が響いてきた。


「え、え…!俺様のなまえちゃんにストーカーだって!?」

「…猿飛くんじゃないの?」

「違う違う。この変態だったら喜んで私の前に飛び出してくるから。隠れるなんて真似しないし」


実は私も最初はそう思ってたんだけどね。実際一度だけ猿飛くん、と呼びかけてみたけど無反応だったし。
私の言葉を聞いて、何故だか猿飛くんは嬉しそうにふふんと胸を張る。


「当たり前じゃん!俺様はれっきとしたなまえちゃんの彼氏だもん!」

「妄想が痛い奴は置いといて、最近ちょっとずつエスカレートしてきてさ」


す、と鞄から差し出したのは一枚の封筒。中身をバラバラと机の上に出すと、たくさんの写真が机の上に出てきた。


「わ…!全部なまえだ…」

「…そうなんだよね。ていうかどさくさ紛れに勝手に写真持って帰ろうとすんな!」

「い゛っ!」


有り余るほどの盗撮写真を見せていたら変態がいつの間にかポケットに何枚かを入れていた。慌てて鉄拳制裁を加えて、写真をもぎ取るように奪い返す。


「うう〜…ちょっとくらいいいじゃんか!」

「いいわけないでしょ!」


全く油断も隙もない、と溜め息を吐いていると、不満そうな猿飛くんが唇を尖らせながら此方を向いた。


「それにしても、おかしいよこれ。俺様のコレクションより多いなんて!」

「…なんか今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするなぁ?」


笑顔で手をボキボキと鳴らしてあげれば、変態は慌てて1枚の写真を指差した。


「やっ、ちょっとこれ見てよ!」

「ん?これがなに?」

「お風呂上がりのなまえだね」


友人の言う通り、そこにはドライヤーで頭を乾かす私が写っていた。まぁ、お風呂上がりと言っても服だってちゃんと着てるし、学校で撮られてた着替え中の写真よりは全然マシだ。


「だから!おかしいでしょ?俺様だってなまえちゃんのお風呂上がりの姿なんて見たことないのに!」


ぷうっと膨れる猿飛くんの言葉に、さああっと血の気が引いていく。確かに、あれだけ四六時中私にくっついてきてる猿飛くんでさえ、こんなにプライベートな部分は見てないはず。それなのに、写真を撮られ、更に私自身に送りつけてくるってことは…。


「…家も知られてるし、無防備な姿も普段から見られてるかもしれないってことでしょ?」


滅多に見ない猿飛くんの真剣な表情に、漸く事の重大さが分かった気がした。







「…で、なんでこうなった」

「えー?勿論、俺様がなまえちゃんを守るため!」


にへら、と嬉しそうに笑う猿飛くんに、本日何回目になるかわからない溜め息を溢す。確かにちょっと不安もあるし、いつも一緒に帰ってる友達がたまたま委員会の仕事で帰れなくなったんだけど。だからと言って、なんで私がこの顔だけはいい変態と一緒に下校しなくちゃならないのか。


「…私からしたら猿飛くんも充分危ないんだけど」

「ん?なんか言った?」

「…別に」


ぼそりと呟いた不満はどうやら聞こえなかったらしい。ルンルンとまるで鼻歌でも歌い出しそうな猿飛くんにまた溜め息を吐きつつ、仕方なく家路に着いた。


「…本当に大丈夫?」

「大丈夫だってば」

「本当にほんとーに、大丈夫?」

「しつこい!」


家まで送ってくれたのはいいけど、そのまま心配だからと家に上がり込んでこようとした猿飛くんを慌てて押し出す。玄関前で何度も心配していたけど、私は大丈夫だと言ってそのまま猿飛くんを追い返した。






「…あ。あーもう…夕飯の材料買うの忘れてた…」


空っぽに近い冷蔵庫の前で思わず項垂れる。そう言えば朝確認したのに、ストーカーの所為ですっかり頭から抜け落ちていた。


「…大丈夫かな」


チラリと時計を見ればもうすぐ6時。まだまだ外は明るいから、今ならまだ大丈夫だろう。財布と携帯をひっ掴むと、慌てて家を出た。