ここ最近、私の周りを彷徨いていた変態が姿を表す回数が減った。私としては大変有り難く、この上なく喜ばしいことだというのに、友人からしてみればそれが面白くないらしい。 「なんで最近来る回数が減っちゃったのかなぁ?」 「飽きたんじゃない?それかやっと目が覚めたか」 昼休み。何時もならあの煩い変態を気にして臨戦態勢で居なければならないが、ここ最近は突然の来訪もなく、のんびりと友人と昼食を楽しんでいる。 これが私にとっての幸せなのだと、どう言えば目の前の友人に伝わるだろうか。そう考えては見たものの、彼女相手では伝わりそうもないと苦笑いを溢しながら弁当をつつく。 「そんなことないと思うけど…」 「きっとそうだって。初めから恋愛とかじゃなかったんじゃない?こんな平凡どころかそれ以下に入るレベルの女が珍しかったんでしょ。もしくはからかってたか」 私自身が何度か思っていたことをさらり告げてみれば、友人はみるみる内に眉を寄せ、可愛らしい顔には似合わないしかめ面を作り上げる。 「…なまえは自分にもっと自信を持つべきだと思うよ」 折角美人なのに、とぶつぶつ文句を言ってくれる心優しい友人に苦笑いを溢しつつ、話の矛先を変えようと口を開いた。 「ところで自分はどうなの?」 「へ?」 「真田くん。何か進展は?」 にやりと笑いながらそう訊ねれば、途端に友人はその可愛らしい顔をかっと赤く染める。 その反応が如何にも女の子らしく可愛くて、思わずくすりと笑みが漏れた。 「べ、別に何もないよ!」 「あ、その顔は何かあったんだ」 「〜っ、ないってば!」 もう!と憤慨する友人にごめんごめんと謝罪を入れるが、頬が緩んでしまうのは仕方がない。 人一倍他人を気遣う子だから、大抵自分のことを後回しにしてしまいがちになる。その友人が、こんな風に自分から誰かを好きになるなんて初めて見た。だからこそ、その恋を応援したくなるのだ。 「まぁ、頑張ってね。何かあったら話聞くし」 「俺様も力になるよ」 「うん、2人共ありがとう」 はにかむように笑う友人を見て、私も笑顔を返した。久しぶりに訪れた和やかな時間に、ほう、と幸せな溜め息が落ちる。 …ん?待て待て、今なんかおかしくなかった? 「まぁ、旦那は驚くほど初だから、いろいろと大変かもしれないけど」 「ああそう…って、どっから湧いて出てきたわけ!?」 「ふぎゃっ!」 突然降って湧いたように現れた変態は、さも当然といった感じでサラリと会話に混じってきた。思わず条件反射的にもぐら叩きならぬ変態叩きをすれば、友人からは「おお〜」なんて感嘆と軽い拍手を貰う始末。 「っ、久しぶりの愛の鞭…!俺様大感激!」 「黙って私の前から3秒以内に消えて」 「もう、なまえちゃんの照れ屋さん!」 「ダメだ誰か110番通報お願い!」 私が頭を抱えて叫んでも、目の前の友人と変態はにこにことした笑顔を向けてくるだけ。仕方なく溜め息を吐いて食べ掛けのお弁当に向き直ると、横の机から椅子をずりずりと持ってきた猿飛くんにぴたりと寄り添われる。 「鬱陶しい、邪魔」 「えー酷いやなまえちゃん。俺様抱き着くのもちゅーするのも我慢して隣に居るだけなのに」 「わー、我慢してるなんて偉いねぇ」 「でしょー?」 天然な友人の言葉をそのまま真に受けて、んふー誉めて誉めて!なんて調子に乗る変態をギロリと睨み付けると途端に大人しくなった。 「まったく、一体何しに…」 「猿飛!猿飛は居るか!」 来た目的を問おうと口を開くと、突然それを遮るような大きな声と共に教室のドアがガラリと開いて、誰かが入ってきた。その勢いに先程まで賑やかだった教室がしん、と静まる。しかし入ってきた人物はそんなことを全く意に介さないように、ずかずかと此方に向かって歩いてきた。 「げ、かすが」 小さく呟いた猿飛くんの言葉は私たちだけでなく本人にも届いたようで、その美しい顔立ちを歪めながら近付いてきた彼女は勢いよく猿飛くんの頭を叩いた。 「あでっ!」 「何処をほっつき歩いているんだ馬鹿が!お前が居ないと始まらないんだぞ!」 「あー、ごめんごめん」 「全く反省してないだろうが!」 ヘラヘラと謝罪する猿飛くんに憤慨した様子で食って掛かる美女は、サラリと靡く金髪にスラリとした長身、そして極めつけは何を食べて育ったのかと問いたくなるほど均衡の取れた体つきを惜し気もなく晒していた。ブラウスの胸の部分やスカートとニーハイソックスとの間の所謂絶対領域とかいう部分についつい目がいってしまう。女の私でさえも見惚れるその姿に、クラスの男子たちが釘付けになってしまうのも当然のことだろう。 「大体お前はいつもそうだ!適当にのらくら逃げてばかりで!」 「そんなことないって。俺様だってやるときゃやるさ。かすがだって知ってるだろ?」 「それとこれとは話が別だろう!普段からもっと責任感を持てと言ってるんだ!」 かすがと呼ばれる女の子は、口調や態度こそ厳しいものの、何処と無く猿飛くんに対して打ち解けたというか心を許しているように見えた。 そんな様子を見て、なんとなくここ最近猿飛くんが私に付きまとわなかったのはこの子が居たからじゃないのかな、なんて考えがふっと浮かんだ。 うん、多分強ち間違ってないと思う。 「とにかく、待っているからさっさと来い!」 「えー、俺様いま久しぶりになまえちゃんとゆったりしてたのに…」 猿飛くんの言葉に、彼女のつり目気味な鋭い瞳がギラリと私に向けられる。敵意を感じるわけじゃないけど、友好的とも言えない視線に苦笑が零れた。 「行きなよ」 「え?」 「かすがさん?が困ってるみたいだし。そもそも私来て欲しいとか言ってないからね」 「なまえちゃん…」 思ったよりも冷たい言い方になってしまったかもしれない。言葉もちょっとキツかったかな、なんて思うけどいつももっと酷いこと言ってるし大丈夫だと思う。 そんな私の言葉に猿飛くんは突然へにゃりと眉を下げると俯いてしまった。弱々しい雰囲気に、ちょっと良心が痛む。 「…先に行っているぞ」 かすがさんはそう一声かけるとさっさと出ていってしまった。こんな猿飛くんを置いていかないでくれ、なんていう私の嘆きは届く筈もなく。 どう対処しようか悩んでいると、猿飛くんがゆっくりと顔をあげた。 「…前からちょっと思ってたんだけどさ、なまえちゃんってそんなに俺様のことが嫌い?」 初めて見た捨てられた子犬のような表情に、思わず言葉が詰まる。私の沈黙を肯定と取ったのか、猿飛くんは更にずうんと沈んだ雰囲気を醸し出し始めた。 「そうだよね…俺様いつも鬱陶しがられてるもんね…」 「あ、いや…」 「なまえちゃんからしたら俺様なんて消えた方が嬉しい存在だよね…」 「そこまで言ってないんだけど…」 なんだか悪いことをした気持ちになってしまい、こっちまで気まずくなってしまった。どうしようかと悩んでいると、先程まで黙って事の成り行きを見守っていた友人が猿飛くんに声をかける。 「ここ最近、猿飛くんが来ないからなまえ元気なかったんだよ」 「…え?」 「は?」 嬉しそうに顔をあげた猿飛くんに続き、あり得ない言葉を聞いた私も思わず声をあげる。そんな事実は一切なかった筈だけど。 そんな私たちに構わず友人はいつも通りほわほわと私に笑いかけた。 「ね、なまえ!本人はあんまり気付いてなかったみたいだけど、猿飛くんが来ない日はちょっと元気なかったんだよ」 「…本当に?なまえちゃん」 にっこりと向けられた悪意のない笑顔と期待に満ちたキラキラした視線が眩しすぎて辛い。ここで否定してしまうと先程の二の舞だし、だからと言って肯定なんて死んでもしたくない。どうするかと悩んだ末に、私はついと猿飛くんから視線を反らしつつ口を開いた。 「…別に、寂しがってたわけじゃないから。ていうか、早くあの美人なかすがさんのとこに行けば?最近来なかったのもあの人のとこに行ってたんでしょ?」 やんわりと否定しつつ、話を反らすという選択肢を選んだ私は猿飛くんの様子を見るためにチラリと視線を戻した。すると、猿飛くんは先程と同じように俯いてしまっている。 失敗しちゃったか、なんて思いながら励まそうと手を伸ばすと、突然猿飛くんががばっと顔を上げてがしりと私の手を掴んだ。 「なまえちゃん!!」 「な、なに?」 「俺様やっぱりなまえちゃんのこと大好き!」 「えええ!なんでそうなった!?」 突然の展開に戸惑う私を他所に調子に乗った猿飛くんがぎゅうと私を抱き締めてくる。(耳元で聞こえた「ツンデレななまえちゃんもちょう可愛かった…!」って言葉は聞こえなかったことにした。) 猿飛くんは腕の力を少しだけ緩めると私の顔を覗き込むようにして、子供のように無邪気な笑顔で私に笑いかけた。 「だって、それってかすがに嫉妬してくれたってことでしょ?」 100%ないから安心して、っていうか消えて! 「えへへ、俺様幸せ!」 「だから違うって言ってるでしょ!!」 幸せ幸せと言いながら嬉しそうに笑う猿飛くんがちょっと可愛く見えただなんて、絶対気の迷いだそうに違いない。 「かすがは委員会が一緒なだけだよ!俺様なまえちゃん一筋だもん」 ふにゃんと笑う猿飛くんが可愛く見えたのは、今度こそ間違いとは言えなかった。 変態の意外な一面を見ました。 |