ここ最近、私の周りを変なイケメンが彷徨くようになった。

姓は猿飛、名は佐助。派手なオレンジ色の頭とはっきりとした目鼻立ちを持つ彼はいろんな意味で目立つ。性格は剽軽でいて慎重。自分を容易く見せないような、又は他人に対して常に一線を引いているような、そんな雰囲気さえ見受けられる。スポーツ万能、成績優秀、眉目秀麗、おまけに掃除洗濯料理に裁縫なんでもござれときたら、もはやケチのつけようもない。しかし私は最近、そんな素晴らしい彼の最大の欠点を見つけてしまった。


「ねぇねぇなまえちゃん。確かになまえちゃんはすっごく可愛いし何色だって着こなせると思う。だけどさ、俺様的には青い下着より白とか黒のほうがそそられるってゆーか…」

「どっから入ったんだよこの腐れ外道がああ!」

「ぶほおっ!」


そう、残念なことにこいつはとんでもない変態だった。
帰宅してすぐ精神的ダメージを大幅に食らった私は息も荒いまま目の前の変態に掴みかかる。


「あのねぇ、今日は土曜日!学校もないし、やっとアンタに会わなくて済むと思ってルンルンで買い物に出掛けたのに…!帰ってきたらアンタが私の部屋で私の下着持って出迎えるなんてどんな拷問!?」

「拷問だなんて…なまえちゃんてば大胆」

「どこをどう考えたら大胆っていう答えに辿り着くわけ!?」


ぽ、と勝手に頬を染めて意味のわからない妄想を繰り広げている変態に向かって大きな溜め息を吐く。もうヤダなんでせっかくの休みにこんな疲れなきゃなんないんだ。


「…なまえちゃん、なんだかお疲れみたいだね」

「誰の所為だと思ってんの!?」

「あはー、俺様わかんないや」


てへ、なんて言いながら然り気無く近寄ってくる変態もとい猿飛くん。思わず後退ると、猿飛くんは苦笑いしながら私の手から買い物袋をひょいと取った。


「冷蔵庫にしまっとくね」

「え…あ、うん」


そのまま私にくるりと背を向けて歩き出した猿飛くんを、私はぽかんと見つめてしまった。なぜか、猿飛くんにまともな反応をされると逆に戸惑ってしまう。顔は良いから、無駄にときめいちゃうんだよなあ。
そんなことを考えながら居間に行くと、丁度買った物を全て片付け終わったらしい猿飛くんを発見した。…ん、ちょっと待てよ?


「てゆうかなんで私の家に居んの、なんで冷蔵庫の位置とか把握してんの…!?」

「あは、なまえちゃんてば気付くの遅すぎー」


しっかりしてよねー、なんて言いながらお茶を淹れる猿飛くんはすっかり我が家のことを把握しているようだ。い、いつの間に…!


「だからなんで…!」

「うーん、覚えてないかなぁ。俺様、小さい頃になまえちゃんと会ってるんだけど」

「…は?」


聞こえてきた思いがけない言葉に間抜けな声が出る。私と猿飛くんが、小さい頃の知り合い?
混乱する私を余所に、猿飛くんは自分が淹れたお茶を私に渡してからよっこいせっとソファに座った。


「うん。だから俺様、なまえちゃん家に来るのは初めてじゃないし」

「…はあ!?」


ますます意味が分からない。小さい頃に家に招いたことのある友達なんて、数人しか居ないのだ。しかもその中に男の子なんて居なかった。
猿飛くんに淹れて貰ったお茶をとりあえず飲みながら、私もキッチンのテーブルに座る。


「私、男の子を家に呼んだことなんてないよ」

「え?…もしかして俺様のこと、女の子だと思ってたの?」


ぱちくりと目を瞬かせる猿飛くんを見て、一瞬誰かの面影がちらついた。幼稚園くらいの頃、仲良しだった女の子はなんて名前だったっけ…?


「ま、さか…さっちゃん…?」

「あ、そうそう。確かなまえちゃんて俺様のことそう呼んでたよね」


いやー懐かしいねぇなんて言いながらお茶を啜る猿飛くんを呆然と見つめる。
嘘だ。まさかそんな私の大好きだった可愛い可愛いさっちゃんが、大きくなってこんな無駄にイケメンな変態になってただなんて…!


「う、嘘だあああ!」

「こんな嘘吐いたって仕方ないでしょー?あの時は俺様なまえちゃんに可愛いって言われまくってたしねぇ」


まぁ女の子と思ってたなら仕方ないよねぇなんて笑う猿飛くん、もといさっちゃん。私は笑えないっての…!むしろ泣きたい。


「可愛いさっちゃんが…私のさっちゃんが…」


ずううんと落ち込む私を見て、猿飛くんは苦笑いをしたままソファから立ち上がり私の目の前に来た。


「だからさ、俺様はずうっとなまえちゃんを探してたんだよ」


ずいっと距離を詰められて、猿飛くんの顔が目の前に来る。反射的に体を引こうとすると両手首をがしりと掴まれた。


「ちょっ…!」

「だから、もう遠慮しないし待たない。俺様ずうっと我慢してたんだからね」


にっこりと笑う猿飛くんはなんだかいつもと雰囲気が違う。いつもみたいに笑っておちゃらけて言われれば、離せ変態!って叫びながら鉄拳制裁でも食らわせるところなのに。


「ねぇ、なまえちゃん」

「っ…!」


耳元で低く掠れた声で名前を呼ばれて、思わずびくりと肩を揺らす。な、にこれなんなのこれ恥ずかしくて死にそう…!


「ねぇってば」

「な、に…!」


必死に声を絞り出せば、猿飛くんはくすりと笑って言葉を紡いだ。


「こっちの俺様のほうが好き?」

「…は?」


意味が分からなくて思わず問い返すと、私の耳元に顔を寄せていた猿飛くんがひょいと私から離れた。そのまま私の両手からも手を離し、にやにやと締まりのない顔で笑う。


「いや〜、俺様なまえちゃんにぶたれるのもイイんだけど、ぶっちゃけ攻めるのも大好きなんだよね!だからさ、なまえちゃんがこっちの俺様のほうがよければこのまま頂いちゃおうかなー?なあんて…」

「消えろ変態いいい!!」

「っぎゃああ!」


私は最後まで言わせることなく、猿飛くんの大事な部分を思い切り蹴り上げました。





あんたの性癖とか微塵も興味ないんで!





「〜〜っ…!でも、俺様…ちょっと幸せかも…」


股間を抑えながらそんなことを呟く猿飛くんを視界と記憶から完全に消去して、私は自分の部屋へと戻った。


どうやら変態は昔馴染みだったようです。