宵の月が晋助様の横顔を照らし出す。酷く端正な面持ちは表情を拭い去った今、何となくそら恐ろしくすら思えてしまう。
「…すみません、でした」
私はと言えば、ひたすらに船の甲板に額を擦り付け、所謂土下座というものをしている。晋助様はこちらをチラリと一瞥すると、再びあらぬ方角を見つめて煙管を吸われだした。
「本当に…申し訳御座いませんでした!」
私は少し震える声で謝り続けることしか出来ない。晋助様は信頼してくださったのに。
ギリ、と唇を噛み締めれば、じわり、口内に血の味が広がった。
私は鬼兵隊の中でも、どちらかと言えば幹部クラスに居た。来島とは仲が良かったし、万斉さんや岡田とだって普通に話せた。(武市変態…じゃねえや、先輩だけは苦手だったため避けていた)
晋助様のお傍で酌をさせていただいたりもした。
「そこらの女に酌させるよか、お前ェの酌した酒のほォがよっぽどうめェよ」
そう言って笑ってくださった晋助様の言葉が、死ぬほど嬉しかった。
そんな私だからこそ、晋助様から大事な仕事をいただけたというのに。
愚かで未熟だった私は、大事な仕事の下準備でしくじってしまった。
正確に言えば、しくじったのは私の部下だった。しかし、責任は私にある。私の配役ミスだった。
幸い早期にミスが発見されたおかげで大事には至らなかったが、ひとつ間違えれば晋助様をも危険に晒してしまうような、大変なミスだったのだ。
「…誠に申し訳御座いません。どんな処罰も、覚悟しております」
だから私は、こうして謝っている。許されるとは思っていないし、許されてはいけない。他の者への示しもつかない。
正直に言えば、私は晋助様に敬愛以上の念を持っていた。即ち、恋心を持っていたのだ。来る日も来る日も恋い焦がれ、狂うほどに欲した日もあった。しかし、私なんかでは手が届かない方なのだと、分かっていた。分かっていたから、抑えていたのだ。
だから私は、この際死刑でもいいと思った。晋助様に殺していただける奴らを、自分が羨んでいることに気が付いたのだ。叶わぬ想いだが、想い人に殺されるのならば本望だとすら思えた。
それなのに、今はただ恐ろしい。何も仰ってくださらない、落胆も侮蔑も憤慨も嘲笑でさえ、今の晋助様のお顔には見受けられないのだ。分からないと謂うのはなんと恐ろしいことだろう。
「晋助、様…」
自分の声でないような、弱々しい声が聞こえた。まるでスローモーションのように、晋助様がゆっくりと振り返る。
その顔に、表情は無い。
「………」
晋助様が無言で刀に手をかけられ、スルリと抜き放つ。嗚呼嫌だ嫌だ、確かに晋助様に殺されたいと願ったけれど、こんな晋助様、私は知らない。
「お願いです…後生ですから、最後に笑ってくださいませんか」
私が涙でぼやける視界の中そう呟けば、無表情の晋助様の顔がぐにゃりと歪んで、鈍く光る銀色が振り下ろされた。
瞼の奥に残る、一瞬の残像
ねえ、晋助様。
最期に私に笑いかけてくださったのですか?それとも、あれは私の涙で歪んだ視界が見せた幻だったのでしょうか?
100207 再録