「ここか…」



山を越え谷を越え、漸く辿り着いた門の前に立ち、感慨深く目の前の建物を見つめる。今日からはここが私の新しい居場所なのだ。



「あれ?どちら様ですかぁ?」

「すみません、今日からここに転入してきた者なんですが」

「あぁ!学園長先生からお話は聞いてますよぉ。とりあえず入門表にサインをお願いします〜」

「はい」



門番らしき男性に声をかけられ、事情を説明すると快く招き入れてくれた。ほわほわした雰囲気で、なんだか可愛い人だなぁ。癒される…。

差し出された紙にサラサラと自分の名前を書き、それを差し出せば目の前の彼はにこりと笑って受け取ってくれた。



「僕、事務員の小松田っていいます〜。よろしくねなまえくん」

「はい、よろしくお願いします」

「なまえくんは以前は何処か学校に行ってたの?」

「いえ、実家で祖父の仕事を手伝ってました」

「へぇ〜」



他愛ない会話をしながら学園長先生の庵に向かっていると、向こうからトイレットペーパーを大量に抱えた男の子が歩いてきた。

あれじゃ前が見えないんじゃないかな?ふらふらしてて今にも転けそうだし。
私の視線に気付いたのか、小松田さんが彼に声をかけた。



「やぁ善法寺くん」

「あ、その声は小松田さん?」

「うん、そうだよ。お疲れ様〜委員会?」

「はい。トイペの補充をしようと…うわっ!」

「おっと!」



何故か視界から消えかけた善法寺と呼ばれた男性を咄嗟に掴んで、落ちないように抱き締めた。

うわっ、なんか穴が空いてる。落とし穴?

底には彼の抱えていた大量のトイレットペーパーが転がっていた。



「大丈夫でしたか?」



怪我してないかなぁと思って顔を覗き込むと、彼は私をじっと見詰めてきた。あ、よく見たらこの人いい顔してる…!意識して少し顔が熱くなる。



「……………」

「あの…?私の顔に何か?」



なんか、熱烈な視線を頂いてる。なにも言わずにじっと見詰められることに耐えられなくなって思わず口を開いていた。
まさか、初日からバレた…?

嫌な汗をダラダラかきながら恐る恐る尋ねれば、何故だか彼は顔を真っ赤に染め上げて勢いよく喋りだした。



「だっ、大丈夫!なんでもないよ!助けてくれてありがとう!いつものことっていうか僕はいつもはもっと不運だから!今日は落ちなかったからどっちかというと運がいいというか!」

「…はあ」

「むしろ君に会えたんだから今日という日に感謝すべきだよね!嗚呼今日の僕はなんて幸運なんだろう、もう不運委員長だなんて呼ばせないぞ!」

「え、あの、」

「というか君は誰?出会ってたら忘れるはずがないと思うんだけどなぁ、僕たち初対面だよね?あぁでも気にしないで僕のことは伊作って呼んでくれていいからね!それにしても…」

バシィッ!

「うぐっ!」

「ぜ、善法寺さん!?」



あまりにも早口にまくし立てられて全く口を挟めなかった。善法寺さん恐るべし。

そんな彼はどこからか飛んできたバレーボールが頭にクリーンヒットして、その場にぶっ倒れてしまった。すごくいい音がしてましたね。



「いけいけどんどーん!ボールは何処だー?」

「あ、七松くん!」

「あれっ伊作が倒れてる。どうしたんだ?」

「それは、そのボールが当たって…」

「あっ!おーいみんなー!ボールがあったぞー!」



なんてこった。突然出てきた彼は全く話を聞いてくれません。

小松田さんが七松くんと呼んだ体格のいい男の子は、後ろの茂みに近付くとずるりと誰かを引き摺り出した。



「ぜえっ、はあ、な、七松先輩っ…」

「どうした滝?」



引き摺り出されてきたのはとっても美形な男の子だった。
…疲れきってげっそりしてなければもっと美形なんだろうけど。

彼は息を整えながら七松さんに訴えかける。



「次屋が、また迷子です…!」

「えー、またか?」

「裏裏裏山からランニングして戻ってきた時には確かに居たと思いますがっ…」



いま裏って何回言ったよ。遠いとこから大変だなぁ。
ああもう、と言わんばかりにがっくりと肩を落とした彼は、私の視線に気付いたのかこちらを向いた。



「こちらの方は…?」

「あ、今日から此方に転入してきたみょうじなまえといいます。どうぞよろしく」

「こちらこそよろしくお願いします。なまえさんは何年生になるんですか?」

「よくわかんないけど、たぶん五年か六年だと思う」

「そうですか。美しい私の先輩になられるんですね?」

「(う、美しい…?)たぶん。てことは、君は五年より下?」

「はい!私は成績優秀、眉目秀麗、戦輪の扱いにかけては学園ナンバーワンの四年い組の平滝夜叉丸と申します!以後お見知りおきを」

「わかった。滝って呼んでいい?」

「もちろんです!では「私は六年ろ組の七松小平太だ!」…っだからこの私を遮らないでください七松先輩っ!」

「…よろしくお願いします、七松先輩」



滝と話してたら後ろから七松先輩って人がぐいぐい滝を押し退けてやってきた。七松先輩は何故だか目を閉じてくんくんと匂いを嗅ぐと、そのままゆっくり私に近付いてきてぎゅうっと抱き締められた。うええ、そんなまさか!!



「い、いたたたっ!背骨が折れる!砕ける!」

「なまえ、お前いい匂いがするな!よろしくなー!」

「わ、わかりました!わかりましたから手を放してくださいっ!」

「ん?おお、悪い悪い」


全く悪びれない様子でわははと笑った七松先輩はパッと私を解放すると、「じゃあまたな!いけいけどんどーん!」と叫びながら再び元来た道へ走り去ってしまった。痛む身体を抑えながら溜め息を吐く。
なんだったんだ一体。もう二度と会いたくない。



「あっ!お待ち下さい七松先輩!では、私もこれで失礼します!」

「あ、うん。がんばれな、滝!」

「…っはい!」



くしゃりと頭を撫でてやれば、滝は満面の笑みで頷くと七松先輩の後を慌てて追いかけて行った。本当に可愛い。早速仲の良い後輩ができてよかった!

それにしても美形は得だよなあ、なんて滝の可愛さにニヤニヤしていると、足元から弱々しい声が2つ。



「なまえく〜ん」

「いてて…あれ?」

「…なんで二人とも落ちてるんですか?小松田さん、善法寺さん」

「「…えへへ」」

「全く…ほら、掴まってください」



いつの間にか小松田さんと善法寺さんは二人揃って穴に落ちていた。全く、姿を見ないと思ったらこれか。



「おやまあ。今日は2人落ちてる」

「うわあ!」

「あだっ」

「うひゃあ!」



突然の背後からの声につい驚いて手を離してしまった。当然、上がりかけていた2人は再び穴へと落っこちる。ごめんなさい二人とも。



「…びっくりした。君は?」

「そういうあなたこそ」

「私は今日転入してきたみょうじなまえ」

「ふーん」



紫色の制服に身を包んだ彼は、自分から聞いておいてまるで興味なさそうに返事をした。…不思議ちゃん、なのか?



「綾部!また君か!」

「善法寺先輩もターコちゃんがお好きですね」

「好きで落ちてるわけじゃなーい!」

「あ、小松田さん、大丈夫ですか?」

「えへへ…大丈夫だよ。ごめんね、ありがとう」



キャンキャン言い合っている二人(一方的に善法寺さんが怒ってるだけともいう)を放置して、私と小松田さんは学園長先生の元へ急ぐことにした。もう随分とお待たせしてしまってるだろうし。何より話が進まないし。