「幸村様〜っ!」


広々とした上田城を駆け回りながら目当ての人物を探すが、今日も今日とて愛する方は一向に表れてくれない。


「こら、お姫様がそんなに暴れてどーすんですか」
「あら、佐助!」


頭上から聞こえてきた声に顔を上げれば、派手なペイントに迷彩柄の忍が木の上でひらひらと手を降っていた。こんな風に私の叫び声にいつも反応するのは幸村様御抱えの忍隊の長、猿飛佐助だった。


「幸村様が何処にいらっしゃるか知らない?」
「あー…またですか」


旦那も困ったもんですねぇ、なんて言いながらすたっと目の前に降り立った忍はいつものようにすぅっと息を吸い込むと素晴らしい声量で叫んだ。


「幸村ァァァァ!幸村は居らぬか!」


本物とそう変わらないほど太く凄みのある声に空気がびりびりと震える。いつの間にか外見までがかの武将に変わっていた。


「相変わらず素晴らしい変化の術ね」
「お褒めに預かり光栄至極。なーんてね」


信玄公の姿と声で肩を竦められ、思わず吹き出してしまった。そして幾分も経たないうちに地鳴りのような足音と雄叫びが聞こえてくる。


「うおォォォ此処に居りますぞお館様ァァァ!!」
「あ、来た来た」
「お館さむァァァ!!」
「げっ!」


幸村様は飛び込んできた勢いのまま佐助が扮する信玄公に殴りかかろうとする。いつもの殴り愛に発展してしまわぬように、慌てて佐助の前に飛び出した。


「幸村様!」
「ッッ!!ひ、姫!」


途端に幸村様はピタリと足を止め、顔を真っ赤に染め上げてカチリと固まってしまわれた。チャンスとばかりに幸村様の目の前まで駆け寄ると逃げられないようにぎゅうと両手で幸村様の手を握る。びくりと幸村様の体が跳ねて赤い顔がさらに真っ赤になった。


「ひ、姫!!ててて手を」
「幸村様!お会いしとう御座いました。久しく顔を合わせませんでしたが御元気でしたか?」


皆まで言わせずそう言うと幸村様は私の顔を見まいとキョロキョロ視線をさ迷わせながらあーだとかうーだとか言葉にならない音を発する。


「幸村様…私が会いに来るのは迷惑ですか?」


毎回毎回、来る度に先程のように佐助に呼び出してもらわなければ幸村様が私の前に表れることはない。(私が前以て来ると文を出さないのも悪いのだけれど)佐助が言うには旦那は恥ずかしがってるだけだから、ということらしいが、それでも許嫁として将来添い遂げる殿方に避けられるのは悲しいことでしかない。


「幸村様は…私のことがお嫌いですか?」


思わず涙目になりながら幸村様を見上げれば、幸村様は驚いたように目を見開かれた後にいきなり私を抱き締めた。


「ゆ、幸村様!?」
「某は…某は女子が苦手なのです。しかし、姫の悲しい顔を見るのは耐えられませぬ」
「幸村様…」


ぽつりと名前を呼べば抱き締められる力が一層強くなって、息苦しいけれど嬉しくなった。あの幸村様が、私を抱き締めてくれるなんて。


「少しずつでいいから…私に慣れてくださいね」
「…精進致します」


幸村様らしい返答に、思わずくすりと笑みが漏れる。しかし、一向に腕が解かれる気配はない。それどころか益々腕に力が籠っていっている気がする。く、苦しい…!

どうしようかと悩んでいると、突然背後から呆れたような声がかかった。


「…旦那、いい加減離してあげたら?姫様が困っちゃってるよ」


(私もすっかり忘れていた)佐助の一言により、幸村様は突然ばっと私を離すと真っ赤な顔のまま尋常じゃないほどわなわなと震え出す。


「幸村様?大丈夫…」
「は、破廉恥で御座るううゥゥ!!」


心配になって声をかけると、幸村様はキーンと耳鳴りがするほどの叫び声を上げて全力で走って行ってしまった。あ、何かが破壊される音がする。

後に残されてポカンとしている私を見て、佐助はいい笑顔で親指を立てた。




いける、今日こそは絶対!





「ななな、何故姫が某の寝所に…!」
「えっと、佐助が今日から一緒に寝てはどうかと」
「破廉恥ィィィ!!」



その夜、佐助に言われて寝所に行ったはいいものの…幸村様は見事な大絶叫の後、障子を突き破って出ていってしまった。


(まだまだ先は長そうです)