いつだってお前の瞳は、彼奴にだけ真っ直ぐ向けられている。


「先生っ!見てみて!」


今日も響くアイツの声に、俺は溜め息を吐くことしか出来ないでいる。
彼奴に会えたことに喜び弾んでいた声は段々とその勢いを無くし、チャイムが鳴る頃には肩を落としたアイツが隣の席に戻ってきていた。


「お前ェも懲りねぇ奴だなァ」


呆れたように笑いながら言えば、いつものように頬を膨らませてムスッとした顔をする。


「だって、好きなんだから仕方ないじゃん」


そうしてまた、いつもと同じ残酷な言葉を俺に向かって吐き出しやがるんだ。









俺がコイツのことを気にするようになったのはいつのことだったか。全く覚えてねェが、確かなのはその時既にコイツの目には彼奴しか写ってなかったっつーことだ。

叶わない恋なんざ、俺には到底縁のねェもんだと思ってた。
俺に寄ってくる女は吐いて捨てるほど居たし、俺に落とせねェ女なんざ居ねェとさえ思ってた。


「ねぇ、貴方高杉くんだよね?」

「…あァ?」


初めて笑顔で声をかけられた時は、また鬱陶しい女が俺に媚びに来たとしか思わなかった。
俺に付きまとう女たちと同類にしか見てなくて、だから次に言われた言葉に目を見張った。


「貴方、坂田先生と仲良いんだよね?先生の好みのタイプってどんなのかな?」

「…は?」

「だーかーら!銀八先生の好みのタイプとか教えてってば!」


にっこり笑顔で手を差し出してきた女は、まるで俺になんか興味ないとでもいうようにあの天パの話ししかしてこなかった。


「今日ね、先生がね!」

「わかったからちょっと黙れや。うぜェ」

「わー酷い高杉!いいからちょっと聞いてよ!」

「ったく…んだよ」

「あのねあのね!」


無邪気に俺に向かって彼奴について話すアイツは本当に嬉しそうで、いつの間にか俺はその顔をもっと見たいと思ってた。



前に一度だけ、いつも馬鹿みたいに元気で馬鹿みたいに明るいアイツが泣いているのを見た。
放課後の教室で夕暮れの中、たった1人で肩を震わせるアイツに声なんざかけられなかった。



「高杉!」

「…よォ」

「おっはよー!」


けど、次の日アイツはいつも通りだった。本当にいつも通り過ぎて、あの場面を見た俺でさえ何かの見間違いだったかと思うほどだった。
ただ一つ、うっすらと赤く腫れた瞼だけが昨日の出来事は現実だったのだと俺に知らせた。


「あれ?どしたの?なんか私の顔に付いてる?」

「…いや、なんでもねェよ」


きっと朝から氷で冷やしでもしたのだろう。よく見なければ全くわからないほどにしか色づいていないので、本人は瞼の腫れが引いていないことに気付いてない。


「…お前ェは相変わらずちっせェなァ」

「わわっ!ちょっと!髪ぐしゃぐしゃになるー!」


だから俺も、気付かねェ振りをして少し乱暴に頭を撫でてやった。


強ェ女だと思った。

でも、弱い奴だと思った。

俺が守ってやりてェと思った。










「…辛くねェのか?」


放課後。
俺とコイツ以外誰も居ない教室で、俺は核心に触れる。

辛くねェのか?なんて、聞かなくとも端から見てりゃわかるもんだ。どう見たって、コイツは辛い想いをしてる。


「…辛く、ないよ」

「嘘だろ」

「っ、嘘じゃないもん!」


瞳には涙、震える声。
こんな状態で辛くないなんざよく言える。


「銀八は、お前ェなんざ見てねェよ」


それでも俺は、間違いなくコイツを傷付ける言葉を吐き出す。
相手が息を呑むのがよくわかった。追い討ちをかけるように畳み掛ける。


「彼奴は、お前ェのことを生徒としか見てねェ」


本当のことはどうかわかんねェ。ただ、こうでも言わねーとコイツは絶対に諦めねェ。
ソイツは俯いたままぎゅっと固く手を握りしめていたが、俺の言葉に顔を上げて、力なく笑った。


「…知ってるよ、そんなこと」


瞳にいつもの力強さがない。色を失った虚ろな目は、コイツの絶望の深さを表していた。そのまま瞳から、一筋涙が零れ落ちる。


「そんなの、私が一番…嫌になるくらい知ってる」

「ッ…!」


そう言ってまた、力なく笑うコイツに、息が詰まった。


「笑うな」

「…たか…すぎ?」


腕を掴んで、無理矢理抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。
ここに居ればいい。コイツはもう傷付けちゃならねェ。この中なら、俺が守ってやれるから。


「辛いくせに笑ってんじゃねェよ」


こういうところが、コイツの良いところであり悪いところでもあるんだ。さっさと諦めて、俺のとこに来りゃいい。そうすりゃコイツはこれ以上傷付かなくて済む。弱いくせに強がって、でも強いところもちゃんと持ってやがる。だから、俺が守ってやりてぇと思うんだ。


「俺にしとけ」

「…たか、」

「アイツなんか止めて、俺にしとけよ」


ぎゅうと抱き締める腕に力を込めてそう呟けばびくりと体が強張った。


「な…んで、」


呆然と呟かれた言葉には驚きしかなく、鈍いコイツに思わず舌打ちをする。
俺がこんなに気にかけるのも、抱き締めるのも、お前しか居ねェ。


「好きだって言ってんだよバァカ。気付け」


更に抱き締めながらそう言えば、途端にどん!と力強く押されて思わず腕を放した。目の前のソイツは目いっぱいに涙を浮かべながら苦しそうに顔を歪める。


「ごめっ…ごめんね。私は先生が…」

「知ってらァ。今すぐどうこうするって話じゃねェ。考えとけ」


分かっていた筈の返答が、何故だか胸に痛かった。最初からコイツは彼奴しか見てねェって分かってたつもりだったんだが。


「…うん。わかった。ありがとう」


そのありがとうが何故だかコイツの謝罪に聞こえて、堪らなく耳を塞ぎたくなった。






どうかためらいなく

(俺に止めを刺してくれ)






後日、俺とアイツが付き合いだしたという噂が流れた。俺が否定しなかったのが原因らしい。
そんなこと起こる筈もないと自嘲する。きっと今頃アイツは彼奴の腕の中だ。


夢を見たまま死ねればよかった








…………………………
▼あのこのうわさのアナザーバージョンだったりします。
やっと書けた…!


Thanks:確かに恋だった

110119 ミツナ
 

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