家出をした。
もう中学三年生だし、くだらない理由ってわけじゃない。切欠は、私の進路の話からだった。


「そういえば、もうすぐ三者面談あるって。お父さんかお母さん、どっちか来てよ」


黙って食事をしていた父と、黙って家事をしていた母が同時にぴたりと動きを止めた。仲が悪くても、こういうところは似ているらしい。


「何かしたの?」

「違うし。進路のことだよ。私も一応今年受験生だし」


食事の手を止めずにそう答えれば、お父さんがぽつりと呟いた。


「もうそんなに大きくなったのか…」

「普通だって」

「じゃあ、いい機会かもしれないな」

「…ええ」


お父さんとお母さんの何ヶ月ぶりくらいの会話が目の前で交わされる。会話と呼べるのかもわからない程短いやりとりだったけど。


「…なまえ、薄々気付いてるとは思うが、父さんたちは離婚を考えてる」


真面目な話だと理解して、食べる手を止めて箸を置いた。お母さんもお父さんも、手を止めて此方を向いている。3人でこうやって向き合って喋るのって何時ぶりだっけ。


「うん。それで?」


続く言葉は予想できたけど、一応訊ねてみた。


「なまえは好きな方に着いていきなさい」


返ってきたのは予想通りの答えだったけど。


「私、この家に残る方と住むよ」


だから、普段から用意していた答えを吐き出した。両親ともに忙しくて、出来ることなら私を引き取りたくないって気持ちも分かる。愛情が欲しいなんて、もう思ってない。この人たちにそれを求めたって無駄だから。
だからせめて、住み慣れた場所で地元の高校に通って、仲の良い友達と、今まで通り過ごしたい。
私のそんな細やかな願いは、お父さんの一言であっけなく崩れ去った。


「父さんは海外に行く予定だから、この家は売却するよ」

「…え?だって、お母さんは?」

「私は実家に帰るわよ。おばあちゃんの面倒見なきゃいけないし」


どこまでも自分勝手な人たちだ。何の相談もなしに急に決められて、選べだなんて。


「…嫌だ」

「ん?何か言ったか?」

「…っ私嫌だから!どっちにもついていかない!」

「ちょっとなまえ!」


こうして、私はついに我慢できなくなって家を飛び出した。









「はぁ……」


夕日が沈みかけているなか、行く宛もない私は学校の近くの公園に来た。当然時間的に人は疎らで、溜め息を吐いてブランコに腰掛けた。


「今日、どうしようかなぁ…」


反抗なんてしたことなかった私が初めて自分の意思で家出をしたんだ。すぐに帰るなんて絶対できない。しかし、これからどうしたらいいのかもわからない。


「…くく、珍しい奴が居やがる」


ぐるぐると同じことばかり考えているとふいに背後から声が聞こえた。まさかと思って振り向けば、予想通りの姿。


「…晋兄」

「よォ」


ヒラヒラと手を振りながら近付いてきた晋兄は口元をニヤリと歪めて私の頭を撫でた。


「久しぶりだっつーのにしけた面してんなァ」

「う、るさい」

「……またあの人たちか」


言わずとも一瞬で全てを汲み取ってくれた晋兄に妙な安心感が湧いて、知らず知らずのうちに視界がじわりと滲んできた。そんな私の様子がわかっているのか、晋兄は昔みたいに私の頭をわしゃわしゃと撫でる。

晋兄は私の3つ上でお向かいに住んでる所謂幼なじみだ。小さい頃はよく遊んでもらってたけど、私が中学にあがると同時に部活とかが忙しくなって時間が合わなくなり、なんとなくお互い疎遠になってた。今は高校3年生で私と同じ受験生。こんな時間まで勉強でもしてたんだろうか、なんて場違いなことを考えながら目を擦った。


「擦んな。目ェ腫れるぞ」

「う〜…」

「ったく…」


晋兄は私の手を退けて優しく私の涙を拭う。暖かい親指が私の涙を掬っていく度に、心まで救われていく気がした。


「も、だいじょぶ」

「落ち着いたか?」

「ん」


ぽんぽんと変わらぬ感覚で撫でられる頭が心地いい。少しずつ涙は引いていって、口からポロリと言葉が溢れた。


「やっぱり離婚、するんだって」


一言そう溢した後は、堰を切ったようにさっきの出来事を話し出していた。晋兄はただ、私の頭を撫でながら黙って聞いてくれていた。


「私、どっちにも着いていきたくない。親なんてもう要らないから、友達が居てくれたらいいもん」

「…どんなに嫌だと思っても、親を要らないなんて言うな」


晋兄の静かな言葉にハッと口をつぐむ。そういえば、晋兄には親が居ない。小さい頃から親戚である松陽さんと暮らしているのだ。理由は知らないけれど、私にそう言った晋兄の顔は酷く悲しそうだった。


「…ごめんなさい」


しゅんとして俯いた私の頭を撫でながら、晋兄は気にすんなって笑ってくれた。それだけで私は心がほんわかして、なんだか安心するんだ。


「私、晋兄と家族になりたいなぁ」


ぽろり、私の口からこぼれでた言葉に、自分で賛成する。うん、いいなあそれ。そうしたら毎日晋兄と一緒で、こうやって頭も撫でてもらえて、晋兄の笑ってる顔も見れるんだ。


「くくっ」

「晋兄?」


そんなことを考えながらにこにこしていると、晋兄がなんだか嬉しそうに笑った。そのまま、スッと私の頬に晋兄の手が添えられる。


「晋に…」

「そりゃ、プロポーズかァ?」

「へ?」


言われた言葉が理解できない。できない、のに、私の顔はどんどん熱くなっていく。


「ちがっ!私、晋兄と一緒に居れたら幸せだなって…!」

「ったく…煽ってるとしか思えねェな」

「んっ…」


にやりと笑った晋兄になんだか嫌な予感がして逃げようとしてはみたものの、頬に添えられていた手はいつの間にかしっかり顎を掴んでいて、逃げられる筈もなく。
ただ唇に与えられる熱に酔うことしかできなかった。




家族になろうよ







「本当は、合格決めてから俺から言うつもりだったんだけどなァ」

「え、え…?」

「なろうぜ、家族に」


まァ、兄弟じゃなく、夫婦だけどな?


そう言って笑う晋兄は夕陽に照らされてキラキラと輝いて見えた。




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