体が、熱い。
先程撃たれた腹部からは未だに鮮血が溢れ続け、じくじくと熱を持った痛みが全身に伝わってくる。しかし足を止めるわけにはいかない。
なんせ、追われている身なのだ。


「居たか?」

「いや、こっちには居ねぇ」

「チッ、あの傷じゃそう遠くには行けねぇだろ。手分けして探しだせ!」


バタバタと複数の足音と話し声が1つ隣りの路地から聞こえてきてひやりとする。流石にこの怪我であの人数を相手にするのはキツいな。






ふらふらと覚束ない足元をなんとか踏ん張らせ、壁に寄りかかるようにして前に進む。相変わらず血は止まらないが、徐々に量は減っているようで少し安堵する。
こんなところで死ぬわけにはいかねぇからな。


「おわっ!」

「きゃあっ!」


突然寄りかかっていた壁が引っ込んで、バランスを崩した俺はそのまま倒れ込んでしまった。
どうやらそこは壁ではなく民家の入り口だったらしい。
未だにドアノブを掴んだまま立っていた女は、突然転がり込んできた見知らぬ男――――即ち俺を見て驚愕の表情を浮かべていた。


「っ、悪ぃ、邪魔したな」


転がり込んだ拍子に強く打ち付けたのか、再び傷がばっくりと開いてしまったようで出血が酷くなっていた。少し貧血気味でふらつきながらも素早く家を出ようとする。
関係ない奴を巻き込むわけにはいかねぇ。


「あ、あの、怪我、が」

「あぁ、このぐらい大したことじゃねぇ」


見知らぬ俺に対してか出血の酷い怪我に対してかは分からねぇが、顔を青くして怯えたような表情をした女はそれでも俺のスーツの裾をしっかりと掴んでいた。


「で、でも…」

「いいか、お嬢さん。俺ァお尋ね者だ。あんたみたいな人は俺に関わらない方がいいぜ」


親切にも俺がお尋ね者であることを明かしてやったというのに、女はそれでも青い顔のまま俺のスーツを放そうとはしない。皺になっちまうな、と溜め息を零すとすぐ近くにあいつらの声が聞こえてきた。不味い。


「おいあんた、いい加減にしてくれ。俺は今あいつらに追われてるんだ」

「あいつらに…?まあ、それなら尚更です」


あいつらの声のするほうをくいと指で指し示してやれば、彼女はいきなり語気を強くして勢い良く玄関の扉を閉めた。
なんとなく怒っているような閉め方に見えたのは俺の気の所為だろうか。


「さあさあ貴方も、いつまでもこんな所に突っ立ってないで。此処に居たって傷は塞がりませんよ」

「おい、あんた…」

「いいからはやくしてください」


ぴしゃりと言われ背中を押されれば言い返すことも出来なくて、仕方なく言われたようにあがらせてもらうことにした。
どんな心境の変化があったのかはわからないが、何故だか彼女は俺に対して強気になったようだ。




「あいつらに追われるなんて、災難でしたね」


彼女は俺に上着とシャツを脱ぐよう指示すると、水を汲んできたり処置の道具を取ってきたりしてから俺の隣りに腰を下ろした。


「あいつらを知ってんのかい?」

「あいつらはしつこいので有名な賞金稼ぎですよ。厄介な奴らに追われたみたいですね」


テキパキと手際の良い処置に感心しながら、時折ぴりりとくる痛みに顔をしかめる。
そんな俺を見てくすりと笑みを浮かべた彼女は、終わりましたよ、と言って処置した腹の傷をぽんと叩いた。


「いっ…!」

「あいつらはどこかの街から流れてきた柄の悪い奴らの集まりです。どうやらこの街を気に入ってしまったようで、ずっとこの街に住み着いているんです」

「随分と詳しいんだな」


どうやら彼女の話しによると、手癖の悪いあいつらはこの街の悩みの種らしい。街の住人たちもなんとか奴らを追い出そうといろいろ努力したようだが、未だに奴らに居座られ続けているようだ。


「なんでも、あいつらが言うにはこの街には神の“お宝”があるんだとかなんとか。まぁ、この街の誰もそんな話信じていないんですけどね」

「神のお宝?」

「ええ」


ルパンが聞いたら喜びそうな話だな、とそこまで考えてふと嫌な予感に襲われる。今回ルパンはある“お宝”を探しているらしい。
確か、この街の辺りに行くと言っていたような。


「お尋ね者さん?あの、呼びにくいのでよかったらお名前を伺っても?」

「あ、あぁ。俺は次元大介だ」


考えに耽っていたら怪訝そうに声をかけられた。慌てていた俺は不覚にもすんなりと口から言葉を零してしまった。本名を教える気など、さらさらなかったはずなのに。


「次元さん、ですね。私はみょうじなまえです」


宜しくお願いしますね、と笑顔を零す彼女を見ていたら、名前を教えたことなんて不思議とどうでもよく思えた。


「次元さん、よかったら怪我が治るまで家に居てください。行く当てもないんでしょう?」

「まぁな…しかし、いいのか?何度も言うようだが俺はお尋ね者だぞ」


俺としては、確かに行く当てもない上に怪我の手当てまでしてもらえるのは非常にありがたい。
が、やはり彼女は一般人だし、何より迷惑をかけたくないと思う。
俺がここに居れば、あいつらのようなゴロツキが俺を狙ってやって来るかもしれない。
そうなった時、彼女を危険な目に合わせたくないと思った。

そんな俺の思いを知ってか知らずか、彼女は何が可笑しいのかくすくすと笑い出す。


「あのなぁ、真面目に…」

「あ、すみません。でも、もう今更なので次元さんが気にすることは何もないんですよ」

「は?そりゃどういう…」

「はいはいちょぉーっと失礼!」


尋ね返そうとした俺の視界の中に、ガチャリとドアが開いて見慣れた赤と白が映った。そして聞こえてきた声に、驚きで言葉も出ない。
オイオイ、嘘だろ?


「あんれまぁ、どったの次元ちゃん?」

「あれ?ルパン、次元さんと知り合いなの?」

「んーもうね、知り合いなんてもん以上の仲よぉ〜?ねっ、次元ちゃぁん」


きょとんとする彼女に向かってデレデレとした笑顔を浮かべて俺にすり寄ってくるルパン。
…俺が大きな溜め息を吐き出しちまったのも仕方ねぇと思う。


「…おいルパン、」

「まーまー、怒んないでよ次元ちゃ〜ん」

「こらルパン!私を盾にしないの!」


彼女の後ろに隠れるように立ったルパンはさり気なく彼女の腰の当たりを撫でて手の甲を抓られている。ああ、なんなんだこの苛々は。
素早くホルダーからマグナムを引っ張り出し、ガチャリと照準をルパンの額に合わせる。


「もちろん、俺にわかるように説明してくれるよな?」

「も、もぉちろんよ〜」


ひくりと引きつった笑顔を浮かべるルパンと笑顔のままマグナムを突き付ける俺を見て、彼女は大きな溜め息を吐いた。




 

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