草壁が出て行ってからもうじき3時間になる。あの草壁がこれだけてこずるとは、やはりみょうじなまえという人間はただ者ではないらしい。
窓際からいつものソファへと移動し腰を降ろすとヒバードが飛んできて僕の肩に止まった。
「ヒバリ ウレシイ」
「嬉しい?…そうだね」
ヒバードの頭を軽く撫でながら朝の奇妙な少女を思い出すと、くすりと笑みが漏れた。
しばらくは退屈しないですみそうだね。
コンコン
「委員長、草壁です」
「…入りなよ」
控え目なノックの音とともに草壁が帰ってきたのは下校時間も過ぎたころだった。待たされすぎて少しイライラしていた僕は草壁で発散しようとトンファーを構えた。
しかし草壁の手のひらの上で半泣きになっている少女を見たらそんな気持ちは一瞬で消えてしまった。代わりに僕らしくもない気持ちが湧き上がる。
ゆっくりと近付いていけば少女はびくりと震えた。小さすぎて跳ねてるみたいだ。
「どこに居たの?」
「野良ネコに食べられかけていました」
「わああっ!いっ、言わないでくださいよ草壁さん!」
少女はよっぽどそれを僕に知られたくなかったのか、慌てて草壁の手のひらの上で飛び跳ねる。野良ネコに食べられるなんてどこまで間抜けなんだろう。
ひょいとつまみ上げてやれば、少女はひいっと情けない声をあげた。
「ごごごめんなさいヒバードの餌にするのだけは止めてください私なんか食べたらヒバードがお腹壊しますよおおお!」
「…何言ってるの君」
少女の言葉に草壁は笑いを堪えてるしヒバードですら首を傾げてる。コイツ馬鹿だ。
「それで、調べられたの?」
まだピーピー煩い少女は胸ポケットに放り込んで草壁に訊ねれば、草壁は一瞬驚いたように目を丸くしてから漸く喋り出した。
「え、あ、はい。みょうじなまえについてですね。分かったことは少なかったのですがこちらに纏めておきました」
「ふぅん」
手渡されたA4の紙はたったの2枚。草壁でさえこれだけの情報しか掴めないとは、本当に不思議な女だ。あの赤ん坊が気にかけるのも無理はないだろう。
「下がっていいよ」
「はい、失礼しました」
草壁を下がらせてから机に座り渡された紙にきちんと目を通す。
…所々に“ボンゴレ”だとか“10代目”とか聞いたことのあるような言葉が並んでいるのは気の所為だろうか。
「ぷはっ!む、胸ポケットって意外と深いんですね、もう一生出れないかと思いました…」
もぞもぞした感覚と声に視線を落とせば、胸ポケットからちょこんと頭が覗いていた。どうやら今までがんばって登っていたらしい。
出て来た少女は僕が持っていた紙を少し眺めると突然えぇっ!と大声を上げた。
「うるさいな、どうし」
「ななななんで雲雀さんが私のこと調べてるんですか!?あれですかやっぱり今日の朝呼び捨てして指差したこと怒ってるんですかそーなんですね!?いやでもあれは驚いたせいでつい反射的にやっちゃったっていうか別に悪意があったわけじゃないんでむぎゅっ!」
うるさかったから胸ポケットの上から布ごと抑えつけた。もごごご…!と叫ぶ声が聞こえなくなるまでぎゅうと押さえるとしばらくして声がしなくなった。
ゆっくり手を放せばぽすっと胸ポケットの下にものが落ちる感覚。もしかして潰れたのかもしれない。ふと嫌な予感がよぎる。
「…ねえ、君」
そこまで言ってふと先程の少女の言葉を思い出す。私のこと、ということは…まさかこのアホな少女が赤ん坊も目をかけているみょうじなまえなのだろうか。
「ねえ、聞いてるの?」
再度呼びかけてみても返答はない。仕方なく胸ポケットの中からつまみ出して机の上に落とすと、ゴンっとなかなかいい音がして少女が飛び起きた。
「〜〜っ、いっ、たああああ!」
「無視する君が悪い」
「って、え、雲雀さん!あれっ、私さっきまで何して…?」
頭を抑えてうんうん唸る少女は一瞬ぽかんと僕を見上げるとサアァァっと顔を青くして勢い良く立ち上がった。
不味い、また逃げられるかも。
とっさに手を伸ばそうとすると
少女は勢い良く土下座した。
「すみませんすみません本当ーに申し訳ありません!だからヒバードの餌にしないでくださいトンファーで潰さないでください野良ネコに餌を与えないでくださいーっ!」
「最後の関係ないよね」
不覚にもあまりのぼけっぷりに突っ込んでしまった。(この僕が。)それでも彼女はまだわたわたと慌てながらあああ、とか、うぬあああ、だとか訳の分からない言葉を発している。
「ふっ…」
「は、へ?」
「キミ、馬鹿だね」
なんで小さいのかも分からないし、この少女の素性だって詳しくは知れない。
それでも、見ていて飽きることはないこの小さな生き物は案外可愛いかもしれない。(ヒバードの次くらいに)
「え、ちょ、今雲雀さんが、あの鬼風紀委員長の雲雀さんが笑っ」
「仕方ないから今日から僕が飼ってあげるよ」
「…は?飼、う?」
僕の言葉にぽかんとこちらを見上げてくる少女。ちょいと指先で摘んで持ち上げれば、奇声を発しながら落ちた。
全くこれは躾が大変そうだね。
「ちょ、ま、待ってください私一応人間なのですが」
「じゃあキミはその体のまま1人で生活できるの?」
「う…そ、れは」
言葉に詰まる小さな少女を今度は優しく手のひらに乗せてやる。本当に、世話がかかる。
「みょうじなまえ。仕方ないから飼ってあげる」
「お、お願いします…」
しぶしぶといった感じでぺこりと頭を下げた少女はバランスを崩して僕の手のひらからべしゃりと落ちた。鈍くさすぎる。
「いったああ…顔面強打…!」
痛みに悶える少女をチラリと見て、暫くは退屈しないで済みそうだと思った。
I think about you