赤司くんとお別れしてから、数日が経った。それ以来、赤司くんとは会ってなくて、和ちゃんは相変わらず私の隣に居てくれた。

お別れはびっくりするほど呆気なかった。
私が部活の合間に赤司くんを呼び出して、誰もいない教室で、ただ一言いっただけ。


「ごめんなさい、別れてください」


そんな私の言葉に、赤司くんは驚く様子もなくて。ゆっくりと頷いた後、少しだけ悲しそうな顔で笑って、「今までありがとう」と言われて、それでお終いだった。


私はきっと、どこかで期待していた。
「別れよう」って言ったら、「どうしたんだ?」とか「嫌だ」とか、理由を聞かれたり引き止めてもらえると、どこかで期待していた。
だけど、現実はまるで違っていて。

本当は、赤司くんはそんなに私のことなんて好きじゃなかったのかもしれない。
理由を聞かれることも、引き止められることもなく、私と赤司くんの関係は終わってしまったんだから。


そんな風に、別れてからも付き合っていた頃の赤司くんの気持ちさえ疑ってしまうような私だから、好きになってもらえなくて当然だよね。


「…そんなこと、ないだろ」


今朝、赤司くんと別れたときのことを思い出してちょっとへこんでたから、途中まで一緒に登校するようになった和ちゃんが話を聞いてくれた。
私の話を聞き終わった和ちゃんはちょっとだけ怖い顔をして、私のおでこにぱしっとデコピンをしてきた。


「いたっ!な、何するの和ちゃん!」

「付き合ってた相手の気持ちを疑うなっつーの」

「…だって……」


何故か怒ってしまった和ちゃんに私はどうしていいのかわからず、叩かれたおでこを抑えて俯く。だって、と自然とこぼれていたのは反抗的な言葉で、自分でもびっくりしてしまった。
私は赤司くんのことが好きだったのに、なんて、被害者面もいいとこなのに。


「アイツは…赤司は、ちゃんとお前のこと好きだと思うぜ?」

「…そう、かな?」

「あぁ。お前が思ってるよりもずっと、アイツはお前のこと想ってたし、大事にしてたよ」


和ちゃんの言葉がいまいち信じられなくて、素直に頷けない。
だったら、なんでデートもしてくれなかったんだろう。忙しかったから?それは分かってる。だけど、他の女の子と出かけるくらいなら、行き先はスポーツショップでもいいから、休日に彼と2人で出掛けたかった。


「赤司くんは、忙しい人だったから、仕方なかったのかな」


ぽつりと呟いた言葉に反応して、和ちゃんは眉を下げて笑いながら私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。


「ま、オレがアイツの立場なら、何よりお前を優先するけどな?」

「え?」

「アイツは多分、周りが思ってるほど器用じゃねーんだよ」


どこか遠くを見ながらぽつりとそう零した和ちゃんは、次の瞬間にはもういつもの明るい和ちゃんに戻っていて、私にはその言葉の本当の意味は分からなかった。











それから、数ヶ月が過ぎて。
赤司くんが、バスケ部の主将になったことを友達から聞いて知った。
まだ2年生だけど、先輩たちが引退することになって、今後は赤司くんたちの代が中心になって帝光バスケ部をまとめていくらしい。

もう私には関係のない話のはずなのに、赤司くんは今まで以上に忙しくなるんだろうな、なんてぼんやりと思った。


「試合??」

「そ!!お前んとこの帝光中と、今度当たるんだって!」


その日の和ちゃんはやけに興奮してて、いつもなら見に来いなんて言わないのに、試合の応援に誘われてしまった。


「オレ、絶対ぇ勝つから。お前に見てて欲しい」


いつになく真剣な顔で言う和ちゃんに断れなくて、試合観戦にくることになってしまった。帝光中の制服を着て和ちゃんの応援をするわけにもいかないから、私服で会場へと向かう。


「うわ…熱い」


会場内はすごい熱気で、すでに試合は始まってるみたいだった。見慣れた帝光の制服が固まっている応援席を避けて、和ちゃんの学校側の応援席に座った。


「すごい……」


試合観戦を始めて数分で、私は帝光の実力を理解した。
全く縮まらないどころか、ますます開いていく点差。一人一人が明らかに"別格"である帝光中に対して、和ちゃんの学校側では何人もの人がやる気を失っていた。

それでも、和ちゃんだけは諦めなかった。
悔しそうに歯を食い縛って、ギリギリと相手を睨み付けて、滝のように汗が流れ落ちるまで、走り続けて。
そんな和ちゃんの姿は、本当にかっこよかった。

勝ってるとか負けてるとか、そんなことじゃなくて。
あんなに必死に何かに取り組んでる和ちゃんを見るのは初めてで。
純粋に、素直に、かっこいいと思った。



試合も第3Qが終わって、残すところあと1Qだけになった。
試合開始のブザーが鳴って、選手たちがコートに集まる。帝光のベンチから立ち上がってコートに入っていく彼の姿を見て、一瞬だけ呼吸が止まった。


「赤司…くん、」


思わず名前を呟いてしまった。
聞こえるはずのない距離。なのに、何故だか彼は振り向いた。
目が合ったような錯覚に陥る。全身が石になったみたいに動かない。
心臓がばくばくと煩いくらい鳴り響いて、爆発しちゃいそう。


「帝光ボールからスタートします!」


審判の声と試合開始のブザーが聞こえた途端、私の体は自由になる。そしてそのまま、気付いたら私は会場を飛び出していた。













「昨日はごめんね、途中で帰っちゃって…」


次の日、和ちゃんと学校に向かいながら昨日の話をすると、和ちゃんは苦虫を噛み潰したような、なんともいえない顔をした。


「や、むしろ…オレのほうこそ、ごめん。なんつーか、かっこ悪かったよな、オレ」

「そんなことないよ!和ちゃん、かっこよかったよ!」

「はは…悪いな、気ぃ使わせて」


苦笑いしながら私の頭をなでる和ちゃんは全く私の言葉を信じてくれてないみたいで、それに少しむっとしながら頭の上にあった和ちゃんの手を握る。


「ほんとだって!私、嘘つかないし!」

「おいおい、早速嘘ついてんじゃん」

「なっ、酷い!!」

「あーはいはい、悪かったって」


へらりと笑った和ちゃんはもうすっかりいつも通りで、元気になってくれたみたいでよかった、なんて思ってたら、思いもしない言葉をかけられた。


「てかさ、なんでお前、赤司の試合見なかったんだ?」

「…え?」


名前が出るだけで動揺してしまった。和ちゃんにはもちろんそんなことバレバレで、ぎくりとする私に構わず、彼の話を続ける。


「途中できて途中で帰ったろ?見たくなかったのか?それとも…」

「和ちゃん!!」


自分でも思いのほか大きい声が出て驚いた。和ちゃんはもっと驚いた顔をして私の顔を見てたけど、そのまま私が黙ると、1つだけ大きな溜め息を吐いて謝ってくれた。


「…悪かった。まぁなんだ、なんか悩み事ならオニーサンが相談に乗ってやるぜ?」

「遠慮しときますぅー」

「ったく、ほんと生意気な妹だよなー」


そうやって軽口を叩きながらも、心配してくれる和ちゃんの優しさが嬉しくて、少しだけ目元に浮かんでいた涙をばれないようにそっと拭った。


本当は、和ちゃんの言うとおり、あの日からずっと悩んでた。
私はまだ、赤司くんのことが好きなの?なんて、自問自答を繰り返してみても、よくわからなかった。それでも、あの日、久しぶりに赤司くんを見た瞬間、なんとも言えない感情が湧き上がって来たことだけは確かだった。












「すまない…ちょっといいかな?」


ざわざわと、煩い教室。昼休みはいつだって騒がしいけど、今日のざわめきはいつもとは違っていた。


「あ、赤司くん…」


目の前にいる彼の存在が幻覚か何かじゃないかと思ってしまってつい頬を抓りながら赤司くんの名前を呼ぶと、目の前の彼は「相変わらず君は変わっているね」なんて言いながら穏やかに笑っていた。
自分で抓った頬も当然痛くて、これが現実なんだということを教えてくれる。


「今日の放課後…部活前に、少しだけいいかな?話がある」

「え…うん…」

「それじゃあ、屋上で待っているよ」


赤司くんは手短に用件だけを私に伝えると、さっさと教室を出て行ってしまった。固まり続ける私を尻目に、友達は「元サヤか!?」なんて騒いでる。


「あ、和ちゃんに…言わないと」


和ちゃんの学校は今日からテスト週間で部活がないと言ってたから、今日は一緒に帰る約束をしてたんだった。
しかし携帯電話なんて便利なものを持っていない私は和ちゃんに連絡を取ることもできず、仕方なく和ちゃんが帝光まで迎えに来てくれるのを待つことにした。










「お、悪ぃ!待たせた?」

「ううん、ついさっき来たとこだから」

「まじで?よかったー。じゃ、帰るか」


授業が終わってすぐに正門に飛び出したからか、和ちゃんよりも少し早く門に着くことができた。私に声をかけて、そのまま歩き出そうとする和ちゃんを慌てて止める。


「あ、あの、待って和ちゃん!」

「ん?どした?」

「あの、実は、赤司くんに話があるって呼ばれてて…」


赤司くんの名前を出した途端、和ちゃんは何故か泣き出しそうな顔をした。どうしたの?と聞こうとした途端、ぐいと腕を引かれて和ちゃんに抱き締められる。


「ひゃっ!?和ちゃ、ここ、学校…!!」

「…行くのか?」

「え?」

「アイツのとこに…行くのか?」


顔を赤くしてわたわたする私とは反対に、和ちゃんは切なげに眉を寄せて、何かに耐えるような顔をしていた。


「話に行くだけだから…」


そんなにたいしたことじゃないかもしれないよ?と言いながら薄く笑うと、和ちゃんは私をゆっくりと腕の中から離した。


「まだ、あいつのこと…好きなんだろ?」


和ちゃんの言葉に反応してぴくりと揺れた肩は、どちらともわからない私の心の中を表しているようだった。私にも、わからない。私は赤司くんのことが好きなのか、それとも…。
困ってしまって何も言えないでいる私の頭を、和ちゃんはいつもみたいにくしゃくしゃと撫でた。


「行ってこいって!そんで…お前の気持ち、素直に伝えてこい」

「和ちゃん…」

「オレは、お前が笑ってりゃそれでいいから。…例え、その隣にいるのが、オレじゃなくても」

「え…?」

「…なーんてな!ほら、早く行けって!」


とん、と背中を押されて、数歩前につんのめる。慌てて振り向くと、和ちゃんが笑顔で私に手を振ってくれていた。


「先に帰ってっからな!頑張れよ!」

「…うん!!」


和ちゃんの言葉に後押しされて、私は赤司くんと話をするために屋上へと急いだ。












「すまないね、呼び出したりして」

「ううん…」


屋上に行くと、既に赤司くんは来ていて、くるりと此方に近寄ってきた。久々に見る赤司くんはやっぱりかっこよくて、ドキドキする。
そんな気持ちを隠すように俯くと、突然赤司くんが私を抱き締めた。


「あっ、赤司くん!?」

「…すまない。少しだけ、このままで居させてくれ…」


初めての赤司くんからのお願いを切ない声で言われてしまって、私はどうすればいいのかわからなかった。そのまま、言われるがままにじっとしていると、ふと屋上のフェンス越しに、遠目に一人で帰っていく和ちゃんの姿が見えた。


「あ…」


無意識のうちに私の口からこぼれた言葉をもちろん赤司くんが聞き逃すはずもなく、彼は私の視線をついと追って、私が見ていた彼の姿を見つけた。
そのまま、赤司くんはふっと笑って私から体を離す。


「まいったな…抱き締めているのに、他の男を気にかけられるなんて思ってもいなかった」

「え!?あ、ごめんなさ…」

「いいんだ。さっきのは…僕の最後のわがままだと思って、忘れてくれ」

「…え??」


赤司くんはゆっくりと私の手をとると、そのまま自分の手と合わせて、握手のような形にした。触れ合う手は暖かくて、いつか手を繋いで登下校したときのことを思い出す。
なんだか少しだけ、泣きそうになった。


「君には、幸せになってほしいと思っている」

「赤司くん…」


ゆっくりと話す赤司くんは、とても落ち着いた声で一言一言を噛み締めるように言葉を紡いでいた。


「本来なら、その隣には僕が居たかったけれど…どうやら僕じゃ役不足のようだからね」

「っ、そんなこと…」


ない、と言おうとしたのに、とん、と優しく唇に彼の指が乗せられて、その先の言葉を遮られる。


「その先は…言わないでもらえるかい?でないと…君を手離せなくなってしまうから」

「赤司くん…」

「気付いてないなら教えてあげるよ。君は、彼といるときが1番自然で…そして、素敵な表情をしているよ」


眉を下げて悲しげに笑う彼はとても綺麗だったのに、何故だかその顔を見て頭に浮かんだのは、彼の顔じゃなく、苦しそうに、泣きそうになりながら私に笑いかける和ちゃんの顔だった。


「赤司くん…ごめんね」

「謝罪はいらない。僕は…君の笑顔が好きだった。だから、笑ってほしい」

「っ…、うんっ!ありがとう!」


涙をこらえながら、精一杯の笑顔を向けると、赤司くんもふわりと笑顔を返してくれた。


「…ほら、行っておいで」


優しく背中を押されて、私は彼に背を向けて走り出す。

ありがとう、赤司くん。確かに私は貴方のことが好きでした。でも、私は、それ以上に大好きな人が居ることに、気付いてしまったから。

















「っ…和ちゃん!」


かなり一生懸命走ったおかげか、家に着く前に和ちゃんに追いつくことが出来た。


「…おー。早かったな!」


振り向いた和ちゃんは、さっき頭に浮かんだのと全く同じような顔で、私に笑いかけた。
苦しそうに、泣きそうになりながらも、いつも私に心配をさせないように、笑顔を向ける和ちゃん。


「なんつーか、戻れてよかったな!別れた原因のオレが言うなって感じなんだけど」


へへっと笑いながら頭をかく和ちゃんに堪らなくなって、私はそのまま目の前の和ちゃんに抱きついた。


「おわっ!?」

「和ちゃんの馬鹿!!アホ!!鈍感!!」

「はぁ!?な、なんで怒られてんのオレ!?」


突然のことに驚いたのか目を白黒させながらも、しっかりと私を抱きとめてくれる腕が、彼が、こんなに愛おしいのに。


「勘違いもいい加減にしてよね!」

「突然のツンデレ!?」

「私がいつ赤司くんとより戻すって言ったの!?」

「っ…、それ、は…」


ふざけ半分で返していた和ちゃんも、最後の一言で真面目な顔になった。いつかはあんなに勝手に人にキスしたり抱き締めたりしてきたくせに、抱きついた私をどうしていいのかわからないみたいで、両手を不自然に上げておろおろしている。


「…して、」

「は?なんて言って…」

「ぎゅってして、ってば!」

「なっ…!?」


私だって相当恥ずかしいのに、いつまで経っても抱き締めてくれない臆病な和ちゃんに激を飛ばす。それでもわたわたしてたから、無理矢理和ちゃんの手を取って私の体に回してあげた。


「な、なんだよこれ……オレ、都合のいい夢見てんの?」


抱き締めあうことで、和ちゃんの顔が目の前に来る。今にも泣きそうな、ふにゃふにゃした情けない顔。
頼りがいのあるお兄ちゃんがこんな顔、するわけない。
私の目の前にいるのは、すごく私を大切にしてくれて、大切にしすぎて臆病になってしまった、1人の男の人だった。


「夢?そっか…じゃぁ、」


ゆらゆらと涙を堪えてる瞳をしっかりと見つめて、それから、目を閉じて、自分の唇を和ちゃんのそれに押し付けた。


「これも、夢…だね?」


唇を離した後そのまま悪戯っぽく笑えば、ぽかんと間抜けな顔をしていた和ちゃんがハッと我に返って、そのまま噛み付くようにキスをしてきた。











クチナシの恋














「まじで幸せ…これが夢なら、一生覚めないで欲しいわまじで…」

「夢でいいの?」

「…いや、やっぱ夢じゃ嫌だわ。現実で…お前が、なまえが欲しい」


またもや私の唇を好き勝手貪った和ちゃんは、そのまま痛いくらいにきつく私を抱き締める。


「現実だよ。私はもう、和ちゃんのだからね」

「なまえ…」

「いっぱい待たせちゃって、ごめんね?大好きだよ、和ちゃん」

「…っ、オレも…、大好き。いや、愛してる」


震える声で告げられた和ちゃんの想いに、胸がじんと熱くなった。
だから、私の肩に少しだけ冷たい雫が落ちたことは、和ちゃんのプライドに関わるので黙っておいてあげようと思う。







クチナシの花言葉…「私はあまりにも幸せです」
口無し(自分の気持ちを押さえて言わないようにする高尾のことでもある)


Happy Birthday to 流田莉依!  

20130919