あの日、黒子に告白されてから、私は自然と黒子を避けるようになってしまった。本当はそんなことしたくなかったけど、黒子の顔を見ると、頭が真っ白になって、何も考えられなくなって、結局、何も伝えられずに逃げてしまうんだ。


「情けない…自分が情けないよ青峰くん…」

「つーか、お前なんでオレのとこに来てんの」


私が居残り練習にも普通の練習にも顔を出さなくなったことに気付いた青峰くんが心配して話を聞きに来てくれたので、完全に甘えて相談に乗ってもらっていた。彼のクラスに来たのも、これが5度目だ。
黒子に告白されたなんてことはもちろん秘密にしてたけど、何かがあったことは完全にバレバレだったらしく、「なにがあったんだよ」と聞かれてしまった。


「いいじゃん…他に聞いてくれる人いないんだもん」

「オレじゃなく、テツと直接話せよなー」

「それができたら苦労してません!!」

「偉そうに言うなっつの!」

「いてっ」


ぺしりと頭を叩かれて、思いのほか強い力に前につんのめってしまった。黒子なら、ちゃんと力加減してくれるのに…なんて、こんなときでもすぐに黒子が頭に浮かんでしまう自分が嫌になる。なんだかんだ言って、黒子と会えなくて寂しいのも、喋れなくて辛いのも、私の方なんだ。


「…だってさ。黒子、平気そうなんだもん」

「はぁ?」

「私が居なくても、全然いつも通りだし。クラスでも全然こっち見てくれないし」


あの日から、避けてしまっているのは完全に私のほうだった。だけど、黒子から私に近寄ってきてくれることも、話しかけてくれることもなくて。私は完全に黒子と接触する機会を失ってしまっていた。


「アイツがあれでいつも通りに見えんなら、お前の目は腐ってんだろうな」

「え?なんか言った?」

「なんでもねーよ、バーカ」

「なにそれ酷い!!」


何かぼそりと呟いた青峰くんの言葉が聞こえなくて聞き返すと、突然暴言を吐かれた。確かにいろいろ私にも悪いとこはあるけど…突然馬鹿は酷くないか??
そんな風に思っていると、青峰くんは私が売店で相談料という名目で買ってきてあげたジュースをじゅるりと吸った。


「ま、アイツ今忙しそーだし、お前に構ってる暇なんてねぇんじゃね?」

「え…?」

「あれ?知らねーの?アイツ今、赤司に声かけられて、1軍入りできるかもしんねーんだよ」

「はぁ!?」


赤司って誰?なんて一瞬頭に浮かんだけど、それ以上に聞こえてきた「1軍入り」という言葉のほうが衝撃的だった。そりゃもちろん、黒子のことは応援してるし、あんな約束もしたけど、ついこの間までコーチに部活を辞めるかどうかと説得されたような選手が、そんなに簡単に1軍入りなんてできるもんなんだろうか。


「アイツ、すげー存在感ねぇだろ?」

「…なんか、みんなそう言うよね」


私には分からないけど、どうやら青峰くんも今でも時々黒子を見失うこともあるらしい。その特性に目をつけた赤司くんという人が、黒子を監督に推薦したとかで。


「赤司くんって、いったい何者なのさ…」

「オレたちと同じ帝光の1年レギュラーだよ。ま、アイツは他のやつとはなんか違うんだけどな」

「1年なのにレギュラーなの!?それに、オレたちって…?」

「あ?言ってなかったか?オレもレギュラーだけど」

「はあぁ!?聞いてない!!」


青峰くんがそんなにすごい人だなんて思ってもなかった。そりゃ、上手いとは思ってたけど…まさか1年でレギュラーを取るほどとは。


「まぁ、そのなかでも1番上手いのはオレだけどな」

「ね、そんなことより!」

「オイコラそんなことってなんだ、そんなことって」


ピクリとこめかみをひきつらせる青峰くんは放って、私は興奮したまま彼の手を両手で掴んだ。


「おわっ、なんだよ!」

「黒子は1軍入りできるの!?」

「あー…なんつーか、テストがあってよ。それに受かりゃ、入れるらしいぜ」

「テスト…」


バスケの強豪である帝光の1軍に入るためのテストなんて、きっとこの上なく難しいに違いない。黒子は今、そんな大変な課題に取り組んでるんだ。それなのに、私ときたら…。


「ほんと、バカみたい…」

「は?」

「何悩んでたんだろうね」


私に手を握られたまま、きょとんと頭上に?マークを飛ばす青峰くん。そんな彼に向かって笑顔を向けて、握っている手にぎゅっと力を込める。


「教えてくれてありがとう、青峰くん!」

「お、おう」

「私、行ってくるね!!」


私は青峰くんにお礼を言うと、返事を待つこともなく駆け出した。なんだか気持ちが軽くなって、早く黒子に会いたいな、なんて思ってしまう。ほんと、簡単だな私って。














「っ黒子!!」


走って教室に戻ると、丁度黒子は部活に行こうとしていたところだった。息を切らせて走ってきた私を見て驚いたのか、目を真ん丸くしている。こんな風に驚いた顔を見るのも久しぶりだな、なんて思いながらゆっくりと黒子に近付いていった。


「…どうしたんですか?そんなに慌てて」


久しぶりに聞いた落ち着いた声に、不覚にも泣きそうになってしまった。重症だ、私。くしゃりと歪んでしまった顔を見せないように、慌てて俯いて黒子の制服の裾を掴む。


「いつ…テストなの?」

「…?、テスト週間はまだ先ですよ?」

「そうじゃなくて!…1軍の、入団テスト」


黒子は私が知っていたことに酷く驚いたみたいで、大きく目を見開いていた。だけど、すぐにその目は細められる。


「…青峰くんですね。余計なことを…」

「なんで、教えてくれなかったの?」


ぼそりと呟く黒子に対して、私は叫ぶように話していた。感情が高ぶっていて、うまく制御できない。ほんとは、おめでとうとか、よかったねとか、そんな言葉がいいたかっただけなのに。こんな風に、責めるような言葉をいいたかったわけじゃないのに。

そんな私に向かって、黒子は小さく呟くように「すみません、」と言った。でも、その表情は、なんだかニヤリと笑っているように見える。


「僕は伝えようか悩んだんですが…僕、避けられてましたし」

「うっ」

「練習も見に来てくれなくなったので…嫌われてしまったのかと思って」

「そ、そんなわけ!!」


慌てて否定しようと声を上げれば、続きを期待するような顔でこっちを見てくる黒子。その表情は完全に楽しんでいるようにしか見えなくて、漸く私は嵌められたのだと気付いた。


「そんなわけ…なんですか?」

「うううるさい!!黒子の馬鹿!!知らない!」


理解した途端、ものすごく恥ずかしくなって、私の顔は火が出るんじゃないかってくらい熱くなった。視界も涙のせいでゆらゆら歪んでる。恥ずかしすぎて死ねそう!!

だけど、楽しそうに笑っていた黒子が突然眉を下げて、悲しそうな、切なそうな顔をして。その表情に気を取られていたら、いつの間にか抱きしめられてしまっていた。


「くっ、黒子!?」

「僕だって…不安になるんです。きちんとなまえさんの口から言ってもらわないと…わかりません」


わたわたと焦る私に対して、黒子は切なげな声を出して私を抱きしめる。そんな風に言われてしまったら、いくら恥ずかしいとはいえ、言わないわけにはいかないわけで。


「…わ、私は…」

「はい」

「く、黒子のことが…」

「…はい」

「す…………好き、です……」

「はい。よくできました」


本当に小さな、蚊の鳴くような声でしか、言えなかったけど。
黒子にはちゃんと聞こえてたみたいで、そのまま嬉しそうな表情で褒められて、頭を撫でられる。


「僕もですよ」

「え?」

「僕も、なまえが好きです」

「っ…!!」


追い討ちをかけるように微笑みながらそんなことを言われてしまって、とうとう私はノックアウトされてしまった。

















それから、暫くして。
無事に入団テストに合格して、黒子はついに念願の1軍入りを果たした。まだまだ試合ではベンチにいることが多いけど、流れを変えるための秘密兵器、ってことらしい。なんだかスーパーヒーローみたいでかっこいいね、と言ったら照れくさそうに笑っていた。


「はー…今日もお疲れ様!」

「…はい、お疲れ様です」


入団テストのための居残り練習も相当ハードだったけど、やっぱり1軍は伊達じゃなく、1軍になってからは今まで以上にハードな練習が黒子を待っていた。
毎日毎日、吐くほど練習する黒子を支えるためにも、私はバスケ部のマネージャーになることにした。(正直、第1体育館の外に群がる女の子たちの中に居るのが堪えられなかったのもある)

マネージャーになってからは他の選手との関わりも増えて、赤司くんというのが誰だかも分かったし、何故か金髪チャラ男がバスケ部に入ってきて、黒子がそんな彼の教育係になったりもした。いろんなことが短期間に起こりすぎていて、忙しさのあまり、私たちの関係は前のような関係に戻っていた。
楽しく話せる友達みたいな関係はすごく居心地が良くて、私は正直もうこのままでもいいかな、なんて思ってたりもした。

だけど、それが黒子には不満だったようで。


「…なまえさん、いい加減僕のことも名前で呼んでくれませんか?」

「えっ!?」


あれ以来、黒子は私のことを名前で呼んでいる。みんなの前だったり公共の場ではさん付けだけど、ふとしたときに呼び捨てしてくるので、非常に危険だった。(私の心臓が、的な意味で)
呼ばれるだけでもそのくらい抵抗があるのに、黒子は私にも名前呼びをさせたいらしい。
部活帰り、並んで歩きながら、しかも手を繋いだこんな状況で言われたら、恥ずかしさも2割増しになるというもので。


「むむむむりです」

「無理じゃないです」

「ムリー!恥ずかしいもんは恥ずかしいの!!」


顔を真っ赤にしながら首を振ってみても、黒子は許してくれるつもりはないらしかった。そのまま、繋いでいる手にぎゅっと力を込めて、熱い視線を送ってくる。


「なまえ、…僕の名前、呼んでくれませんか?」

「っ…て、…テツ…」

「…青峰くんじゃないんですから」


私は一杯一杯になりながらも勇気を振り絞って言ったのに、はぁ、と溜め息を吐かれてしまった。
テツ、って呼ぶのも結構恥ずかしいんだぞ!!察して!!

そんな私の気持ちなんか知ったこっちゃない黒子は、暫く何かを考えてから、「あ、」と声を漏らした。


「そういえば…僕、まだ1軍入りしたご褒美を貰ってませんよね?」

「ご、ご褒美!?」

「あんなに頑張ったのに…何もお祝いしてくれないんですか?」

「うっ…」


眉を下げて、しょんぼりした顔をしてくる黒子。罠だとは分かっていても、悲しそうな表情を見ると心が痛んだ。
くそう、そんな捨てられた子犬みたいな目、しないでよ…!


「っああもう分かった!呼べばいいんでしょ呼べば!!」

「はい」


仕方なく私が観念してそう叫ぶと、さっきまでの悲しげな表情はどこへやら、黒子はとても嬉しそうな顔をしてこちらをニコニコと見つめてきた。そんな表情も可愛いとか思いたくないのに…!!


「じゃ、じゃあ…」


ゴホン、と1つ咳払いをして、黒子に向き直る。
初めて会った時には少しだけしか違わなかった身長も、少しずつ伸びて差が開いてきていた。首をあげる角度が少し急になったのも、黒子がどんどん男の子になっている証拠で。繋がれた手が私より大きいのも、意外とごつごつしてるのも、たまに突き指したりして指が太くなってるのも、全部全部かっこよくて。


「…テツヤ」

「…はい」


なんだか泣きそうな気持ちになりながら愛しい人の名前を呼べば、すごく嬉しそうに、大切なものをみるような目で私を見て、返事をしてくれた。そんなテツヤの顔をみて、何かがこみ上げてくる。


「…好き。好きだよ、テツヤ」

「っ…、なまえ」


何かが溢れて止まらなくて、その衝動のまま、私はいつの間にかテツヤに自分の気持ちを伝えていた。一瞬、驚いたように息を呑んだテツヤは、あっという間に私を抱きしめていた。いつの間にか私の頬を伝う涙に気付いたテツヤが、優しくその涙を拭ってくれる。


「…泣かないでください」

「だっ、て…なんかっ、とまんな、くてっ…」


テツヤは、小さい子みたいに泣きじゃくる私を見て、優しく笑う。
その笑顔にすら涙腺を刺激されて、余計に私は涙が出てしまった。


「…仕方ないですね」

「な、に…んうっ、」


なかなか泣き止むことができないでいると、テツヤが突然私の頬を撫でていた手を顎に移動させ、くいと私の顔をあげさせた。そのまま、目を瞑る間もなく、柔らかい何かで唇を塞がれる。


「…こら、目くらい閉じてください。…少しやりづらいです」

「なっ!だ、あ、だって、いきなり!」

「…じゃあ、言ってからの方がいいですか?」

「えっ!」


一度唇が離されて、テツヤが苦笑いを零す。突然のことにあわあわしながらなんとか言い返すと、何故だか変な解釈をされてしまった。
違う、と言う前に、再び頬に手が添えられて。


「キス、しますよ?」

「っ…!!」


至近距離で告げられた言葉に心臓が爆発しそうになってしまった私は、仕方なく彼の望みどおり、ぎゅっと瞳を閉じたのだった。












どうしても分かりあえない











「ほんと、あんなこと道端でするなんて信じられない…!」

「嫌でしたか?」

「そ、そういう問題じゃなくて!!」


憤慨する私に対して、「じゃあいいじゃないですか」なんて平気な顔して言ってくるテツヤ。
私はいつも恥ずかしいのに、と愚痴を零すと、


「僕だって緊張くらいしますよ。ただ…嬉しさの方が勝つだけです」


なんて言ってくるから。
いろいろとぶつかることもあるだろうけど、結局私は彼には敵わないのです。