「ね、いいでしょ?」

「ダメです」


きっぱり、はっきり告げられた言葉に呆然とする。
そんな私を放って、黒子はいそいそと部活の準備をすると私を待つことなく部活へと行ってしまった。


黒子とあんな約束を交わしてから、私は毎日黒子の練習を見守ることに決めた。(勝手にだけど。)
今までは練習が終わった後の居残り練習前に帰ってたけど、黒子がああ言ってくれた以上、なにもできない私でも、せめて傍で黒子の頑張りを見ていたい。
そんな気持ちから、黒子に傍で見ていてもいいか尋ねたんだけど…何故だかびっくりするくらい即答で断られた。なんでだ。


「ちょっと!!なんでダメなの?」


呆気にとられてる場合じゃない!と慌てて鞄を引っつかんで、黒子を追いかける。スタスタと歩いて一向に私を待ってくれる気配のない黒子に仕方なく追いかける足を駆け足に早めた。


「ねぇ!聞いてる?」


やっと隣に追いついたと思ったのに、相変わらず黒子は返事を返してくれない。イラっとしたからつい、黒子の制服の裾をぐいと掴んでやった。


「ちゃんと説明してくれるまで離さないからね!制服びろんびろんに伸びるよ!?」

「はぁ…全く、あなたって人は…」


私の地味な脅しが効いたのか、黒子は溜め息を吐きながらも渋々足を止めて此方を向いた。


「僕は、みょうじさんに宣言した以上、絶対に約束は守るつもりです」

「それはわかってるって!」

「…だから、今まで以上に練習量も時間も、増やそうと思ってます」

「…うん。それで?」


黒子の言うことは最もだし、私だって馬鹿じゃないんだからそのくらいわかる。だけど、それがなんで私が居残り練習を見てちゃいけないのかっていう理由になるのかが分からない。

未だに理解していない私を見て、黒子はまた溜め息を吐くと、何故かくしゃりと私の頭に手のひらを乗せてきた。


「わっぷ、」

「馬鹿なんですか…。遅くなったら、危ないでしょう?貴女も一応女の子なんですから」

「へ…?」


突然の発言に、うまく頭がついていかない。
いつもあんなにけなしてくるくせに、黒子は私のことを女の子と認識していたようだ。…一応。


「い、一応は余計!!」

「はいはい」


なんだか照れくさくって、黒子にわしゃわしゃと撫でられている頭をさっと避けた。そんな私の態度を見て、黒子はくすりと笑う。
…同じ年のはずなのに、なんでこんなにいつも余裕なんだろう…。
え?もしかして私が子どもっぽすぎるだけ??
…いやいやまさか!


「それに…」


私が1人悶々と考えていると、何かを言いかけた黒子はふと言葉を切った。どうしたのかと顔を覗けば、少しだけ不機嫌そうな表情をしながら、何かを思い出すような感じで考え込んでいた。


「それに、なに?」

「…いえ、やっぱりなんでもありません」


黒子が口ごもるなんて珍しい。
そう思って興味津々で聞いてみたのに、黒子はさらりとはぐらかしてきた。


「えー!なにそれ!気になるじゃん!」

「気にしないでください」


何度聞いても答えてくれないし、こうなった黒子は絶対に教えてくれない。それが分かってしょんぼりする私をその場に取り残したまま、黒子は部活へと行ってしまった。


「くそう…これで諦めるなまえさまだと思うなよ…!」


私は誰にともなくそう呟くと、なにがなんでも居残ってやると意気込んだ。














「…よし、帰るかな〜」


黒子の練習が一応終わって、いつもなら帰る時間。やけに体育館側からの視線が強いから、ここは一旦おとなしく帰るふりをしてみることにした。黒子に聞こえやすいように少しだけ大きな声で独り言を呟くと、門のほうまで歩いてみる。


「…よし、ここまでくれば…」


植え込みを曲がったところでそこからUターンして、黒子に気付かれないよう、いつもとは逆側の体育館の出入り口から覗くことにした。
第3体育館の体育館裏は木々が結構生い茂っていて死角も隠れる場所も多い。…まぁ、その分いろんなカップルたちのいちゃつき場としても有名なんだけど…背に腹は変えられないし。


「お邪魔しまー……あ、」


なんだかドキドキしながら植え込みに入ってみると、何故だかこういうときだけほんとにタイミングの悪い私は、金髪チャラ男と茶髪ギャル子のキスシーンにばったり出くわしてしまった。ほんと神様のばかやろう。


「きゃあっ、なになに〜…誰?涼太の知り合い?」

「さぁ?…アンタ、覗きとはいい趣味してるっスねぇ〜」

「なっ!!違います!!」


茶髪女は鼻にかかった悲鳴を上げながらも金髪男に抱きついたまま離れようとはしない。というか、むしろさっきよりべたべたしてる。
可愛い子ぶっても化粧のケバさと頭の軽そうな感じは隠せていなかった。金髪男のほうは見られたことを大して気にしてもいないみたいで、それどころか私のことを覗きが趣味の変態みたいに言いやがった。ほんと失礼だな!!いらっとしたから、仕方なく私の本当の目的を教えてあげることにした。


「私が覗きにきたのは貴方達じゃなくてアッチ!!体育館のほうです!」


全力でそう叫んだ私をぽかんと見つめる2人。そのうち、女のほうはなんだか可哀想なものを見る目でこっちを見てきて、男のほうは大爆笑し始めた。…ほんと失礼だなこいつら!!


「ぷっ…あっはっは、まじうける!結局覗くんじゃないっスか!」

「だ、だって!遅くなったら危ないから、先に帰れって言われちゃったし…」


その時の頑なな黒子の態度を思い出してしまって、しゅんと落ち込む。本当は、私だって黒子が意地悪で言ってる訳じゃなく、本当に私を気遣ってくれてることくらいわかってる。
いつもの練習を見てるときでさえ、「退屈じゃないですか?」って何度も聞いてくるような優しい人だから。


「でも…私には応援することくらいしかできないから、傍で見守りたくて…」

「ふーん…彼氏、バスケ部なんスか?」

「かっ、彼氏!?!?」


突然飛び出してきたきた聞きなれない単語に思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。茶髪のギャル子に「うるさっ!」と迷惑そうな顔をされてしまったけど、今はそれどころじゃない。


「え?違うんスか?」

「ちちちち違います!!クラスメートだから!!ただの!!」

「えー?ただのクラスメートの部活なんて、普通見に来ないっスよ。ねぇ?」

「確かにー」


首を傾げながら茶髪のギャル子に同意を求める金髪チャラ男。ギャル子はやっと話しかけてもらえたのが嬉しいみたいで、満面の笑みでチャラ男の腕に抱き着いていた。すると、チャラ男は何故だかそんなギャル子をじっと見つめて、納得したように声をあげた。


「ああ、わかったっス。片想いなんスね?」

「…は?」

「つーか涼太、私見てそんなこと言うのひどくなーい?」


話についていけない私をよそに、二人はなんだか話を続けてる。すると突然、チャラ男は笑顔でまた絡んでくるギャル子の肩をぐいと押して、自分から引き離した。


「だって、俺たち付き合ってないでしょ?」

「…は?」

「俺、めんどくさいから今は彼女とか要らないんスよね。一応部活とモデル業で忙しいんで。…最初にそう言ったと思うんスけど」

「っ、なにそれ!!さいってい!!」


バシン、と当たるはずだった手のひらはチャラ男に掴まれている。怒りの形相だったギャル子も、手のひらを掴まれてチャラ男にすがるような目を向けた。


「あー…殴らせてあげたいんスけど、明日撮影なんで…顔は勘弁してくんないっスかね?」


だけど、チャラ男が言いにくそうに口に出したのは、部外者の私が聞いても傷付くような言葉で。その言葉を聞いたギャル子は、目に涙を一杯溜めて、「死ねクズ野郎!」と捨て台詞をはいて走り去っていった。


「あー…なんつーか、修羅場みたいなの見せちゃって、悪かったっスね…うぐっ!」

「顔じゃなきゃいーんでしょ?」


ギャル子を擁護する訳じゃないけど、こいつは許せないと思ってしまった。だから、へらへらと締まりのない顔でこちらを振り向いた瞬間に、ボディブローをかましてあげた。
帰宅部で何も習ってない私のパンチなんて全然効かないと思ってたけど、辺りどころがよかったのかチャラ男は少しよろけて呻き声をあげた。ざまーみろ!


「〜っ、なにするんスか!」

「あんたがあまりにも最低だから!!怒りの鉄槌!」

「は?アンタには関係ないじゃないスか」


一瞬、チャラ男の声のトーンが下がった。冷たい声色にゾッとしつつも、勇気を振り絞ってチャラ男を睨み付ける。それから、震える足を叱咤して走り出した。


「うるさい女の敵!そんな風にしか女の子と付き合えないなら、アンタなんか一生誰とも付き合うな!」

「っ、ちょっと待つっス!」

「待つわけないじゃーん!」


バーカバーカ!とでも言いそうな勢いで私は逃げ出した。全身全霊をかけて、一生懸命逃げ出した。
そしてもちろん、その時の私は、隠れていなければいけない状況だったということをすっかり忘れていたわけで。


「…みょうじさん?」

「あ、」

「…どうして、帰ったはずのあなたが此処に居るんですか…?」


水飲み場で顔を洗っていた黒子と鉢合わせするなんて、その時の私は思ってもいませんでした。
声をかけられて、目があった瞬間、怖いくらいの笑顔を向けられる。


「あ、はは…練習お疲れ様、黒子クン!じゃあ私はこれで…」

「待ってください」


こわばった笑顔を浮かべつつ、なんとかその場から逃げ出そうとしてみたものの、あっという間に制服の襟を掴まれて逃げられなくなってしまった。


「きっちり説明して貰いましょうか…?」


ああ、黒子の背後に黒いなにかが見えるよ…?
諦めるしかないと悟った私は、そのまま大人しく黒子に引き摺られて体育館へと向かった。





















「お、遅かったじゃねーか黒子!」


体育館に行くと、こんがり肌の男の子が黒子に笑顔で話しかけてきた。失礼なことにこのこんがりくん、最初は黒子に気付かずに辺りをキョロキョロしていたのだ。
あんなコントみたいなこと普通あり得ないのに、とは思うけど、黒子に言ったら「みょうじさんが普通じゃないんですよ」って笑われてしまったから、もう気にしないことにした。


「待たせてしまってすみません」

「いや、それはいいけどよ…なんだ?それ」


黒子がペコリと頭を下げると、ちょうど黒子の後ろに隠れていた私とこんがりくんの目が合ってしまった。実は意外と人見知りするタイプな私は、慌てて目をそらして黒子の背中にきちんと隠れる。
それでも、一応目が合ってしまったので認識されてしまったらしく、ぴしりと指を指されて尋ねられてしまった。


「それってなんですか!私にはちゃんとみょうじなまえって名前があるんですからね!!」

「…おい、今コイツなんて言ったんだ?」

「ひっ!」

「…みょうじさん、そんな風に僕の背中に隠れて小声で喋ったって、青峰くんには聞こえませんよ」


意外と人見知りするタイプな上に、なんだかこんがりくんは目付きが鋭くて怖い。でかいし。
そんな諸々の事情から、私は黒子くんの背中に隠れたまま小声で、しかも早口で先程の言葉をいっていたわけです。そりゃ伝わるとは思ってなかったけども!!聞き返しかたも柄悪いし怖いよこの人!?


「黒子通訳してよ…!」

「めんどくさいので嫌です。直接話せばいいじゃないですか」

「あっ!黒子の鬼!外道!!」


必死で背中に隠れようとする私をよそに、黒子は我関せずといった様子でスッと避けてしまった。そのまま、「じゃあ、僕は練習してくるので」なんて言って私をおいてけぼりにする。黒子の口元が笑ってたのは絶対に見間違いなんかじゃなかった。どうやら、帰らなかった罰ってことらしい。…酷い!!


「おい、」

「ひいっ、はい!!」

「っ、はは…なんでお前そんなキンチョーしてんの?同い年だろ?」

「えっと、多分…」


からからと笑うこんがりくん。その笑顔は普通に中学生らしくて、なんでか怖いと思っていた気持ちはどこかにいってしまった。


「お前、名前は?」

「みょうじ、なまえ…」

「みょうじか。オレは青峰大輝。よろしくな」

「うん、よろしく」


ニカっと笑ってくれた青峰くんに釣られて此方も笑顔を返せば、なんでかわしゃわしゃと頭をなでられてしまった。黒子よりも随分背の高い青峰くんと私の身長差は大変なことになっていて、伸ばされてくる手に若干ビビッてしまったのは秘密だ。


「あ、青峰くん…?」

「いや、なんつーかお前…小動物みてぇだよな」


どことなく嬉しそうに私の頭をぐりぐりと撫でる青峰くん。若干縮こまりながらもそのままにしていると、隣から現れた手がぽいと私の頭の上から青峰くんの手を払いのけた。


「ペットじゃないんですから、青峰くん」

「あ、黒子」


いつの間に戻ってきていたのか、黒子はわしゃわしゃになった私の頭を一度だけ撫でて綺麗にしてくれた。その手のひらの感触が、あ、いつものだ、なんてやけに私を落ち着かせてくれる。
そんな私たちをみて、青峰くんはニヤリと笑った。


「おーテツ、悪かったな。お前の彼女なら、そう言えよ」

「か、彼女!?」


またもや飛び出した聞きなれない単語に動揺する。金髪チャラ男といい青峰くんといい、思春期中学生男子の考えることなんてみんな同じらしい。


「ちがっ…!黒子と私はただの、」

「…違いますよ。みょうじさんはただのクラスメートです」


私が言おうとした言葉を遮って、黒子がそう答えた。私だって同じことを言おうとしてたはずなのに、黒子の口から聞こえてきたその言葉は、何故だか私の胸をひどく痛ませた。


「へぇ〜…。ま、どっちでもいいんだけどな」


青峰くんはちょっとだけつまらなさそうな顔をして、それからすぐにまた笑顔に戻ると、「練習しよーぜ!」と黒子を引っ張って連れて行ってしまった。
手を引かれていく黒子を追って、仕方なく私も体育館へと向かう。


「あれ、お前も居んの?」

「えっ!もちろん!…見てちゃ、ダメかな?」


追ってきた私を見て、青峰くんは驚いたような顔をした。そりゃ、私は見てるだけしかできないけど…最近、バスケの練習も試合も、見てるの好きなんだって気付いたんだもん。プロの試合をテレビで見たり、バスケ雑誌を買って見たりするようになったし。

でもやっぱり、帰れって言われるのかな?
そう不安に思いながら黒子のほうを見る。黒子は目があうと暫く私をじっと見てから、大きなため息を吐いた。


「ダメです…と言っても聞かないでしょう?それに、もうこんな時間ですし…どうせ僕が送りますから、いいですよ」

「やったぁ!ありがと黒子!!」

「…お前、さりげなくすげーこと言ってんじゃん」

「そうですか?…本人にはいつも伝わらないみたいなんですけどね」


黒子からお許しを貰ってはしゃぐ私を横目に、なにやら二人は私を見て呆れたような口調でお喋りしていた。ふふーんだ、今は機嫌がいいから、たとえ私の悪口でも、少しだけ多めに見てあげよう!!


「さぁさぁ、じゃあ私ここで見てるから!2人とも練習始めて!」

「ま、ギャラリーが居た方が燃えるから、オレはいーんだけどな」

「…僕は情けないところは見せたくないんですけど…」


ぼそぼそと会話しながらも、二人は向かい合う。
そこから激しい1on1が始まって、私は日が暮れるまで夢中になって二人を見ていた。












それから、私が居残り練習にも付き合って残るようになった。
そして何より驚いたのは、青峰くんは結構前から黒子の自主練習に気付いて、付き合っていたらしいってことだ。
どうやらコーチに言われたことも青峰くんに相談していたらしい。
いいことなはずなのに、それを知ったときはなんだか少しだけ寂しかった。


「へぇ…青峰くんも優しいんだね〜見かけによらず」


今日も居残り練習の帰り、3人で並んで帰りながら、青峰くんを茶化してみる。最初の印象とは違って普通にいい人だった青峰くんとはすっかり仲良しになっていた。


「おいそれはどういう意味だみょうじてめぇ」

「あははー見たまんまの意味ですけどー…ってギャアア!暴力反対!!」

「うるせぇこれでも食らえ!」

「イタタ!!ギブギブ!!」


ぐりぐりとこめかみを拳骨で押されて痛くないわけがない。しかも青峰くんは馬鹿力だし、絶対力加減とかしてくれてない。
痛すぎるもん…!!
涙目になりながらなんとかもがいて抜け出すと、慌てて黒子の後ろに隠れた。


「黒子助けて!!」

「あっずりぃぞ!テツの後ろに隠れんな!」

「へっへーん!やれるもんならやってみなよ〜」

「…二人とも、僕を巻き込むのは辞めてもらえませんか?」


呆れたような声はいつものことだけど、今日はなんだかちょっとだけトーンが低い。落ち込んでるのかどうかわからないけど、機嫌がよくないのは確かだった。


「ご、ごめん黒子…」

「いいですよ、別に。楽しそうでしたし、なんなら今日は青峰くんに送ってもらいますか?」

「ええっ!」


私にしては珍しく素直に反省してすばやく謝罪したのに、やっぱり機嫌の悪いらしい黒子は変なことを言い出した。いつも、青峰くんと別れた後、黒子が私の家の前まで送ってくれている。
「どうせ通り道ですから」って黒子はいつも言ってるけど、黒子の家を知らないから本当のことはわからない。だけど、私はそれがすごく嬉しかったのに。


「や、ヤダ!黒子がいい!」


反射的に出てしまった私の言葉を聞いて、二人とも反射的に立ち止まった。そのまま、驚いたような、ぽかんとした顔でこっちを見てくる。…あれ?なにこれ、なにこの空気。てか私今なんて言った!?


「うおー…大胆発言だな、みょうじ」

「えっ!いっ、いや、今のは違くて、」

「じゃ、オレは帰るわ。お前らの痴話喧嘩に付き合いきれねーし」

「痴話喧嘩!?」


いち早く復活した青峰くんはニヤニヤとした笑みを浮かべて、余計なことを言いながら本当に帰ってしまった。残された私と黒子の間に、何故か沈黙が続く。


「えーと…とりあえず、帰ろっか」

「…そう、ですね」


恐る恐る顔を覗き込みながらそう言ってみると、黒子はさっきまでの不機嫌が嘘だったみたいに、柔らかい笑顔でそう答えてくれた。
その優しい顔を見たらなんだか無性に恥ずかしくて、私は赤い顔を隠すように俯くと黙って足を前に進めた。


















やばい。どうしたらいいのかわからない。
とりあえず歩き出したもののお互い無言で、何を話すわけでもなく歩いている。空気もなんとなくぎこちない。というか、私がぎこちなくしてる気がする。原因は、もちろんさっきの青峰くんの言葉で。

こんなときに限って、黒子のバスケしてるかっこいい姿とか、寝起きのぼーっとした顔とか、驚いたときの口をぽかんと開けた可愛い顔とか、さっきの…優しい、柔らかい笑顔だとか。そんなものばっかりが頭に浮かんできて、まともに黒子の顔を見ることが出来ない。
なんでこんなに恥ずかしいんだろう。いつもだったら、もっと自然に話せるのに。


黒子は、いつもと変わらない様子で静かに私の隣を歩いていた。
元々、口数が多いほうじゃない黒子と私の会話では、8割くらい私が一方的に喋っていたことが多かった。今日は何があったとか、お弁当のおかずが好きな食べ物で嬉しかったとか、そんなくだらない話ばかりだったけど、黒子はいつも横で静かに聴いてくれていた。


「今日は…静かですね」

「うえっ!?そ、そうかな!?」


やっと口を開いた黒子も、それだけ言うとまた口を閉ざしてしまった。うおお会話が続かない!空気が…なんか酸素減ってないかな!?息苦しいんだけど!!

1人もだもだと頭を抱える私をよそに、黒子はなにやら考え込んだような顔のまま、ぴたりと立ち止まった。釣られて足を止めれば、もうそこは私の家の前で。


「あ…もう着いてた」

「はい。気付かず通り過ぎようとしてましたよね、なまえさん」

「だって、ちょっと考え事を……え??」


何今の。聞き間違い??
聞こえてきた言葉が信じられなくて、思わず黒子の顔を凝視する。
黒子は、いつもバスケをしているときと同じような、真剣な表情で私を見ていた。


「聞き間違えなんかじゃありませんから。…なかったことに、しないでくださいね、なまえさん」

「え、ちょっと、なに言って…」

「今から僕の言うこと、真剣に聞いてください」


うろたえながら、半笑いで冗談にしてしまおうとする私に対して、黒子は痛いくらいに私の肩を掴んできた。反射的に離れようと身をもがいたのに、掴まれた肩はびくともしない。こんな力の差からも、目の前に立つ黒子が、私とは違う、男の子なんだと意識させらえて、余計に全身が熱くなる。


「僕は、あなたが好きです」


真っ直ぐに見つめられて、強い瞳に射抜かれて、息が止まった。聞こえてるはずなのにどこかぼんやりと他人事みたいに思えてしまって、私は何の反応も返すことができなかった。


「冗談なんかじゃ、ないですよ。本気です」

「…くろ、こ」

「…別に、すぐに返事が欲しいとは思っていません」


黒子は私の肩を掴んでいた手の力を少しだけ緩めると、そのままぐいと私を引き寄せて抱きしめてきた。突然のことに、頭も心もついていかない。


「暫く、僕のことだけ考えててくださいね?」


そんな挑発的な台詞を、耳元に残して。
いつの間にか黒子は帰って行った。私はただ、家の前で1人、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。









信じたい、でも、信じられない






例えば、ただの友達じゃなくなって、彼氏彼女になったとしたら、私と黒子は、今までみたいに居心地の良い関係で居られるのかな。